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第6話

 リーフィアは、ため息をついてセトをじっと見た。


 金髪の少年は、ベッドの上で膝をまげでぺたりとすわり、大きな本を膝に乗せていた。少年には少し大きめの眼鏡のむこうの翠の目は、なんだか不安げだ。


 襲撃を受けてから、セトが首を気にしているのにリーフィアは気が付いていた。

 あの骸骨に捕らえられていた時に痛めたのだろうかと心配していたのだが、そうではないらしい。だが、呪いをつけられたと聞いては、安心できるはずもなかった。


 どうやら聞かれなければ隠しているつもりだったようだ。リーフィアの質問にようやくセトは口を割ったが、彼女は少々不満である。危機を救った護衛に対し、水くさくはなかろうか。


 少年はリーフィアに対し横向きになるように座っていた。二人の間には薄い木製の盆がおいてあり、飲みかけのコップがふたつ乗っている。彼女はそれを盆ごと持ち上げて、ちょうどベッドの脇においてあった小さな机に移動させた。


 セトは、リーフィアの行動の意味がわからず、なんだろうといいたげな顔をしつつも油断している。


「えい!」

「わぁっ、ちょ、ちょっと」


 リーフィアは、横向きにの位置に座っていた小さな体を両手で抱き寄せた。

 二人の身長差により金色の頭は彼女の顔の下あたりにあり、まだ少しだけ湿っている髪からは石鹸のよい香りが漂ってきた。


 不意をつかれた少年は、あわてて本から手を離して彼女の体を押してくる。だがその力は弱く彼女の腕の中でもぞもぞしているだけだった。


「どうしてすぐに言ってくれないんですか」

「それは、すぐにどうこうもなさそうだったからで変に心配させるのも。それと、もう離れて……」

「ばればれですから。逆に心配になるでしょう」


 次からはちゃんと教えてください。そういいつつ、リーフィアは片手でセトの細い体を拘束して金色の頭をなでた。


 ばればれ、という言葉にショックを受けたのか、セトはぐっと言葉に詰まって言い返すことができないようだ。リーフィアは少年の意外に大きい隙に驚いたが、フォローしてやる必要も感じなかったので、セトの頭をなで続けた。


 少年は、やがて抵抗するのをやめ、彼女腕の中で大人しくなった。


 あらあら


 馬上でのことで少年は慣れてしまっているのだろうか。セトがあまりに無防備なので、つい調子に乗りすぎてしまったが、どうやら自分はずいぶんとこの子に信頼されたらしい。リーフィアは内心でそう喜んだ。


 リーフィアは、上質な糸のような金髪をなでながら、セトを間近にて観察する。整った小さな顔は、子供らしく瑞々しい肌をしていた。抵抗しなくなった少年に彼女はさらに一歩ふみこみ、その柔らかそうなほほを指でつついてみた。

 少年はむぅむぅ言いながら、顔をそらせる。


 何これ、ものすごく楽しい!


 かわいらしい反応に、リーフィアは自らの新たな一面をはっきりと自覚する。昼間、馬に乗っているときから気付きつつあったが、自分はこのちいさな上司をずいぶん気に入ってしまったようだ。


 弟妹のいないリーフィアは、こんなかわいい弟が欲しかったと思ったが、さすがに口にはしなかった。かわりに、照れながらも甘えるように自分にされるがままのセトを愛でまくった。大きめの眼鏡の奥の目を閉じて、少年は照れながらも嬉しそうに思えるのは気のせいだろうか。


 しばらく遊んでいたものの、セトが疲れているのもわかっていたので、ほどほどでリーフィアは満足する。枕の位置を確認し、両手でやさしく抱きかかえるようにして少年の体をベッドに横たえ、丸い眼鏡をつまんではずす。


「さて、そろそろ休んでくださいね。疲れたでしょう」

「ふえ、あ、リーフィアさんの用意がまだ……」

「夜勤には慣れていますのでご心配なく」


 リーフィアは、セトの顔の眼鏡をベッドの棚に置き、小さなからだに毛布をかぶせた。正気に返ったセトは健気にも、部屋の隅を指さして彼女のための毛布の場所を伝えてくる。

 リーフィアは、笑顔でセトにうなずいて、頃合いをみて応接室のソファで休ませてもらうと言った。


 気の優しい上司は、部下をソファで寝かせることにためらい逡巡しているようだ。騎士団では考えられない扱いである。もっとも、翠の瞳にはそれ以外の気持ちもにじんでいるようだ。


