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第2話

 ぽくりぽくりと二人を乗せた馬が道を進む。

 リーフィアもセトも自分の馬を所有していないので、王城の厩舎で馬を借りた。リーフィアが見繕った馬は気性が穏やかで、手綱をとる彼女の指示をよく聞き、ゆっくりと歩んでいた。


「貴族の名は、デリル・リスルムといいます」


 セトは道すがら、調査の内容を説明し始めた。

 リーフィアの前では、馬に横向きに腰掛けるぶかぶかのローブを着た少年が、ゆらゆらと不安定に揺れている。


 セトは遠くに視線をやりつつ説明を続けた。

 デリルの妻は三年前に亡くなっており、リスルム家は現在父であるデリルと五歳になる一人娘のみという構成である。

 その一人娘がひと月前に突然倒れ、それからずっと意識のないまま床に臥せっているということだった。


「すぐに医師を呼んだそうですが、原因すらわからなかったそうで―――わっわっ」


 馬は落ち着いて進んでいるにもかかわらず、セトはなぜか後ろにバランスを崩した。体を立て直そうとして戻しすぎ、また後ろに戻そうとして行き過ぎて、とうとう背中側――リーフィアからみて左側に、少年の体はゆっくりと倒れそうになる。


 リーフィアは、子供向けのおもちゃのようにぎったんばったんする金髪をのんびり眺めていたが、左手を伸ばして支えてやった。白いローブに包まれた体は華奢で軽い。


「あ、ありがとうございます」

「……いえ。それより危ないのでちゃんと私の体につかまってもらえませんか?」


 彼女の新しい上司は、どうやら運動は苦手のようで、馬にまたがるときも一人で中途半端にしがみついて、登ることも降りることもできなくなり、あわあわしていた。リーフィアはセトを馬に押し上げてその後ろにまたがり、自分につかまるように伝えたが、少年は大丈夫と答えてそれを拒否した。


「……もう大丈夫です」


 乱れた息を整えながら、セトは再び彼女の提案をことわった。平静を装っているようだが、顔が少し赤らんでいる。かっこ悪いと思ったのか、それとも、またもや生意気にもリーフィアが女性であることを意識しているのだろうか。いずれにせよ、ほほを染めて恥ずかしがるセトは大変かわいらしい。


 リーフィアは珍しく勤務中にいたずら心を刺激された。くすりと声もださずに笑うと、少年の細い腰を抱きかかえたまま、自分のほうへと引き寄せる。

 セトは、わあと声をあげてリーフィアへと体を預けるかっこうになった。


「な、なんですか!」

「まったく大丈夫じゃないでしょう。恥ずかしがってないでちゃんとつかまっててくださいね」


 リーフィアは、彼女を見上げて文句を言うセトを見ながら、にっこりと笑いかけた。

 恥ずかしがってなんかいません――顔を真っ赤にしながらセトがそういうので、リーフィアはたまらずくすくすと声にだして笑ってしまった。

 少年は、口をとがらせてむぅむぅと何か言いたそうにしながらも、形のいい唇をとがらせて、翠の目をぷいっとそらせてしまった。ご機嫌をそこねてしまったようだ。


「ふふ……すみません。あんまりかわいらしかったので、つい。」


 そっぽを向いた少年に、話の続きをお願いしたいのですが、と彼女は助け舟を出してみた。セトはちいさく咳払いをして、金髪のつむじを彼女に向けたまま説明を再開する。


「どこまで話しましたか」

「ええと……お嬢さんが倒れて医師にも原因が不明、までですね」


 父親であるデリルは、当然納得せずに何人もの医師に依頼をしたが、皆同じ結果だった。そして困り果てた彼は伝手を使って城の術師に依頼してきたそうだ。


 至急、城から魔術師が派遣されたが、同じく原因はつきとめられなかったらしい。

 だが、魔術師のなかでも二種――つまり医療方面でとりわけ優秀なその魔術師は、娘が身体的に全く問題ないことを把握した。そして、原因を自分の分野ではない別の理由ではなかろうかと思考を進め、三種の魔術師に相談してきた。


「最初に相談を受けた方は別の案件を抱えてましたので、僕に話が回ってきました。それが昨日のことです」

「ずいぶん忙しい話ですね」

「もし呪いだとしたら、すでに一ヶ月たっていますのでゆっくりできません」


 セトは仕事の話がつづいて感情がおちついたのか、そらしていたきれいな目で彼女を見上げている。専門知識のないリーフィアは、セトの説明にそういうものかと思うしかなかった。


 ただ、なぜ彼女が指名されたのだろうか、という点は気になった。

 仕事において必要以上の詮索はしない主義ではあったが、リーフィアは短い時間のふれあいでセトのことを気に入りだしており、考えを改めた。

 話せないことならはっきりそう言うであろう。そういうことにして、少年に尋ねてみた。


 少年は、碧眼を細め、しばし彼女の黒い目をじっとみつめて言う。


「リーフィアさんは、僕の仕事に向いていると思ったからです」


 おや、と彼女は首をかしげる。セトは自分のことを事前に知っていたのだろうか。


 金髪の少年の口ぶりからはそう思われる。だが、仮に彼女のことを知っていたとして何が向いているのだろうか。


 リーフィアは剣の腕は優秀ではあったが、騎士として評判が鳴り響くほどでもなかった。それに、僕の仕事という言い方がひっかかる。その点を追求してよいのだろうかと彼女は考えようとしたが、まもなく目的地に着くころだ。


