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第4話

 リーフィアとセトは、食堂に人が増えてきたために話を切り上げて城へと戻った。


 道中、少年はもはやリーフィアに照れを見せることもなく、おとなしく彼女につかまって馬に揺られるようになった。ずいぶん早く懐かれたようだと彼女は思った。仕事がやりやすくなるであろうし、少年の素直な気質は好ましい。容姿も文句なくかわいらしい。つまり、彼女に不満などなく、むしろ懐かれたことを喜んだ。


 それにしても――――彼女は馬を厩舎へと引き入れながら考える。

 三種の魔術は、ずいぶんと不思議な領域らしい。三種資格の魔術師は皆、彼のような不思議な力を持っているのだろうか。いずれにせよ、彼女の理解の範疇にはなかった話で、セトの立場を考えなければ子供の戯言と一蹴される話に思われた。


 だが、屋敷に入ってからの、少年の変化の説明としては納得いくものであった。しかもセトは王城所属の魔術師であって、その一点においてだけでも彼の言葉はそれなりの信頼に値する。


 ただ問題は、彼女は少年の護衛であるわけだが、少年がおびえている敵に対抗手段をもっていないことにある。明日、セトから説明があるという話だが、はたしてどういったものなのだろうか。


 つらつらと、そういったことを考えつつ厩舎から出ると、すでに部屋にもどったと思っていたセトが彼女を待っていた。もう日がくれそうだが、まだ用事があるのだろうか。


「セトさま、部屋までお送りしましょうか」


 そう聞いてみると、少年はあうあうと言葉を詰まらせる。どうやらまだ一緒にいたいように思われる。一応、勤務時間を聞いてみたが、特に理由がなければ騎士の昼の勤務時間でかまわないと言っていた。


「ふふ。まだ時間は来てませんし、気にしなくてもいいですよ」

「……すみません」


 行きの馬では子供あつかいにふくれていたのに、屋敷を出てからずっとこうである。特に早く帰りたい理由もなかったので、セトの部屋でお茶でも飲んでいこうかと、彼女はずうずうしくも親切心で考えた。


 セトの部屋は王城の隅にあるため、途中からすれ違う人もいなくなった。

 ずいぶん辺鄙な場所であり他の魔術師たちの部屋からも離れている。疑問に思って聞いてみると、どうやらセトの年齢で魔術師となるとやっかみ等もあるらしい。彼女の師がかけあってわざわざ不便な場所にセトの個室を用意したということだった。


 魔術師の世界もなかなか面倒なようだ。

 少年の立位置に軽く同情しつつ、リーフィアは王城内の地理の詳しさを発揮して、廊下から中庭へと出る。ぐるりと四角くしかれた廊下を行くよりも、中庭をつっきったほうが早いからだった。


 日が傾いて、空は赤く染まりつつあった。中庭はすでに建物の影に入り薄暗い。スタスタと先導するリーフィアだったが、やわらかい感触に手を引かれて振り返る。


 城内にともされ始めた灯りが、四角い窓を通して中庭にも差し込み始めていた。金髪の少年は彼女の手をつかみながら、その灯りに照らされて立ちどまっている。


「どうかしましたか」


 リーフィアは、小さな上司が妙に真剣な表情を浮かべているのに気がついた。セトが彼女の手を引っぱる。彼女は素直に少年のそばへ寄り、ひざをついて目線を合わせた。


 また昼の出来事におびえているのだろうか。

 少年の様子を伺うと、セトはおもむろに口をひらいた。


「リーフィアさんは、僕を守ってくれるのですよね」


 少年の声はかすかに震えていた。

 リーフィアは少年のただならぬ様子に、表情を改めうなずいた。

 少年はリーフィアを見つめ、意を決したように呪文を唱えるとゆっくりと彼女の額に指をあてた。


 ――――突如、リーフィアは全身の毛が逆立つような恐怖に襲われた。

 騎士としての本能が、彼女に危険を知らせ始める。


 目の前の少年の首に何か白いものが絡められている。

 白く細いそれが、人の手の骨だと認識した瞬間、リーフィアの体が翻った。


 一瞬で抜き放たれた剣が、銀色の弧を描き、セトを後ろから捕まえる骸骨に襲い掛かった。正確に、骸骨の首筋を狙う剣筋だったが、白骨の腕が伸びてきて受け止めた。甲高い音が静かな中庭に鳴り響く。


 いつの間に現れたのか、黒い汚れたドレスを着た骸骨が、少年の首を後ろから左手でわしづかみにしていた。骨の節がぎりぎりと細い首をしめあげている。骸骨の残った右腕がリーフィアの振り下ろした剣を悠々と受け止めていた。


 ――――こいつか!


