番外編4 恋ではない何か
「どなたですか……?」
僕は息を呑む。
「それはな……ガルシア家の御令嬢だ……」
「が、ガルシア!?」
そ、それって、あの……
僕の目の前にはあの、茶髪の少女が浮かぶ。
「嘘だ……」
***
「ふざけないで! あんたなんか居なければ……居なければ……!!」
***
「あ! お兄さん! こんにちは!」
また、いつもの庭に、あの少女はいた。
「……こんにちは」
「そうだ! また絵本……って、どうしたんですか?」
え……? 何がどうしたって……
自分の頬に手を当ててみると、涙が流れていた。
「……っ! あ、いえ、これは……」
「大丈夫ですか!? た、タオルを……うわぁ!」
少女はポケットからタオルを出して、こちら側に向かってきた……が、レンガに躓いて、前に倒れた。
「あっ!」
少女は顔から倒れた。そのまま起き上がってこない。
「……大丈夫?」
僕は言う。
「………………」
「本当に大丈夫かい?!」
しばらくの沈黙が流れ、少女は顔を上げた。
「……! ほっ……」
「ふっかーつ、です!!」
急な大声に驚いたが、痛みが治ったようなので安心した。
「よ、よかった……」
「ありがとうございました!」
「……はは、僕……なにもやってないんだけど……」
急に、面白くなって、僕はお腹を抱えた。
少しすると、少女も一緒に笑い始めた。
……楽しい。久しぶりにそう感じた。この子ともっと一緒にいたいとも。まさか、婚約者がこんなにいい子だったなんて。
僕はとても嬉しい気持ちになった。
***
「ちょっと! あんた、ここ、掃除していないじゃない! なぜこんなこともできないの!? アーノルドなんてこんなこと直ぐにできるわ!」
「……うるさい」
「…………は?」
「うるさい! 自分でやってください。だって、貴女が散らかしたのですか」
「……っ!!」
頬を叩かれた。けれど、不思議と嫌な気分はしなかった。だって、あの少女も僕と結婚するということは、この王城で暮らすことになる。僕が守らなければ……。
***
「はじめまして。キャスリーン・ガルシアと申しますわ」
「……え?」
けれど、そんな希望は安易と崩れ去った。婚約者との顔合わせの日、そこに居たのは、あの少女ではなかった。
少し似た顔立ちをしているが、こちらの少女は少し冷たい印象がある、白い髪の綺麗な人だった。
例えるなら、キャスリーン様が氷の中に咲く薔薇で、あの少女が太陽とひまわり……というような感じがした。
「……はじめ、まして……僕はルーク・アークリーです……」
話すと、どうやら彼女の姉のようで、とてもいい人だった。
……とても、いい人だったのだ。
***
数年後
僕はベッドで寝たきりになっていた。あの日、フードを被った男に魔法をかけられて以来、体が思うように動かない。
「……リーン様……」
目の前にいる少女に言う。
「どうし……ました……?」
リーン様は心配そうな顔をしている。
「今までありがとうございました……。もう、王族の立場など、捨てても構わない。ただ、貴女は僕のことなど忘れて、自由で幸せな暮らしをしてください」
「そんな……そんなこと、言わないでください……」
「はは、あ、あと、一つお願いがあります」
「……なんですか?」
「お墓は……見晴らしの良いところに。自然豊かで素敵なところにお願いします。僕はいつも自由に憧れていたから……。死んだ後くらい、義母様も父様も、許してくださいますよね……?」
リーン様の頬に涙が流れた。
「……っ、わかりました……必ず、この国一の場所を見つけますね……」
「……はい。ありがとうございます」
僕は笑顔になる。そのまま、意識が薄れてくのを感じた。
……僕はもう、死ぬんだろうな……。
すると、目の前に、茶色の髪をなびかせた、あの少女が見えた。
「!」
「さぁ、行きましょう」
少女はクスッと笑うと、そのまま僕の手を引っ張り上げた。
「………………」
そのまま、僕は最後にリーン様を見て、上へと登っていった。
ありがとうございました!