 まあ、あとで聞けばよいか。


 ここまでセトに悪意は感じなかったので、リーフィアは深刻に考えることもなくそう判断した。


「詳しいことはまた後でお伝えします」


 少年は、リーフィアの様子から彼女の疑念を感じ取ったようでそう付け加えた。

 リーフィアは、はいとうなずいて、少年の腰を抱きかかえたまま馬をすすめた。



 ――――それから間もなくして、二人を乗せた馬は目的地であるリスルム邸に到着した。


 門前に馬をつけると、すぐに門番があらわれて、屋敷の大きさにふさわしい丁重さで応対した。

 セトが訪問の目的を伝えると、門番は心得ていたらしくすぐに馬を誘導し敷地内に招き入れた。そして玄関にて、二人は手際よく別の使用人に受け渡され、応接室に通された。


「ようこそおいでくださいました、魔術師さま」


 応接室にはリスルム家の主人であるデリムが待っていた。


 リーフィアはセトの一歩後ろから屋敷の主人を観察する。セトからの事前情報によれば、まだ三十過ぎのはずだ。だが、よく整えられた黒髪は白いものが混じっていた。おそらく本来はけっこうな美男子の思われる顔は、目の下にじっとりとしたくまができており、頬はずいぶんとこけている。全体的にやつれた姿は、十歳は年上に見えた。

 リーフィアは、リスルム家の事情を思い返し、心労がたまっているのだろうかと少しデリルに同情した。


「はじめまして、セトとお呼びください」

「聞いていたとおり、セトさんはずいぶんお若い。よろしくお願いします」


 魔術師用の小ぶり杖を両手で持ちながら頭を下げる少年に、デリムは驚きつつも同じく丁寧なあいさつを交わした。そして、少年の傍らに立つちらりと赤毛の騎士に視線を送った。


「そちらの方は護衛でしたか」

「騎士のリーフィアと申します」


 簡潔にリーフィアは答え、そのまま存在を消すように静かに控える。

 デリムはうなずいて会釈し、それ以上は興味を失ったのかセトへ向き直り、ソファをすすめた。だが少年は、その場に立ったまま首を振った。


「その……よろしければ、お嬢様の様子をすぐに確認させていただけないでしょうか」


 セトの声は道中とはことなって、こわばっていた。リーフィアは視線のみを動かして、すばやく少年の様子を確認した。セトは仕事においてはしっかりとしそうである、そうリーフィアは思っていたので、少年の声から感じられる強い緊張が少し意外だった。


 デリルは控えていた屋敷の者に視線をやって確認をとる。年配の女性の使用人がゆっくりとうなずくと、デリルはセトに視線を戻して言った。


「それは、かまいませんが事情はお話しなくても?」

「おおよその話はイーリスから聞いています。そのあと何か特に変化はありましたか」

「いや、変わりないありませんね。フラウィは、娘はずっと眠ったままです」


 苦しげにデリルは憔悴した顔をゆがませながら、そう言った。

 だが余計な話をせずに仕事にとりかかってくれるのは、彼にとっても望むところであったのだろう、二人をすぐに娘のもとへと先導した。


 屋敷の主人自らに連れられて、セトとリーフィアは屋敷の階段をあがり、デリムの娘であるフラウィの部屋へと案内された。その部屋は、五歳の子供向けとしてはずいぶん広い部屋であったので、デリルと客人二人が入っても手狭に感じることもなかった。


 カーテンが閉じられて薄暗く感じる部屋は、ひんやりとしておりリーフィアは少し肌寒く感じた。部屋の奥、窓際に置かれた立派なベッドには、金髪の整った顔をした少女が人形のように静かに横たわっていた。


 お付の者だろうか、若い女性の使用人がベッドの脇に控えており、ぞろぞろと入ってきた三人に向け、丁寧な礼をする。


 いちばん最後に部屋に入ったリーフィアは、静かに扉をしめ、そのまま扉の前で離れて待機する。


 セトは小ぶりの杖を握りしめ、ベッドに歩み寄ると、確認をとるようにデリルを見上げた。デリルが一つうなずいて許可を出す。セトは失礼しますと声をかけてから、寝ているフラウィを観察し始めた。


 扉の前から様子を伺っていたリーフィアからは、セトの表情が厳しさを増しているのに気がついた。その変化に彼女もまた静かに緊張を高めはじめる。


 手を触れず、じっと少女の様子を目視で観察していたセトだったが、しばらくして懐に手をいれ、透明な小瓶をとりだした。そして瓶のふたをあけ、細い右手の人差し指と中指をそろえる。セトは左手の小瓶を傾けて中に入っていた液体を、二本の指に一滴二滴とたらし、横たわる少女の首筋にその液体を塗りこむように二本の指をあてた。


そしてセトは指をフラウィの首にそえたまま、聞きなれない呪文を唱えた。


「これは……」


 セトの後ろから心配げに様子を見守っていたデリルがうめくような声をあげた。

 二本の細い指がはなされると、彼の娘の白い首筋には、黒いインクで描いたような複雑な紋様が浮き出していた。


 離れているリーフィアからは娘の様子は見えなかったが、デリルだけでなく若い女性の使用人も驚いた顔をしている。


 セトはゆっくりとフラウィからデリルへと視線を移し、はっきりと断言した。


「お嬢さんには呪いがかけられています」

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