 リーフィアは目の前の化け物が、少年がおびえていたそれだと直感する。

 彼女は混乱することなく冷静に、だがするどく骸骨をにらみつけた。

 相対する化け物もまた、そのうつろな眼窩を彼女に向けており、値踏みしているかのようだ。


 人外の化け物と力比べをする愚を避けたリーフィアは、巧みに剣筋を動かした。

 彼女の剣を押し返していた白骨の右腕が、支えを失って刃の上をすべり、骸骨は泳ぐように体勢をくずした。


 リーフィアはそのまま背後に回りこみ、真横に剣をないだ。

 無防備な首筋に打ち込まれた渾身の一撃は、骸骨の首を切り落とすことはかなわず、はじかれた剣はくやしげに大きな音を再び響かせた。


 化け物は、まったく問題ないとばかりに後ろ向きに右腕を振る。

 まるで工夫のない無造作な攻撃だったが、剣で受け止めたリーフィアは体ごとうきあがり、ふき飛ばされた。およそ人間には不可能な怪力だった。


 なんとか着地しバランスをとったリーフィアは、短いその攻防ではっきりと理解する。自分ではこの相手を倒すのは難しい。


 ぎりりと奥歯をかみしめたリーフィアは、突如あらわれた強敵を前に目標を切り替えた。なんとか少年を取り戻さねばならない。


 リーフィアは、目線を骸骨のうつろな眼窩にあわせたまま、慎重に間合いをさぐる。久しぶりの実戦だったが、かつてない脅威を前にリーフィアの集中力は研ぎ澄まされていく。


 宵闇にしずみつつある中庭で、騎士と骸骨はしばしにらみ合った。

 首をとらえられた少年は、苦し気にうめき声をあげている。


 先に動いたのは骸骨のほうだった。左手だけで小柄なセトをもちあげる。目の前で対峙する敵にお前が欲しいのはこれだろうと、見せびらかすような動きだ。


 だがリーフィアは挑発には乗らず、かわらず慎重に機をうかがって動かない。

 化け物は、そのままセトを自分の顔の位置に引き寄せて、その首筋に口づけするように、むき出しの歯をあてた。


 その一瞬の隙を見逃さず、リーフィアは骸骨へと駆け出した。引き絞られた弓から放たれる矢のように、瞬きの間に間合いをつめ化け物へと肉薄する。

 虚をつかれたか、骸骨は一瞬動きをとめた。


 リーフィアは勢いそのままに白い頭部へと突きを放った。棒立ちの敵は反応できない。繰り出された渾身の一撃は、銀色の糸を引くようにして白い頭骨につき立った。またもや高い金属音が中庭に響く。さらにリーフィアは、動きをとめずに骸骨の右側へと滑るように移動して追撃を狙う。


 ――――少年のちいさな体がリーフィア目掛けて飛んできた。


 苦し紛れのかく乱か、骸骨が左手で捕まえていたセトをリーフィアへと投げ捨てたのだった。


 だが、彼女は少年を受け止めるような愚かなことはしなかった。体を開いてその投擲を巧みにかわし、そのまま化け物の横に回り込む。再び突きが放たれて黒いドレスにつきささる。


「魔術が来ます!」


 倒れこんでいたセトが魔力の高まりを感じ取り、かすれた声をあげ、頼もしい騎士へと警告する。

 その瞬間、骸骨が右手を真横へ振った。何もなかった空中に。拳大の火が出現し燃え上がった。


 剣術と魔術では、単純な威力では魔術のほうが強力である。では、騎士と魔術師が戦えばどちらが勝つか。双方の腕前により一概には言えないが、一対一では騎士のほうに分があると言われている。ひとつ目の理由は、反応速度が騎士のほうが速いからで、二つ目は、魔術の発動にはタイムラグがあるからだ。


 リーフィアは、セトの警告を聞いた瞬間に腰のナイフに手を伸ばし、空中に出現した火へめがけ間髪いれずに手首を翻した。狙いすましたナイフが火球へとすいこまれ、中途半端に発動した魔術が小さな爆発を起こした。


「どうすれば倒せますか」


 リーフィアはようやく立ち上がったセトをかばうように前に立ち剣を構える。セトを奪還するという当面の目的を達した彼女は、専門家に助力を仰ぐことにした。


 厳しい表情のセトだったが、彼女の言葉に対してすぐに作戦を提示する。


「時間を稼いでください」

「承知」


 短く言葉を返したリーフィアは、剣を構え恐れることなく骸骨へと駆け出した。

 自らの魔術の暴発から立ち直った骸骨は、両腕を広げて彼女を迎え撃つ。


 セトは杖を両手で握り、呪文の詠唱に入る。敵は強力であり、対抗する呪文も限られる。そして強力な術は詠唱も長く、その間の時間が必要だった。


 赤い髪をなびかせて一直線に走りよるリーフィアに、白骨の右手が突き出され襲いかかる。リーフィアは両手で剣をするどく振り下ろし、その手をうち落とすと、即座に左に一歩動き、左手の骨を難なく避けた。両腕が空を切り、無防備になった化け物の胴に、彼女の足裏が体重を乗せて降りぬかれ、蹴り飛ばした。


 リーフィアと骸骨は、距離をとりお互いににらみ合う。赤毛の騎士にはすでに枷はなく、いかな化け物といえども簡単には打ち倒せない。


 膠着状態で稼いだ貴重な時間を使い、セトの呪文が発動した。


 黒いドレスの骸骨を中心に、光があふれるように湧き上がり、暗くなった中庭を明るく照らし出す。光に触れた、汚れた細い髪の毛がちりちりと焦げたような音を立てた。人外の化け物は、光の円の中心で苦しむように身を震わせた。


 ――――が、再び白骨の右手が振られると、化け物の姿は光の中で消え去った。


 リーフィアは、セトの呪文の光が消えおわるまで用心深く様子をみていたが、やがて危険が去ったことを理解してセトのそばへと戻ってきた。

 一陣の風が吹き、がさがさと植え込みの葉を揺らす。風がやむと中庭は、もとどおりの静寂を取り戻していた。


「やっつけました?」

「いえ、逃げられた……と思います」


 リーフィアの問いにセトは残念な様子で言葉を返す。

 魔術の完成の直前に、化け物の気配が消えたはずで、とどめはさせていないだろうとセトは言う。


 それは残念。そういいながら、リーフィアはセトが首に手を当てていることに気が付いた。


「首が痛むのですか?」

「え? ええ、少し」


 セトはそう答えただけだった。


 城内での大立ち回りにかかわらず、短い時間であったためか、結局中庭に誰も姿を現さなかった。二人は、報告をどうするべきか検討したが、セトが明日師匠に相談するといって少年の部屋へと向うことにした。

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