「セトさまが寝るまでここにいますよ。私がいると安心なんですよね」

「……ありがとうございます」

「ふふ、どういたしまして」


 リーフィアがやさしく言うと、セトは毛布に顔を半分隠して正直に礼を言う。

 昼間の食堂でセトから聞いたの話では、リーフィアは存在自体がセトの敵へ有効であるらしい。


 正直なところ、彼女にはよくわからない話であった。

 だが、自分よりずいぶん年下の少年が見ている世界というのものが、あの骸骨のようなやからが住まうそれであるのなら、それはどういう気持ちなのだろう。セトが自分を頼りにするのならば、彼女としても拒否する理由はないように思えるのである。


 セトは疲れていたのだろう、毛布をかけられて目を閉じると、さほど時間をかけずに寝息を立て始めた。普段は大人らしく振舞うセトであったが、その寝顔は年相応に幼げで、リーフィアの保護欲を刺激してくる。


 これは、かわいい


 リーフィアはずっと見ていたくなって、そのままセトの隣に横たわった。ソファで休むとは言ったが、添い寝をしてはいけないとも言われていない。そもそも護衛なのだから、同じ部屋でいるほうが確実であろう。


 リーフィアはそういう理屈を準備して、一緒に寝ることにした。彼女を意識している上司の明日の反応を楽しみにリーフィアは、しばし浅い眠りについた。



 ――――翌朝、仲良さげに二人が横たわる寝室で、扉がそっと開かれる。入ってくる足音は静かなものであった。だが、リーフィアの耳がそれを敏感に察知し、彼女の脳は一瞬で覚醒した。目をとじて眠ったままの振りをしながらも、ベッドに立てかけている剣への距離をはかる。


「敵じゃないよ」


 足音は立ち止まると、穏やかな男の声がした。リーフィアは寝たふりをやめて目を開き、侵入者を確認した。

 ベッドから少し離れた場所に、魔術師のローブを着た背の高い男がたっていた。

 黒い髪をきれいに切りそろえた、リーフィアよりはいくぶん年上の体格の良い男であった。


「セトくんを起こしてもらえないかね」


 がっしりとした体の前で長い腕を組み、男はため息をつくように言った。

 リーフィアは、その人物の素性をなんとなく察して、いまだ眠ったままのセトの体をゆすった。


 無邪気に眠っていたセトは、ゆっくり目をあけ、添い寝の態勢にあるリーフィアに驚いた。さらに部屋にいるもう一人の人物に気が付くと、今度は飛び起きた。


「これはどういう状況なのかな」

「せ、先生、これは、あ、あの!」


 リーフィアは、あわてるセトを横目でみながらゆっくりと身を起こした。どうやら予想通り男はセトの師匠のようだった。男の白いローブの胸には、魔術師の中でも指導者の資格を示す飾りがつけられていた。


 組んだ片手の肘を立て、男はこめかみを人差し指でとんとんと叩いた。


「まさか、セトくんにこんな素敵な彼女がいるとは思わなかったよ。教えてくれればいいのに」

「え、ええ? ち、違います! 聞いてください!」

「そ、そんな! 私とのことは遊びだったのですか」


 口に手をあてて驚く振りをするリーフィアに、セトはまともにとりあって、何をいってるんですかと騒ぎ立てた。期待通りに余裕のない反応を返すセトはとても愛らしい。


「なんでリーフィアさんがここで寝てるんですか!ソファで寝るっていってたのに!」


 顔を真っ赤にしてどなるセトに、リーフィアはこらえきれなくなって、声を上げて笑ってしまった。それを見てセトは絶句し、ぷるぷると拳を握りしめて赤い顔にさらに血を上らせる。


「朝から元気そうだね、君たち。とりあえず事情を説明してもらおうか」


 黒髪の男は、そういうと今度は盛大に息をはきだして扉を指で指し示す。

 応接室で説明せよということらしい。

 それを見て、セトはぷりぷりと怒ったまま、リーフィアはまだやまぬ笑いをなんとか抑えながら、隣の部屋へと向かうのだった。

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