第46話 剣闘場
私は小さな村の小さな宿で目を覚まし、朝食を食べた。
さて、今日も先を急ぎたいところだけど、この村の1個先の大きい街に泊まらないと、次に宿があるのが3つ先の村になっちゃうんだよね……。
1個先の街はすぐ着いちゃいそうだけど、流石に1日で3つの村とか街を越すのは難しいもんね。
「そうと決まれば、一個先の街、行きますかぁ!」
私は地図をしまい、村を後にした。
***
さて、んで、1個先の街に着いたわけだけど。どう言う訳か今、私は、剣闘場にいます。
さっき、強引に客引きのおじさんに連れて行かされたんだよね。
「おい、嬢ちゃん! もうすぐ始まるぜ!」
そのおじさんは席に座り、真ん中に構えてある舞台を見る。
いや、おじさん、客引きなのに観客席に居ていいの?
「……あ、本当だ。出てきましたね」
私は言う。真っ黒な鎧を全身に纏った男と青年が、逆方向から、互いに剣を持って現れた。
その途端、周りの観客席から歓声が鳴り響く。
『Fooooo!』
ひぇ、テンション高いし、なんか怖いな……。あと、正直人を戦わせて、それを見るのの何が楽しいんだか。
すると、
『うわぁぁあ!』
と言う悲鳴が、下から聞こえた。これは剣闘士のいる舞台からではない。もっと下。地下からの声だった。
「……これは?」
私は聞く。
「ああ、どうせ、剣闘士を罰しているのだろう。気にするな。それより、はじまるぞ!」
いつのまにか酒を手にしたおじさんは叫ぶ。
「……ちょっとトイレ行ってきます」
「ん? おう」
私は近くにあった階段を降りた。どうやら、先程の悲鳴が聞こえた地下に繋がっているようだ。
階段を降りた先には、鉄格子つきの扉が一つ。鍵穴が二つもある。
これは、流石に開けられない。どうしよう……。
すると、前から兵士がやってきた。鉄格子の扉の内側だ。
「む! お客様、ここに勝手に入っては行けない決まりでして……」
そう言う兵士の手には、拷問用具が置かれている。
「あら、間違えてしまいましたわ。……貴方、それで何をする気ですの?」
私はこの剣闘場によく来るであろう、貴族のような喋り方で聞く。
「ああ、いえ、お客様に見られるなんて、お恥ずかしい限りですが……少し、言うことを聞かない奴隷がいましてね」
「……そうですか。それは大変ですね……」
私は笑顔で返す。
「ではすみません、失礼します。この後もぜひ、お楽しみ下さい」
兵士はそう言うと、鉄格子の鍵穴に鍵を差し込み、扉を開けて、締めてから、私を通り越した。
私は後ろを振り向き、その兵士に手をかざす。
「……すみません! 『イーフノース』!」
イーフノースとは、ギリシャ語で眠るを意味するそうだ。
え、なんでギリシャ語かって? なんか、グラウ曰く、『魔法の詠唱は、その土地の言葉が一番効果的なのです』って言ってたから、なんとなく調べておいたんだよね。よかった。
すると、兵士は壁にもたれかかった。鍵が床に落ちる。
私はそれを拾いかげて、鉄格子を開けた。
「……あ」
この兵士の服を拝借しようと思っていたのだが、着替える場所もなし。ここで着替えるのは、ちょっとやだなぁ……。
「……」
***
私は裸の兵士の体を近くにあった扉の奥に押し込める。ここは資料室のようなところだ。
なんだかんだ、パッと着替えたお陰で誰も来なかったな。私は兵士姿で鉄格子の扉の中に入る。
目深に被った銀色の兜のようなものの中に、髪を入れたため、短髪のように見える。もしかしたら男性に見えるかも。
すると、薄暗く細い道を少し歩いたところに牢獄があった。牢獄の中には20人程度の人々がいる。
どうやら、もう拷問は終わったようで、1人の男性がグッタリとしている。
「……大丈夫か?」
私はあくまでも兵士として振る舞う。本当なら駆け寄りたいところだけれど。どこに監視の目があるか、わかったものじゃないし、旅の途中だから、下手こいて捕まりたくないし……。
ああ、こういう時こそ、『ヒール』があったらなぁ。何食わぬ顔で、ここで倒れている男性の傷も治せたのに。
「ひっ!」
男性は、そのまま後退りをした。怯えているようだ。
うん、歩けるなら大丈夫だね。
それにしても、服はボロボロの布を掛けただけの様な物で、手枷足枷をつけている。鞘を持っているのに、帯刀していないどころか、剣すら持っていないようだ。
もしかして、いや、もしかしなくとも、この人たちが剣闘士……?
