プロローグ 〜世界三大銘茶、キーマン、ダージリン、ウバ、だけどウバはなんか違くない?やっぱり今の主流は私の名前よ、ルフナがいいと思うわ〜
今回二作目となるこのお話は、祖母が紅茶を飲んでいる時に偶々話してくれた、昔に見たらしい変な夢を、異世界物などにオリ変して書かせてもらっています。
もっとも、話していたのはこの話の途中部分、それこそ異世界に行く手前なのですがそこからは妄想と想像で書かしてもらいます。
皆さんに紅茶の深さと楽しみが伝わるように、そして紅茶のお供に楽しめますよう書いていきたいです。よろしくお願いします!
『世の中には三大銘茶と呼ばれるキーマン、ダージリンティー、それからウバなんて有名なものもあるが、それらが必ずしもその人にとっての最高の一杯になることはまずないだろう、それに一杯のお茶はその一杯にしか現れない。だから沢山試して自分の手で最高の一杯を知りなさい』
この言葉は俺、水陰龍井が師匠から紅茶の世界を知る上で初めて教えてもらった言葉だった。
◇ ◇ ◇
「君は本当にあの柳先生の弟子なのかね?味や風味、それから茶葉の混じり具合まで同じなのに何故だか違うものを飲んでいるように感じるよ」
紅茶の祭典のルピシア・グラン・マルシェ、そこで長年研究してきた紅茶が評価されたため、自分の渾身の一品を提供したのだが、いきなり来た英国風でいかにもな男にそんなような事を言われてしまった。
「そ、それはどういう意味でしょうか?確かに私の先生は柳ですが、味や風味、それから茶葉に対する湯煎の温度まで彼とは違う風に作ったのですよ?」
俺がそう言うと飲んでいた紅茶を床に捨て、ニコッと笑う英国紳士。
「いやそのままの意味さ、君が違う風に作ったとしてもこれは何年か前に柳が完成したものの一つなんだよ。それもこれよりとびっきりに美味しものだがね」
その言葉と、床に捨てられた渾身の一品を見て頭に血が上ってしまったのだろう。気がつくと目の前でぶっ倒れている紳士、それから何故だか少し赤く腫れている自分の左手を交互に見つめ、今自分が犯してしまった事を思い出す。
言い終わった紳士がカップを戻すよりも早く手が出てしまっていた。
殴った衝撃で紳士の持っていたカップが落ち、破片となって周りに散らばっていく。
当然の如くざわめく場内に、いても経ってもいられなくなった俺は、行く道も考えずに息が切れても尚走っていた。
しばらくすると周りが暗くなり、静かなところにたどり着いた。
高いところに来ているのだろか、ひんやりした空気が辺り一面を覆っている。
ゆっくりと息が整え、考えないように何度も現実逃避をするが、未だに赤く腫れた左手によって瞬く間に現実に戻されてしまう。
「なんでやっちゃったかな……でも1万歩譲ったとして俺の紅茶が師匠と似ているのはわかるけど、床に溢すのはおかしいよ……」
「あんたが後先考えないからこうなったのでしょう?事後処理をした私達の身にもなってよね、全く」
「そうだよルフナは慌てていてあまり役に立たなかったけど、場を収めるのに僕たち本当に苦労したんだから!」
そう言いながらもなんだかんだで追いかけてくれる2人は、幼なじみの雨霧ルフナと綿月リゼで、小さい頃から一緒にいるからか自然と俺の場所がわかったのだろう。
2人ともクウォーターで美形、ルフナは祖父がイギリス生まれのスリランカ育ち、リゼは祖母がトルコ生まれのイギリス育ちという中々に行き違った育ち先なのである。
今現在は俺が独立して兄弟子と出した店でそこでバイトとして働いてくれている。
彼女たちと小中高と一緒だった俺は、最初こそ綺麗な2人に囲まれて嬉しかったが、高校生のとある日に2人とも彼氏がいると相談を受けて以来、一度も意識することがなくなった。
まぁ、こんな紅茶大好き人間を好きになる方がおかしいとは思ったが。
「悪ぃ、ありがとう。折角丹精込めて作ったものだっただけに頭にきちゃったわ」
「あぁ、まぁ……アレをされたら誰だって頭にくるわよ」
「そうだよ。僕たちも親友を虐められてイラッときたのは確かだし、元気出しなよ龍」
2人に励まされたお陰かより一層新作への気持ちが高まったと同時にあのじじいへの殺意もより一層高まった。
