〜禍々しい声と妖艶な声のリサイタルを添えて〜
「…………ふふっ」
「…………」
一応周りを警戒して地下室に来たのだか、まさか一番会いたく無い人にバレるとは思わなかった。
「か、母さん。なんでここに来たんだい?」
「あらあら、二人共楽しそうだったからお母さんも混ぜてほしいなぁって思ったのですよ」
顔に手を添え、訝しげな様子で俺たちを見てくる母さん。
「い、いや〜ちょうど隠れんぼをしようと思っていたのですよ、ね?お兄様」
「うえっ?」
ルーナに、話を合わせろと言わんばかりの視線を向けられ、即座に頷く。
「それより母様もよくこの場所がお分かりになられましたわね。お兄様がここに隠れていて、ちょうど見つけたばかりですのに」
「ああ、それはね、風の色が少し違ったからわかったのよ〜。案の定その風を辿って行ったらここについたの」
そう風属性を使える母さんにとっては、少しの違いも容易にバレてしまう。
風属性では右に出るものがいないらしく、僅かな風の変化から天候や災害を読んでいたらしいから、きっと俺たちが動いた風を感知してやってきたのだろう。
俺ひとりなら霧の元素魔法で誤魔化せるのだが、ルーナがいたからだろうか、あっさりバレてしまった。
「はっ、ははは。やっぱり母さんには隠し事はできないや。さっ、次はどこで隠れんぼしようか?」
「そ、そうですわね。もう!こんなところルーナも初めて知りましたよ?次は中庭辺りで隠れんぼをしましょうか」
「あらあら、元気が良いのは悪いことじゃ無いけど、お母さんはもう少しここについて聞きたいわ〜」
しきりに周りを見ては、あら〜あら〜としか言わない実の母親に、内側から滲み出る凄まじまでの怖いオーラを感じる。
「いやここは特に何にも置いてないよ。物置小屋程度に俺が作っただけでほんとに何にも…」
「あらあら、じゃあこれは〜?」
「コップで…す」
「これは?」
「ティーポットで、です」
「じゃあ、あれは〜?」
「ヴィ、ヴィルクリット産、2人用天秤型サイフォンで……す」
「…………」
「…………」
「捨てます♪」
「お願いします。部屋の掃除や勉強はもちろんのこと、しっかりいい子でいるんでそれだけは、そのサイ子だけはお願いします」
言葉よりも先に身体が動いていた俺は、この世界に来て初めての大げさな土下座をした。
「お茶は熱いからだめといったでしょう?もしリューくんが手に火傷でもしたらどうするんですか!」
「大丈夫です、絶対怪我はしませんから!」
「どうして絶対って言い切れるんですか。万が一にでも火傷なんてしたら、お母さんはそれだけで死んじゃいます!」
そしたらあんた何回死ぬんだよ……。
「本当にこれだけはお願いします」
「ダメです。リューくんが一人前になるまではちゃんと育てるっていう親の使命があるんです」
「こいつじゃなきゃダメなんです。身体が満足できないんです。お願い…します」
「いいえダメです」
はぁ……まただ、またダメじゃあないか。これじゃあ5年前の、ポットのリカ子とおんなじ目に合わせることになってしまう。
今回は、何がなんでもサイ子を守って見せるってきめたのによう。
「じゃあ母さんはどうしたら認めてくれるんですか?」
「……そうですね、危険じゃなければ許します。お湯も使わず、刃物も使わないのなら許します」
なんて頑ななんだこのおばさん。
「あらあら、あらあら、あらあら。リューくんおばさんはダメでしょう?」
「いや、そんなことは言ってないですよ」
「そうですか、心なしかそう聞こえたような気がしたのですが……」
なんで聞こえているんだよこのババ……綺麗なお姉様は!
