桂馬
校舎の片隅で『桂馬』と書かれた小さな木の板を拾った。
いつも昼休みや放課後に睡眠様を頂戴している石段の所に、ちんちくりんな物体が落ちていたのだ。
(……なんて読むんだ?)
ホームベース型のそれは裏に赤文字で…………
(……何て書いてあるんだコレ?)
達筆すぎて全く読めないが、和ホラーな感じのくすんだ赤でちょっと怖かった。俺はそれをポケットへと滑り込ませ、三十プンプン後には存在を忘れた。
次の日、校舎の片隅で何やら捜し物をしている女の子を見つけた。必至に草をかき分け木を揺らし懸命に地べたを這っていた。
(カギでも無くしたのかな?)
俺は興味本位で(正確に言えば女の子と話したくて)声を掛けてみた。
「何か無くしたんですか?」
女の子は立ち上がり頭についた木の葉を払うと、眼鏡のズレを直してモジモジと応えてくれた。
「け、桂馬を…………」
「けいま……?」
初めて耳にする謎の言葉に思わず首を軽く傾げてしまう俺。
「しょ……将棋の駒で……す」
「しょ、将棋……?」
(将棋って確かオセロの親戚だったっけ?)
オセロすらやったことの無い俺は、無論将棋なんか知るよしも無い。
俺が将棋を知らないと分かると女の子は、ポケットから『桂馬』と書かれた木の板を俺に見せてくれた。
「コレ……なんですけど……」
「あっ!」
俺は昨日の事を思い出しポケットを弄った。忘れ去られたポケットの中には丸まったティッシュや怪しい勧誘のチラシ。そして昨日拾ったばかりの『桂馬』が居た。
「コレかな?」
「! そ、それです……!!」
女の子は俺の手を取り桂馬との再開にやっきになって喜びだした。
「良かった……!! ありがとうございます!」
「見付かって良かったね」
飛んだり跳ねたりとあまりの喜びように、俺はちょっと冷静に引いた。こんな小さな木の板がそんなに大事な物なのか?
「何と御礼を申し上げたら良いか…………」
俺は女の子の顔を見てちょっとだけ(ちょっとだけだぞ?)邪な考えが頭を過ったが、ふとコレの使い道が気になった。
「コレって何に使うの?」
「将棋ですよ」
──ガラガラ
女の子は近くにあったスクールバッグから分厚い木の板を取り出し、広げる。更にバッグから出て来た木の箱から大量のホームベース型の木の板を撒き散らした。
「こうしてこう並べて…………はい♪」
女の子は楽しそうに沢山の漢字が書かれた木の板を並べ、俺に見せてくれた。しかし俺には何のこっちゃさっぱりだ……。
「……で?」
「交互に駒を動かして先に王様を取った方の勝ちです」
「こう?」
「あ……直接駒を取っちゃダメですよ……!」
「むー……分からん!」
俺はすくりと立ち上がりスタスタとその場を後にした。ま、この後帰って寝るだけだけどね…………
「ただいまー」
俺は家に帰り、冷蔵庫の扉を開け『食べるな!』と書かれたシュークリームに手をかける。
(将棋……ねぇ)
スマホで『将棋』と検索し、基本的なルールを見てみた。
(ゲッ!……なにこの面倒なルール!?)
駒には種類があり、種類毎に動かし方が違うらしい。何て書いてあるのかまともに読めないのに動かし方なんか覚えられるか!!
(やーめた……)
俺はスマホを閉じ、手に着いたクリームをペロリと舐めた。
翌日……女の子がそこには居た。
「……こんにちは」
「どうしたの? また無くしたの?」
昼休みの心地良い風が吹く石段に、女の子はバッグを抱えて座っていたのだ。
「クラスの人に聞きました。昼休みはいつもココにいる……と」
「ああ。ココは昼寝パワースポットだからな」
「昨日の御礼がまだだったので……」
「別に良いよ。大した事してないしさ」
──ガラガラガラ
女の子は俺の話などお構い無しでまたもや将棋の駒を広げ始めた。
「これは歩で「一つ前にしか進めないんだろ?」」
「コレが……読めないけど真っ直ぐ何処までも行ける。コレは駒を飛び越して、銀は横後ろ、金は斜め後ろ以外行ける……だろ?」
「そ、そうです……が」
「今時はスマホで一発……さ」
俺は人差し指で駒を並べ始める。昨日みたサイトの配置を思い出しながら…………。
「飛車と角が逆ですよ……」
「そ、そうか……」
所詮付け焼き刃の知識なんかその程度だが、昨日に比べれば不思議なくらい将棋とやらに興味を持っている気がした。
お互い駒を並べ終わり、女の子が俺に手を差し出した。
「お先にどうぞ」
「あ、ああ……」
駒の動かし方を軽く知った程度だが、何故かやる事になっている事に驚きを隠しきれず、俺は悩み真ん中の歩を一つ前に進めた。
「中飛車ですか……」
(待て待て、中飛車って何だ!?)
突如飛び出した専門用語に俺はツッコミを入れたくなったが、女の子の顔をふと見ると、そこには真剣な眼差しをした何かが居た。俺は思わずその姿勢に唾を飲んだ……。
女の子は飛車の前の歩を動かし、俺は王の前の歩を更に進めた―――
―――結論から言うと俺はいつの間にか負けていた。何をしたら良いのか分からず、しかし相手のやりたい放題を止めることが出来なかった。
「……これが『将棋』です」
女の子は冷静に言葉を発し、駒を箱へ仕舞おうと手をかける。
「も、もう一回……!」
それは自分でも不思議な一言だった。今まで何かに執着などしたことの無い俺が…………
「いつでもお待ちしております」
女の子は一枚の紙切れを俺に差し出した。
『将棋部 入部届』と書かれたその紙を俺は無言で受け取ると、女の子は爽やかな風を残して静かに去って行ってしまった…………
読んで頂きましてありがとうございました!