ここ最近では1番いい出来のやつだったのにわざと溢しやがって。よし決めた、次会うまでにはめっちゃくちゃうまい物を作って、永遠と目の前で他の人に配って飲ませないようにしよう。
…それに出来た当初、被るのは嫌だからちゃんと聞いたのに、『おおっ、新しいじゃないか。オレンジとザクロの風味が絶妙に混ざり合って美味い、これは考えたことなかったなぁ』とか言いって嘘つきやがって、師匠も同罪だ。
そんなこんなでなんとか落ち着いた俺は、ルフナとリゼと共に騒がしくなっている場内に戻ろうと思ったが、警察のサイレンと、一つ下の階段横の渡り廊下を歩いている銃を持ったSPを見て血の気が引いた。
「シャーロット様を殴った青年、それからその側にいた娘2名を探し出せ。
特に倒れた後、追い打ちをかけるかの如くボコボコにした娘供は見つけ次第射殺してもいいようだ。
至急連絡を待つ、どうぞ」
「了解。この近辺にそれらしき足跡がある、引き継ぎ調査しておく、どうぞ」
「「……………」」
やばい。何してくれてんだよお前ら。見つかったら殺されちまうじゃんかよ……。
「……あのじいさんめちゃくちゃ偉い人だったじゃねぇかよ!死体蹴りみたいなことすんな」
「だから言ったじゃない、事後処理しったって。あのじいさん起きてすぐ英語であんたのことくたばれとか言ったのよ?だからもう一度ど眠ってもらうためにしただけ」
くたばれだと……お前がくたばれクソじじい。本場の人なのに紅茶会でのダブーをやりやがるとか……くたばっちまえ。
「じゃあリゼの言った場を収めるとか役に立たなかったとかって……」
「いや、僕ってジークンドーとかヤールギュレシとかやってるじゃん?だから……ね」
場を収めるの意味を辞書で調べてこい、少し前まで後悔してた俺が馬鹿みたいじゃねぇか。
スマホでさっき言っていたシャーロット様とやらを調べてみたがとんでもない人を殴ってしまった。
なんとあのじいさんイギリスの公爵家の中の1人だったらしい。
柳さんと会う時はSPをつけないため、本来なら殴った瞬間俺の命はなかったのだろう、とんでもないことをしてしまった。
「西棟B地点屋上用階段に3人の足跡と思われるものを発見、見つけ次第連絡と射殺の許可を、どうぞ」
「了解。何人かをそちらに寄越すまで待て、どうせ行き止まりだから逃げれないはずだ。それからシャーロット様が柳の弟子なら謝れば罪を軽くするそうだ、どうぞ」
「だそうだ。聞こえるかそこにいるお前ら。柳さんがいなくなると、うまい紅茶が一生飲めないから何もしないで生かしておくらしいが、お前たちは最低でも指の一本なくなると思え」
そう言いながら厳重に装備を整えたSPが階段の下まで来る。
こうなった以上いよいよ終わりなのかもしれない。
ルフナとリゼも放心状態だし無傷で生き残る方法はないだろう。
「な〜んてな、いや弟弟子がまさかイギリス王室の人を殴って逮捕とか洒落にならんわ。このまま屋上の影で大人しくしてろ」
………へ?
「早く行け。屋上の隠されたところに抜け道があるからそこの前で隠れていろ。足跡でばれるから足跡を右往左往につけとけよ、師匠がシャーロットに紅茶を入れている今のうちだぞ」
まさか兄弟子の霜兄がいるとは思わなかった。こないだスリランカに修行をしに行ったと聞いた手前、向こう2年は会わないと思っていたのだがこっそり俺の紅茶を見に来てくれたのだろうか?
霜兄の言うとおりにゆっくりと足音を立てず歩き、足跡をバラつかせた俺たちは屋上からジャンプして降りる抜け道の前で待機していた。
「増援の一人か?奴らは屋上に逃げて多分隣のビルに移った思う。ここからは二手に分かれてこっちのビルと反対側のビルを探そう」
「了解した…とでも言うと思ったか?お前がSPじゃないのは知ってる、お前はミスター柳の弟子の霜月倉之助だろう?奴らの居場所を言え」
「……あ〜あっ、なんでバレちまうかねぇ。折角SPの資格まで取ったのによぉ。わかった言うからタバコ一本ぐらい吸わせてからにしてくれ」
そう言うと霜兄は胸ポケットからタバコだし火をつけ始めた。
「ふざけるな、打つぞ。もちろんお前にも発泡許可は出ている。早く居場所をはけ」
「……嫌だね。最後の一本ぐらいしっかり吸わせてくれよ」
カシャと言う音と共に最悪の事態が頭をよぎった。ルフナやリゼも音を聞いたのか黙って耳に手を当てている。
……バンッ!バンッ!バンッ!