よくよく目を凝らすと、牢獄の中には1人、まだ幼い少女がいた。暗い表情で座り込んでいる。膝下は傷だらけで、見ているだけでも痛々しい。
……酷い。あんな小さな子も戦わされているんだ。
すると、『ガシャン』と言う鉄格子の扉の開く音がした。誰か来る!? 隠れなきゃじゃん!
私が隠れる場所を探している間に、もう人がこちらにきてしまった。
偉そうにちょび髭を生やしている、肥満気味の男性。くるみ割り人形の兵隊さんの服ににている服を着ている。横には豪華な金色の装飾のついた剣を差しているが、きっとお飾りなのだろう。どう見ても実戦で動けるような体ではない。横には兵士を一人連れていた。
っていうか、どうしよう!? 絶対に怪しまれる……!
すると、その男と目が合う。そして、
「見回りご苦労」
とだけ言われた。
あ、あれ……? あ、そういえば、兵士の服着てたんだった。忘れてた。
「はっ!」
私は出来るだけ低い声でいい、敬礼する。
その男は牢獄の前に立った。そして、隣にいる兵士に『開けろ』と命令している。
すると、牢獄の中にいた20人程度の人々は外に出でくる。
「ああ、旦那様。もう少しでいいのです。もう少しだけ、食事の量を増やしてください!」
一人の剣闘士が土下座する。
「もう、この子も限界なのです!」
そう言った剣闘士の横には、痩せ細った少年が立っている。その子も剣闘士なのだろう。
「……ふん、ならば貴様の分をわかれば良かろう。いいか!? 私の金を、食料を! こんな小汚い者たちに少しでも割いているのだ! 普通ならありえない! ありがたいと思って食べるがいい!」
旦那様と呼ばれた、そのちょび髭を生やした男は、そう言い放つと土下座した剣闘士の頭を踏みつける。
「……」
「は、はい。ありがとうございます……」
剣闘士たちは涙を流した。
少しすると、気が済んだようで、その男はそのまま、出ていこうとする。が、足を止めて、こう言った。
「……次の猛獣と戦うのはフローア。貴様だ。しっかりと準備をしろ。喜ぶがいい。値段は少々張ったものを、貴様のために買ってやったのだ! 高価な猛獣に殺されるのを、楽しみにしておけ!」
男は下品な笑い方をして、そのまま去っていった。
男の横についていた兵士は、剣闘士たちを牢獄の中に押し込めて、鍵を閉めて、着いていった。
牢獄の中で、先ほど指を指された少女、フローアは座り込んだ。
「……う、そ……」
あの子はさっきの、膝下に凄い傷があった子だ。
「フローア……。おれが、変わる……から、」
先程の、痩せ細った少年が言う。
「駄目。きっと、貴方が代わりに出たら、旦那様は貴方をお叱りになるわ」
「……それでも……!」
「それより! 私のお兄様を助けて……」
少女は言う。
「きっと、私はもう病気だから、すぐに死んでしまう。けれど、お兄様は違うの! 優しくて、明るくて、とても強くて、皆の希望でしょう!?」
少女は続けてそう言った。
「……そう、だよな。ライ兄も助けないと……!」
少年は立ち上がる。
「おい、兵士! ここを開けろ!」
少年は言う。
私はすぐにでも開けたいけれど、どこで見られているか、分かったものじゃない。あくまで冷静に、
「……なぜだ?」
と言った。
「言わなくてもわかるだろ! 今、ライ兄が、上の舞台で戦っているんだ! 戦っている人が元傭兵でアイツの右腕って言われている奴なんだ……。あんなの、ライ兄、殺されちゃうよ!」
「そうか、だが、貴様らが行ってもなんの助けにもならないだろう。……それでも行くの?」
「うるさいな! ライ兄が死ぬなら、おれ達もここで死んでやる!!」
少年は叫ぶ。
「……ふふ、そう。君たちの覚悟、良くわかったわ」
私は鉄格子の扉を開ける。
「おい! どこに行く気だ! 逃げるなよ!」
「うん、じゃあ、鍵はあげる」
私はさっきの兵士から抜き取った鍵を牢獄の中に投げる。
「おい、なんの、つもりだ……?」
少年は聞いた。
おはようございます! 今日は12時頃にもう1話、投稿するのでお楽しみに!