第29話 アーノルド
「なぜなら、君も、彼らにとって憎むべき相手だからだ」
カムレアは真っ直ぐに私の瞳を見て言った。
「!」
確かにそうだ。今まで考えたこともなかったけれど、私だってサルバドール国の人々をたくさん殺している。もちろん、その中には誰かの旦那さんや誰かの弟や兄もいただろう。
そうだ。私も、彼らと同じことを……。
私はなんて、浅はかなのだろう。
自分のことだけを考えて、相手を呪って。
その相手だって、呪いたいぐらい、辛いのに……。
何も声は出なかった。言い表すならば、『絶句』というものに近いだろう。
こんなに簡単なことに気づかなかった、馬鹿で愚かな私。
呆れているのか、それとも笑っているのか、私の気持ちは答えてくれない。何も、言葉も感情も、湧いてこない。ただただ、自分に心底絶望する。
「大丈夫だよ、リーン」
カムレアの声が聞こえてはっと、我に帰る。
「ごめんね、言いすぎた。リーンも憎まれている。……だとしても、彼らはやっぱり、たくさん酷いことをしたと思う。だから……」
私はやっぱり、カムレアの言葉にも上の空だった。何も考えたくない。つらい、つらい。
「……ああ! もういいよ! 復讐でも、なんでも、すればいいよ!」
「……へ?」
私は顔を上げる。
「結局、彼等にも非はあるんだから、リーンはもっと自己中になろうよ」
「……じこ、ちゅう……」
私は驚いた。自己中? でも、だって……。
「結局、オレも身内を殺されているわけだし。うん。オレもサルバドールと戦う。君の力になるよ」
カムレアは笑う。
急な展開で驚きを隠せないけれど、
「……ありがとう、カムレア……」
私は少し笑う。
……でも、身内を殺された? カムレアが? 今までそんな話、聞いたことなかったけれど。でも、カムレアのお母さんのイザベラさんの話も、そういえば最近は聞かないし、会わない。
今は逃亡中だから、イザベラさんに会えないということは当たり前と思っていたけれど、でも、たしかに。今、イザベラさんたちが何をしているかは、彼からなにも聞いていない。
もしかして、イザベラさんたちも……。
「リーン、これだけは約束して。自分たちに危害を加えてこなかった者たち。その人たちは決して傷つけないって。約束、できるかい?」
「うん、それは、約束する」
もちろん、私だって無闇に人を傷つけたいわけではない。ちゃんと、悪い奴らだけを根源から断つ。そのつもりだ。
「じゃあ、やっぱり、戦闘力が皆無な皇子様を抱えながら、リーン1人に戦わせるのは不安だし、オレも力になろう」
カムレアは笑う。
「ふふ、カムレア、敬語、忘れてるね」
私は久しぶりのことに可笑しくて笑う。
「あっ……。失礼しました、キャスリーン様」
カムレアは頭を下げる。
「いいの。もう、私はどの国の王妃でもない、ただの普通の、キャスリーン・ガルシアだよ。だから、敬語も使わなくていいよ」
私はカムレアの手を取って言った。
「……はっ、はい……あ、うん」
カムレアは目を逸らし、顔を横に向ける。
「おーい、お熱いところ悪いんだけどな」
『!?』
私とカムレアは急いで手を離して、声の聞こえた方を向く。アーノルドが汗だくで木の古びた柱に寄りかかっていた。
練習、頑張ったんだね……。
「王妃様に言われちまったら、俺もそうしてもらうしかないんだが……」
「な、何がですかね……?」
私は言う。
「だから、俺と話す時も敬語じゃなくていいって言ってるんだ」
アーノルドは腕組みをする。
「そっ、それは……」
カムレアは何かを言おうとするが、アーノルドに遮られる。
「お前、リーンの時は敬語じゃなくていいって言われた時、素直に受け入れてたよな? 俺の時はだめなのか? これってなに? 格差……?」
「あ、いや、その……」
「まあまあ、アーノルド。カムレアも困ってるし……」
私は間に入り、仲裁する。
「……義姉様が言うなら……」
「はい。じゃあ、私はアーノルドに敬語を使うのは辞めるね。よろしく、アーノルド」
「おう! 義姉様!」
敬語をやめる割には義姉様呼びは辞めないんだ……。
「す、すみません。仕えていた方に、タメ口で接するなど、傲慢といいますか……。まだ、できません……」
カムレアは頭を下げる。
「おう、そんなに難しいことなら焦らなくてもいいぜ! 呼べるようになったら呼んでくれ!」
「は、はい……」
「あ、そうだ。アーノルドも今日からここに住むんだもんね。部屋、どうしよう……」
私は悩む。
「それなら、もう1部屋だけ空いてるし、そこ使って頂ければ……」
カムレアは言う。
「いや、でもさ、あそこ……? 使うの?」
「だって、背に腹は変えられないし……」
「?」
アーノルドだけ、よく分かっていないような顔をしている。
「別に、俺はどこでもいいぜ! その空いている部屋でも!」
「……ほんとに?」
私は聞く。
「? ああ」
「よしっ! じゃあ決まりね、アーノルド、案内するからついてきて」
(案内するほど遠くにあるのか……?)
「あ、の、アーノルド様。嫌でしたらオレの部屋と交換しても……」
「ああ、大丈夫だって、気にすんな」
「はい……」
私たちはリビングを奥の扉から出て、長い廊下を歩く。
「こんなところがあったんだな……」
アーノルドは興味津々だ。
そのまま、歩き続けて1分ぐらい。一番奥にボロボロの木の扉が1つ。
「……え、まさかここ……」
「よし! じゃあ、入って! で、何かあったら私かカムレアに聞けばいいから!」
私はアーノルドの声を遮るように言った。
「……まじか」
アーノルドはおそるおそる扉を開ける。
すると、広いは広いのだが、蜘蛛の巣やホコリが沢山ある部屋にたどり着いた。
全面は木で、結構暗い。
「じゃ、あとは任せたから!」
そう言い、私は逃げるように帰っていった。
「……嘘だろ」
後ろからアーノルドの声が聞こえた。
***
「リーン、今アーノルド様、部屋の片付けしてるよ? 押し付けちゃってよかったの?」
カムレアはリビングの椅子に座っていた私に話しかける。どうやら部屋の片付けの手伝いをしていたようだ。
「ああ、いいのよ。折角、あのゴミ部屋を掃除する時が来たんだから、いやぁ〜、よかった!」
私は伸びをする。
「まあ、確かに困ってたけど……」
「あはは、冗談だって、私も手伝うわよ。さてと……」
私は雑巾とバケツ(水入り)をテーブルの下から出す。
「……え、リーン、これって準備してたの?」
「うん」
「もしかして、初めからアーノルド様がこういう反応するって見越して……?」
「あはは、ないない! たまたま、掃除しようと思ってただけ!」
私は笑う。
「……ん? っていうか、いつ準備してたの!? 準備する時間とか……」
(だって、リーンたちは起きてすぐにここにきて、朝食を食べて、オレと話をして……って、え?)
「やっぱり、君が準備するための時間なんてなかったと思うんだけど……」
「ふふ、まあ、ちょっとね〜」
……言えない……。実はドッキリで、ずっと前から、水をカムレアの顔にぶっかけようと思ってたなんて、言えない……。
「……まあ、いいけど……」
「さあて、手伝ってあげましょうか!」
明後日は番外編です! おそらく、最新部に投稿ではなく、割り込み投稿でどこかの間に入れるので(多分、21話と22話の間)すみませんが探していただけると幸いです。では、ありがとうございました!