これまでで一度も聞いたことのないような重くて低い轟音が辺りに響く。
俺たちからは霜兄さんが見えないため脅しの空砲だとたかを括ってはいたが、雨のように降り注ぐ赤黒い水滴から容易に事態が想像できてしまった。
「早く話さないからそうなるんだ。足や頭だと処理が面倒だから心臓に叩き込んでやっただけ感謝しろよ?まぁ3発も叩き込んどけば変わんないような気もするがなぁ」
男の野太い声と共に我に帰る。
ここから逃げないとまずい。あのじいさんは本気だ。
「いいか2人ともこのままだと見つかったら即射殺で終わりだ。この先何があるかわからないがとりあえず抜け道を行くしかない」
「そ、そうね。霜月さんが……殺されてしまった以上ここをバレるのも時間の問題…よね。
……わかった。龍が先頭で私が真ん中、リゼが後ろでSPのやつが来ないか見ながら行きましょう」
「そうだね。最悪武器さえ奪っちゃえばあいつはなんとかなるから僕が後ろで見張っておくよ」
3人で作戦を立てたところでSPの声がだんだんと近い所まで来ていることに気づく。
リゼまでが完全に抜け道に入る頃には元いた場所の真上まで来ていたため、あと少し遅ければ見つかっていただろう。
暗い道で尚且つ足元が不安定だからふとした拍子に音を立ててしまわないか不安になるが慎重にいかなくてはならない。
「一応入り口から離れたからスマホのライトでもつけようか?足元が幾分かはマシになると思うし」
「えぇお願い。私とリゼは置いてきちゃったし、今持ってるのは食べるものくらいしかないわ」
ポケットに入れていたスマホを取り出すが所々おかしいことになっている。
ライトはつくのだが現在時刻やら広告やらが文字化けしていて読めない。
「ねぇ待って2人ともそのまま行くと落ちちゃ………」
……よく聞いてなかったからかルフナと俺は目の前に広がるダムのような大きな穴の中に落ちてしまった。
かなりの深さでこのままだと追突して死ぬことは免れないだろう。
なんとかやってはきたが最後の最後で注意力が抜けていた自分に腹が立ってしょうがない。
側にいたリゼがみるみる遠くなってゆく。
「リゼ後ろ!」
一緒に落ちているルフナから声がするためよくよくみるとリゼの後ろにさっきのSPが立っていた。
「……へっ?」
ドスッ!
鈍い音と共に後にいたSPによってリゼまでもが俺たちの後を追うかのように落とされてしまった。
「まさか抜け道があるなんてな。お前らも正真正銘これで終わりってわけだ。3人揃ってあの世で楽しくやってろよ」
リゼの叫び声と男の野太い声が重なるが遠くて何も聞き取れない。
……クソ!なんで人を殴っただけで殺されなくちゃいけないんだ!
なんで2人まで巻き込んじ待ったんだよ!なんとかならねぇのかよ!