「じゃあこうしましょう、お母様。お兄様が今から作る紅茶が、お母様の満足するものだったら多少は認めてあげる。そうでないものだったなら、お兄様の趣味の一切はお母様に決めてもらうことにしませんか?」
相変わら捨てようとしているのか、分別をしている母さんに向かってルーナが提案する。
……ナイスだルーナ!用は俺があい…母さんを紅茶で認めさせればいいわけだな。その勝負乗った。
「むーう。ルーナちゃんまでリューくんの味方をするのね。こうなったらお母さんもその勝負を受けて立ちます」
口を膨らませ、悔しそうな顔をする母さん。あんた一応二児の母だぞ。
「決定ですわね。じゃあ勝負はいつにしましょうか?流石に今からですとお兄様が不利になってしまうと思いますが……」
「そうですね……期間は明日の午後までにしましょう。明日は私のお父さん、つまり国王陛下が来るのでそこで勝負としましょうか」
「えっ?おじいちゃんが?」
「ええ、来ますよ。ちょうどここの近辺の魔物が活性化したばかりなので、様子を見にくると言っていたのです」
……もしかしたらこの勝負、本当に勝てるかもしれない。
なんたって孫にめちゃくちゃ甘いあの爺さんのことだ、母さんがもし相手だったら、絶対に反対されていたかもしれないけど、爺ちゃんならきっと認めてくれるかもしれない。
「あっ、言い忘れてました。リューくんは勝てるかもと思っていると思いますけど、そんなに甘くありませんよ。なんたってもてなす相手は一国の王なんですから、おいしいものは熟知しているはずです。
それにあの人はこと、勝負ごとに関してはいくら孫でも真剣ですから」
「クソッ!なんて酷い条件を出してきやがる!」
「あらあら、クソなんて汚い言葉はダメですよ〜」
まんまと騙された。今から作るにしても時間が足りないかもしれない。
紅茶だけではなくて、それに合う洋菓子まで用意しないといけないだろう。
きっと食べる前に毒見が入るから、爺ちゃんが食べる時には相当時間が立っている。
「あ、明日の午後ですね。わかりました。さ、ささささ、最高の時間を作ってあげますから」
「あらあら、楽しみにしてますね」
少しひよりながらもそう答えるが、よほどこの勝負に自信があるのだろう、一切の動揺も見せず微笑みながら出て行った。
「それで?今回は何を出そうと思っているのですか、兄様は?」
母さんがいなくなったことで好きに飲めるようになったのか、グラスを片手で揺らしながら聞いてくる。
「今回出そうと思っているのは決めてあるが、まぁ完成するまでは秘密だな。
とにかくもてなせって言っていたんだから、ルーナにはテーブルウェアとかを運ぶのを手伝ってもらいたい。
そしたら一番に完成した時に見せてあげるよ」
「え〜、また荷物持ちですか」
「いやちゃんと一番に見せてあげるからさ、ほらお前だって鍛えられるからいいだろ?」
「私女の子なんですけど、兄様?」
「いけるって俺より魔法や武術だって長けているくせに」
「兄様は私をなんだと思っているんですか?」
「えっ?霊長類最…」
「殺しますよ?」
「ごめんなさい」
ルーナにしっかり謝って、分別途中の器具などを元の位置に直す。
良かったぜサイ子。
絶対今回勝って、俺の嫁としてみんなの前で使ってやるからな。
そう思いサイ子をいいこいいこしていると、「キモ」とルーナに言われる。
「じゃあ私はもう行きますわね。絶対最初に見せてくださいね」
「わかったわかった。俺もさっさとはじめないとな」
扉から出て行くルーナを横目に、さっそく紅茶棚から二つの茶葉を手に取り、比較していく。
「前世のジジイに出したようなやつじゃダメだ。悔しいけどあれは香りが強すぎる」
度々ジジイの顔が頭に浮かぶが、無理矢理にでもかき消し、再度作業に集中する。
「そうなると味は濃いけど香りは強すぎず、しっかりとお菓子に合うものがベストになるだろうな」
独り言をぶつぶつ言いながら、作業を続けていると、
「俺を出セ、そうスれば勝つコとは出来るゾ」
もぞもぞと隅にあるもう一つの紅茶棚から禍々しい声が聞こえる。
「バカかお前、喋れる紅茶なんて出したら勝負どころじゃなくなるだろう」
「じゃア喋らなイ」
「嘘つけ。お前に一度、俺がお湯にかけた時なんて言ったか覚えてるか?」
「わかラなイ、わかラなイ」
「あっそう、じゃあお前にこの創造元素で作った録音を聞かせてやる」
俺の言葉に、禍々しい声のやつが怯える。
「やめテくレ、やめテくレ」
そんな言葉も虚しく、地下室のあたり一面に妖艶な声が響く。
「あっ…だめぇ……熱い… はあっ……もう、だめっ、だめだめだめっ!!! こんなの、やだぁ……あっ、あああっ、熱くて……らめぇ!!!!」
「忘れたとは言わせねぇぞ。お前のせいでメイドに変態坊っちゃまっていう渾名がつけられたこともなぁ」
「止めロ、止めテくれ〜」
止めろなどと言ってくるが止めるわけがない。こいつのせいで誤解を解くまで一カ月の間避けられてきたんだから。
「お願いダ、やめテくレ!!!」
そんなやりとりをやっていると、閉めて置いた地下室の扉が急に開く。
「あらあら、あらあら。リューくんはてっきり、女の子に興味ないと思っていたのだけれど、ちゃんとあるのね?お母さんは安心したわ」
「お、お兄様!なんて破廉恥なことをしているのですか!!!不潔です!変態!」
「…………」
「あらあら、弁解しないと言うことは本当のことなのね?相手はどこに隠れているのかしら?」
「………違う」
「せっかくお兄様のために手伝っていたのに!最悪ですわ!お母様さっさとこんな所からは出ましょう」
「………誤解だ」
「そうですね。これはお父さんにも連絡ですね!じゃあお母さんたちはもう行くけど、ちゃんと避妊はするのよ」
二人がいなくなった地下室は少し静かになり、録音した音声だけが響く。
「なんで……このタイミングで……来るんだよ」
「ダかラやめロと言っタ。我ハ、悪くナイ」
毎回誤解を受けるんだ、妖艶な声だから。そのくせいつもの声は禍々しい片言。
「だあぁぁぁぁぁっ!こうなったら意地でもお前を使ってやるからな!絶対に勝負に勝って誤解を解く」
こうしてこの世界ではじめての紅茶を提供する機会がもらえたのだが。
メイドの間では、地下室でエッチなことをするやばい人という認識をされていたとは、まだ露程にも思わなかった。
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