〜午前の紅茶イレブンジズ、ルーナ正体を添えて〜
ルーナに連れられて部屋まで入ったはいいが、もうすでにかなりの時間が経っている。
それにもかかわらず、一向に口を開かないまま、只々凝視してくるだけなのでいつもと違う雰囲気がより恐怖を感じさせる。
仮にも12年間一緒に育ってきた兄に対して、首根っこ引っ張って用件も言わずに凝視しているルーナには文句の一つも言いたいところだが、これが世間で言うところの反抗期とやつなのだろうか?
前世は一人っ子だったから反抗期の対処なんて知ったこっちゃないし、どう動いていいか検討もつかない。
あまり頼っていい記憶はなかったけど少なからず助け舟を出してくれる兄弟子の言葉がふと脳裏を横切った。
「妹を持つと反抗期で大変なんだぜ?いつも喧嘩を吹きかけるくせに、給料日前には必ず露骨に態度変えて金せびってくるわ、やりもしないゲームを代わりにやらされるわ。
だから反抗期相手にはあまり逆らわずに、子供の相手をするように乗っかってあげるのが一番楽なんよ。例えばそうだな、〇〇ちゃんよく出来ましたね〜とか言ってやると大体すぐ黙る。まぁ一人っ子のお前には分からないと思うけど……」
そう霜兄は言っていたけど、子供の相手をするようにか……意を決してずっと凝視してくるルーナに渾身の1発をやってみる。
「ルーナちゃん、よく僕を運ぶことができましたねぇ〜、偉い偉い!
それでなんの呼び出しでちゅか?お兄ちゃん食後の紅茶を飲もうと思っているんだけど……」
「………」
霜兄、確かにすぐ黙ったよ。でもさ、これはまずい黙り方じゃんか。
いつもは天使のように透き通ったルーナの青色の目が、激しく血走っている。
みるからにさっきより目力増したし、あのお淑やかなルーナが急に貧乏ゆすりを始めた。
前世から分かってはいたけども、やっぱりあいつはペテン師だ。
もし今世で会うことがあったらありったけの嘘ついて嵌めてやろう……。
「いやあのごめん」
「…はぁ、どうせ霜さんの入れ知恵だろうから許しましょう。それよりお兄様、私もあの合言葉を聞いたことがあるのですわよ、というかあの場にいましたし」
「へ?」
今なんて!?
あの合言葉を知っているということは2分の1のどちらかだ。それに霜兄の名前も知っていたわけだし。
「……もしかしてルフ…」
「そっちじゃない」
「あ、じゃあリゼか」
見事に2分の1を外してしまったため、ため息をつかれる。
「はぁ……僕だって2人を探すのに一生懸命だったのに一周回って損した気分だよ。まさか龍井がお兄ちゃんになっているなんてね?しかもそれを知らずにお兄様、お兄様って…とにかくこれまで通り僕のことはルーナって読んでよ?お母様に不審がられるのは怖いからね」
そういうと周りを見渡して母さんがいないかどうか確認をするルーナ。
「わかったよ、ルーナ。でもまさか妹がお前だとは思わなかったけど、少なからず目の届くところで生きててくれてよかったよ」
「本当だよ。あの時はみんな死んじゃってもう会えないと思ってたからひとまず安心はしているかな。それよりあの紅茶大好き魔神の龍が、紅茶を作らないなんてどうしたの?
少なくともここ5年くらいは紅茶を作っているところをみてないんだけど」
「いや母さんに作った紅茶道具を没収されたから、ダクトと繋がっている地下室で隠れてやっている」
「なるほどね。確かにあの人は人一倍心配性だから隠れながらじゃないとできないね」
ルーナも話す通り俺たちの母親であるマリアさんだがびっくりするほどの寂しがり屋で心配性である。自分が知らないものにはとても怖がりで、それなのにめちゃくちゃ厳しくて優しいといった一癖も二癖もある性格を持っているのだ。
例えば昔、市場に行きたいと言ったときには知らないと困るでしょと言われ、市場の仕組みから教えてもらわなきゃいけなかったため、行けたのは約1週間後。
紅茶の道具や茶葉が、この世界にはどれほど流通しているのか知りたかっただけなのに、市場に行く頃には自分でも気づかないくらい難しい単語を並べて話していたらしい。
他にも初めて紅茶を作ろうと思って買った器具を使っている途中、怪我しそうだからと没収されたり、
しまいにはこの年、17歳になっても寝る時さみしいとか言い出して週に一回みんなで寝ることすら義務化されている。
こんな癖しかない性格をどうして父さんは惚れたのかとは思うが、2児の母とは思えないほどの美貌を持っているがためになまじ、父さんを責められない。
「じゃあちょうど食後から少し経ったし、最近作った新作でも飲んでみる?もちろん母さんには内緒で」
「いやでもあの人だよ?大丈夫?」
母さんにバレた時のリスクを考えているのか中々了承出来かねているルーナだったが、紅茶の魅力には勝てなかったのか、はたまた妥協案を思いついたのかしばらくして首を縦に振ってくれた。