……駄目だ、何を考えてもここから助かる選択肢なんて見つかりもしない。
「くそったれー!クソじじい、来世は絶対に誰にも邪魔されず優雅に紅茶を嗜んでやるからなぁ!」
とまぁここまでが日本にいた時の記憶なわけなんだが、何というか願いが叶ったのか俺は今リューシュイとして生まれ変わって生きていた。
紅茶作りの傍、読んでいた本のように転生とやらをしてしまったらしい。
ちゃんと記憶を取り戻したのが10歳という2分の1成人式みたいなのが行われた時なんだが、あれから7年。
やっと元の年齢に戻れた。
リューシュイとやらについてだか、俺の今のお母さん、クレアさんが名前をどうしようかと言っていた時に、俺が初めて喋ったのがこの言葉だったからだとか。
多分龍井と答えたかったんだと思うのだが記憶もないためあやふやである。
今世での暮らしもそれなりに裕福な家なのか召使いさんも何人かいて、みんな優しいし、部屋には高そうなものもいくつかあるため不自由だと思ったことは一度もない。
強いて言えば赤ちゃんの時に記憶が戻って欲しかった。クレアさんのおっぱい貰えるし、メイドの母乳も飲んでいたらしいから…。
変態だと思うかもしれないが男は皆変態だからしょうがないだろう。
今の俺の家系だが、父のヴァーディーと母のクレア、息子のリューシュイ(俺)それから義妹のルーナの4人家族で、最近はルーナの提案でピクニックに行った。
義妹と言ったが、俺が5歳の時、養子で当時5歳のルーナを引き取ったので俺とは一歳差もないくらいだが妹になる。
それから5年。
記憶が戻ってからは、度々ルフナとリゼを探しているが未だに居場所は分からない。
まぁこの世界にいるって確証はないし、正直どうしようもないけど何となく近くにいる気がしてならない。
3人で死ぬ間際に、『もし来世なんてものがあったらまた会おう!』ってことで合言葉なんてものも作ったのだが今となってはいい思い出だ。
確か “ 世界三大銘茶、キーマン、ダージリン、ウバ、だけどウバはなんか違くない?やっぱり今の主流は私の名前よ、ルフナがいいと思うわ”とかだった気がする。
泣き虫のリゼを泣かせないために必死に面白い合言葉を作ったんだとは思うのだが、意外と効果はありそうだ。
「お兄様?ぼーっとしてどうしたのですか?ルーナは少し心配です。いつもお兄様はどこか抜けているところがあるんですもの」
っと、俺が考え事をしていたのを見てたのか、反対の席でご飯を食べているルーナが心配そうな顔で見てきた。
「いや、大丈夫だよ?ちょっと昔知り合いと約束したことを思い出していただけだから」
俺の言葉を聞いて安心したのかルーナがホッと息を漏らす。
「ルーナも気になりますわ。お兄様は旧友の方たちとどのような約束をいたしましたの?」
ルーナの言葉に少しばかり息が詰まる。
合言葉をそう易々と言っていいのだろうか?正直言っても意味なと思うのだが、何故だか気分が乗らない。
「正確には……約束というより合言葉……って感じかな?」
気分が乗らないが小さな声で恐る恐る答えた。
「……あら合言葉なんですか?私も昔殿方としたのですよ。一緒ですね」
「そうなのか、でも多分すごい変な合言葉だからルーナのとは少し違うと思うけど……」
「でしたら俄然聞きたくなってきましたわ!早くルーナに教えて下さいまし、お兄様!」
あらら、そんなに期待されても困るんだけどなぁ。
まぁこれ以上ハードルを上げないためにも勿体ぶるのはやめたほうがいいだろう。
「じゃあ言うね。世界三大銘茶、キーマン、ダージリン、ウバ、だけどウバはなんか違くない?やっぱり今の主流は私の名前よ、ルフナがいいと思うわ って言う意味不明なやつなんだけ……グゥェ」
あれなんで合言葉を言っただけで妹にドロップキックをくらわされているのだろうか?
「どうしたルーナ?俺がなんかしたか?」
「あ゛?」
え?待って、まじでルーナどうしたんだよ!いつもだったら『お兄様って面白いこと言うのですわね』とか言うじゃんか?
もしかして反抗期?どうしよう、前世は妹いなかったし反抗期の対処なんてできないんだけど……。
「母さん、父さん、ルーナが反抗……痛て、痛いって、本当に何かしたか?いやちょっと待って話そうぜ。俺がなんかしたなら謝るから!」
「黙ってこっちに来てください、というか来てもらいましょうか?お兄様?」
……あの優しさ全開のルーナちゃんはどこにいったのだろうか?
もう一度ルーナの方を見るがさっきより怖い顔で心なしか後ろから禍々しいオーラがででいる。
やばい!これは一刻も早く逃げた方が良いのかもしれない。
「あ、えっと……お兄ちゃんちょっとメイドのグリモーゼさんに用事があるからまた今……な?」
「……ダメです」
「あっちょっ、首は引っ張るなって、というがどっからそんな力が出せんだよ」
暫く続く長い廊下の中、逃げるのも諦めた俺は首を引っ張られながらある言葉を思い出す。
茶柱が立つと、素敵な訪問者が現れる。
……そんなような言葉もあるが、きっと迷信に違いない。だって朝立ったのにこれだもの、素敵な訪問者なら今すぐこの状況をどうにかしてほしいものだ。
ブックマークと御評価をよろしくお願いします。
それからもう一つの作品ももしよかったら読んでみてください!