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サーカディアンリズム

作者: 尾川亜由美

注意:残酷描写はないですが、嫌悪感を覚える言葉や展開だと思うのでご注意を。


人間関係に疲弊している恋人同士の、とある夜のお話。

設定として恋愛物のタグはつけていますが、糖分ゼロ。

短編小説です。


星空で白があまた点在し、ひとつになることがないのは残酷だろうか?

俺には途轍もない救いだと感じられるのだけれど

目前の暗闇にとっては、そうじゃない。



サーカディアンリズム



朝に起きて、寒い体を掌で擦っちゃ体温を取り戻す。

髭をあたり、軽い朝食を終え、アパートの郵便受けにそっと部屋の鍵を置く。

そうして仕事に向かい、夕方きっちりに帰路に着くのだ。


部屋はとっくに開いていて

短い廊下からにおう煙草の臭いに、ウンザリしていく。

ところどころ革の剥がれたソファは、この女と付き合ってから買った中古だが

もう少しマシな色をしていなかっただろうか?

病的な程に白く細い、気色の悪い指で煙草を挟んだ彼女は

「おかえり」とも言わずただだんまり。

ソファに座って、似合いもしないラブコメディを観ている。

だから、俺も何も言わずにジャケットを放り、部屋の隅にたまった闇を払う為に

ライトの電源を入れるのだ。


ただ紫煙を燻らせていた彼女は、静かで、しかしやたらと通るそんな声で言う。

「朝になれば、頬を伝った涙は乾く。そう言ったヒロイン、知っている?」

突拍子もない質問なんていつものことだ。俺は首を横へと振る。

「ドラマは観ないから、分からねえ。」

「だったら、ぜひ観てごらんよ。きっと、あなたはどうしようもない顔して笑うわ。そんなことありはしないのに、そうであって欲しいって。」

「それで、夜になりゃ恋人の部屋に転がり込んで、ありえない空想に思いを馳せる。よく飽きないもんだ。」

呆れて言っても、振り向きもしない。

灰皿へ吸殻を押し込んで、空気と一体した様に黙る。


彼女が何か重いものを抱えていることは、一目瞭然だ。

だけれど俺だって自分のことで精いっぱいだし

他人に温情を売れるほど暇じゃない。

せめてもの救いは、この女が薬物や酒に浸って叫んだり暴れたりは

今のところ、一度もないということぐらいか。


エンドロールがリズムの良い曲と共に、ブラウン管から流れ出す。

どうやらくだらないドラマが終わったらしいという所で、彼女は呟く。

「だって、この時間しか私を見ていてくれないんだもの。」

先程とは違い、どこか感情を帯びたその声色は

精神に障るには十分過ぎる効果がある。それでも一応、俺は問うのだ。

「別に、おふくろさんやクラブ仲間やらが、囲んでくれてるだろうが。

これ以上が必要か?」

「朝になってママと出会っても、出来損ないのミラーボールにさらされても

そんな明りはただの作り物なの。黙って、ただそこに漂うことは出来ない。

陽に照らされたら、それが全部鮮明に見えるじゃない。

焦げ付きて死んでいくだけだわ。」

「頼む、疲れてるんだ。そのラブコメより酷い空想を聞かせないでくれ。」

朝になれば、誰かと出会って心身ともに疲弊していくだけ。それは俺も分かる。

だからこそ、心地いい孤独になれるこの時間に、なぜこんな話をされなくちゃいけない?


彼女は、今日はじめて俺の方へと視線を向けた。ゆっくりと。

夜空の星の煌めきに似た、真っ黒の瞳がこちらを眺め、細められる。


「あたりまえよ。空想なんだから。時間は喋りかけないから結局のところ孤独を持て余すわけ。だから、私はくだらないドラマを観る。あなたは、くだらない話を聞かされる。」


その言葉が暗に、彼女の孤独を今癒せるのは俺だけだと何かが語り掛けた気がした。

明日でいい。俺は一刻も早く、一人になりたいんだ。

返答はせず、寝室へと歩いていく。


そっとした笑い声が、ドアの閉扉音と共に消えた。



ベッドに倒れ込めば、出会ったばかりの彼女のことをふと、思い出した。

今と同じく、この闇夜みたいに暗くて冷たい性格だったが

偶に微笑むことはあったか。


夕食にレストランに出かけようと誘った時。


明日は休日だし、朝まで話し込んでいた時。


割と、どうでもいい時に、あの目尻を丸め口元をにやっとさせて

気まぐれに、だが楽しそうに、きちんと笑った。


朝になれば、頬を伝った涙は乾く。そう言ったヒロインは誰だったか。

どいつでもいい。朝になったって夜になったって

誰もがたった一人で生きていく。

それを幸と思うかどうかは、俺と彼女の自由だ。




いつの間にか眠っていたらしい、意識の緩慢な覚醒。俺は窓を見遣る。

まだ真夜中といっていいだろう。外は闇一色だ。

コップ一杯の水が飲みたいとベッドから身を起こし、ドアへと近づく。


ふと、音がした。何かが軋むような、奇怪な音だ。

何が起きたかは知らないが、どうやら好転していなさそうだ。


ドアノブを廻して開けてみると、真っ暗闇の部屋の中でも

とびっきりに黒い影が左右へ揺れていた。

ライトから吊るされた飾りみたいなその輪郭は、俺に何も感じさせることはない。

ただ、何となく笑ってしまった。漏れ出たそれは、決して愉快だからじゃない。

消えゆく煙草のやにくささが、ただただ揺れる彼女によく似合うものだ。


誕生したと同時に、死ぬ為に時間が経過する。俺も彼女も、全てのものが。

それが生きているということなら、誰も孤独から逃げることは出来ない。

悲観して朽ちていくより、それを承知していた方が俺にはちょうどいい。


真っ暗闇が、影にまとわりつき、優しく撫でる様に見える。

曰く陽射しに照らされて作り物が鮮明になってしまうまで

それは久々ににやりと笑うだろう。

そして予言通り、俺はどうしようもない顔をして笑う。これからもずっと。



FIN

ここまでお付き合いいただいた読者様、ありがとうございます。

久々に投稿したごく短い短編小説でしたが、洋楽を聴いていたらふと書きたくなり

一応、設定的に社会人の男性×遊び人の女性の恋愛物をつらつらと。

サーカディアンリズムとは一般的に言う体内時計のことだそうです。


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