第参話
同日
昼過ぎから街を逍遥し続け、遂には夕焼けを無視しピサロの夜のモンマルトル大通りの様な、都会ならではの光景が現れる。地に有って宙に無い光の渦。
それに対し、数多の光を全身に浴びながら我が物顔で闊歩する人々の荒波。
その荒波にひっそりと、且つ堅牢に佇む異常者。意識は常識の埒外に置きながら、その身は尋常な人間と同じ場に位置する、精神的、認識的異常者。
異物を自然的に淘汰する現代で、尚も堂々と生きるこの男の存在観は、はたして何処まで自身を肯定し、許容しているのか。最早その思考は信士本人にしか分かるまい。
これ程までに自身と他人の違いを見せ付けられていながら、それを物ともせず存在する人格は如何程のものなのか。
「おーい、信士ー待った〜?」
その人格を形成すると思われる要因の一つともいえる存在が到着する。
その存在感は荒波に呑まれる事無く、まるで灯浮標の如く世間から浮いた存在。
当然だろう。大抵が辺り一面黒や茶の色で染まりながら、ただ一つ獅子の鬣の様でいて且つ、着色ではなく自然物として生えているその清潔な金髪。この世の極上の美と云わんばかりの端正な目鼻立ち。
極めつけは、その紅玉の如く赫い眼。あらゆるものを見据えていながらそれでも尚、未だ飽き足りないと訴えかけるような威圧感を感じつつも、欲望のまま生きようとする彼女、アリエスタ・マトリエスを表した双眸。
「やっと来たか。お前が夜ここに来いって言ったんだぞ。まったく、何してたんだ」
「も〜ごめんって、そんなに怒んないでよ。折角信士が喜びそうな情報を持ってきたのに」
アリエスタは拗ねたようにそっぽをむいた態度をとりながら、信士を横目に何か含みのある表情を浮かべる。
「なんだ」
待たされた信士の気持ちを汲みもせず、横目に見る態度は信士の癪に障りつい強い口調で言ってしまう。
「……強い霊気が集まってる所を見つけたの。そんなに怒んないでって言ってるじゃん。私、人の怒った表情嫌いなんだよぉ」
と言ってアリエスタは悲しそうな表情を浮かべた。これにはさすがの信士も、きつく言ってしまったと自覚し、そっと自然に皺が寄っていた眉間を緩める。
「…悪かった、悪かったよ。それでその霊気が集まってるのはどこなんだ?」
気を取り直させようと、先程のアリエスタの発言の真相を促す。
するとアリエスタは先刻まで見せていた悲しそうな表情を、まるで何事も無かったかのように、再び無邪気で天真爛漫たる笑顔を浮かばせ、信士の手を無理矢理取る。
「よし!それじゃあ私が案内するね。それじゃ、レッツゴー!」
言葉とは裏腹な行動は信士の眉間に再三の皺を寄せようとする─────が、既の所で寄りかかった皺は消え、代わりに両眉の先をほんの少し上げた。
アリエスタに手を引かれ着いた場所は都心から少し離れた、閑静な住宅密集地帯だった。
そしてその中でただ一つの、本格的な洋風建築の玄関前に着いた。
「いや他人の家だろ、ここ」
「あれ、言われてみればそうだね」
漏れ出る瘴気を頼りに、感覚で察知したアリエスタ。結果として誰のとも知らない家に着き、はてさてここからどうしたものかと、構わず侵入する方法もあったが、仕事とはいえ法を犯す事は良しとしない信士であったため、どうしたものかと困り果てる。
「いや、今日は終わりだ。一応中の奴らが外に出ないために封の護符くらいは付けておくが、前準備が少な過ぎる。もう少し調査してからにする」
そう言って、懐から取り出した如何にもな札を、家を守護する様に並び立つ石造りの塀へ、躊躇いなく貼り付ける。が、信士のそのいつにも増して、慎重な所作を不思議に思ったアリエスタが、何故と問う。
「何故と言われてもな、ただそう思っただけだ。別に深い訳は無い」
若干突き放し気味な口調で無理矢理会話を終わらせる。
アリエスタも、折角見つけた獲物だったのに、と思いはしたが信士がそう言うならと渋々ながらも了承し、この場から立ち去ろうとする信士に着いて行く。
こんなに静かでも伊達に都会じゃない。なぜなら燦々と輝くはずの星は無いのに、煌々と地上を睨む月はある。
だけどそんなものはどうでもよく、今日は偶にある信士が働かない日。
何もしないから、今夜は2人で街でも歩いてみたい気分。
だけど信士は恐らく拒否するだろう。彼は誰かと一緒にいることが苦手なのだ───とは言っても私は基本信士の家で寝ているけど───。
だから家に帰るまでのこの僅かな時間を、永遠の時の様に楽しむ。
私は信士と違って誰かと一緒にいることが好きだ。ん?苦手の反対は好きかな?
まあいいや、そんなこともどうだっていいし。信士は未だに考えに耽った顔をしているが、家に帰ればなんてことの無いようにご飯を食べて一眠りするのだろう。
昨日出さなくてすいません