地下に移動した俺たちは、秘密裏に貯金を崩して作ったカウンターテーブルに腰掛ける。
「それじゃあ紅茶を作るけどホットとアイスどっちがいい?」
「アイス」
アイスを作ることが出来たのはここ最近のことなのだが、いかんせん市販のような氷というものがないため作るのを手間取っていた。
異世界ファータジーといえば魔法と言うだけ、あってこの世界にも魔法と呼ばれるものは一応あるにはあったりする。
魔法というには少し違うが、五大元素というものがあり、万物には沢山の力があるという教えの元、この世界でも良く使用されている。
それをもとにギルドや王族の護衛隊なども決めているそうなのだが五大元素、火、水、土、風、雷、これらのうち3つ以上を所持しているものにのみ紹介上は届かないらしい。
母さんは王都の王宮内の元秘書かなんかなので土以外の4つ、父さんは何万人に1人の五大元素全部持ち、それに派生元素として氷、電気、岩 と計8つも所持しているため脅威になり得るともされ王都から遠い自然豊かな地を領地として貰ったらしい。
なんとなくかわいそうだが静かに暮らせているのはこの領地をもらえたからだろう。
父さんや母さんとは違って五大元素をひとつも持っていない俺は、元素分析の勉強はしなくていいとされていたが、独学で分析したら五大元素以外の派生元素は大体覚えることができた。
何故基礎の五大元素を吹っ飛ばして派生元素が使えるのかはわからないが今使えるものとしては、霧、氷、電気、岩、瘴気(毒)、創造といくつか所持している。
そのうちの氷元素の威力調整をできたため、紅茶で使うアイスを作ることができるようになったのだ。
ルーナは五大元素を全部所持しているため専用の先生みたいなのもいたのだが、3ヶ月余りで全部を習得したため授業は必要なく、派生元素は使えないらしい。
既に王族の護衛隊の勧誘もあったらしいがルーナ自身断っているらしい。贅沢な奴だ。
五大元素は覚えるのではなく所持するという感覚らしいが派生元素はそうでもないようでいつか目覚めるらしい。
俺は目覚めもなしに分析をしまくって覚えたから異例だとは思うのだが家族にいうと面倒なのでルーナ以外には内緒にしている。
「じゃあ新作のアイスな」
我に帰った俺は昨日ちょうど仕上げを行ったばっかりの茶葉が一つあるので、それを手に取った。
紅茶の茶葉を作るには大体二つの製造方法があるが、俺は面倒くさいけどしっかりできるオーソドックス製法を用いている。
市場には揉捻されたものと摘採されたものの二つがあるが、作業効率が減るため断然揉捻の方。
家では玉解き、それから酸化発酵し、乾燥させてから仕上げをし完成する。
発酵濃度や、果物を潰したものと発酵前のものを混ぜると違った香りになる、これが今から作るフレーバーティーというものだ。
潰した実はチャゴの実といって酸味と甘さが特徴の蜜柑のようなもので市場でひと目見て絶対会うと目をつけていた。
異世界に来てからやっと紅茶らしい紅茶を作ることができたわけだが、前世に比べればまだまだ遠いだろう。
大きめのグラスを二つ持ちその中にあらかじめ作っておいた氷をナイフで割ったものを入れ、その合間に温めていたポットに茶葉を沈ませる。
柳さんに教わった目安としてはティースプーン2杯ほどだが、アイスでもより匂いを楽しみたい場合は、もう半すくいしてもいいだろう。
ここで必ずしなければいけないのは蒸らすという作業で、紅茶の蒸らは数秒でも変わると言われているぐらい重要な作業なのだ。
2〜3分ほど蒸らすとちょうどいいぐらいに色も匂いも仕上がってくる。
最後は氷を入れた二つのグラスの片方に注ぎ、こぼしてもいいような場所でおいて、注いである方のアイスティーから何もない氷の入ったグラスに素早く移す。
この作業を数回行うと途端に冷たくなってくるので、キンキンに冷えたアイスティーを飲みたい時はいつもやっている。
「うん、さすがお兄様だね。紅茶の腕に関しては鈍ってないじゃないか」
「当たり前だろ。折角産まれ変わったのだから自分の納得する最高の一品をこっちで作りたいじゃんか」
そう話し返すと余程紅茶が待ち遠しいかったのか早く早くと机を叩いて催促する。
気がつくと時間も10時くらいでイギリスの人々も一息つく時間になっていた。
午前の紅茶イレヴンジィズ。イギリスでは午前中の慌ただしい時間の一息にこの時間を使って紅茶と共に休憩をとるらしい。
やっとこさこの世界で優雅な休憩ができるそう思っていた矢先。
「あら2人してこんなところで何をしているの?」
そんな不穏な言葉とともに全然素敵じゃない訪問者が来てしまったことにより、俺の休憩も開始数分で終わりが来てしまった。