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不真面目男子と委員長女子

作者: 神父二号

「町田くん、文理選択もう出した?」


今日もつまらない授業をなんとか凌ぎきった、いつもの放課後。

秋の夕陽が眩しい教室でテキトーに腰かけてソシャゲをやっていると、聞き慣れた声が降ってきた。


「………」

「ちょっと町田くん、聞いてる?」


素早くスマホをスリープさせ、俺は顔を上げる。

強気な視線が、分厚い眼鏡の奥から容赦なくこちらを突き刺してきた。


クラス委員で教師の尖兵の鈴川だ。

またの名を"委員長"。

放課後の教室エンカウントは、結構レアだった。


「いや、出してないけど」

「なんで出さないの?」

「はぁ?何でって…」


理由なんて『提出期限は明日だから』以外にないだろ。

そう言おうとして、やっぱりやめた。


「いやごめん、ありがと。忘れず出すわ、委員長」

「…昨日もそう言ってたけど」

「ええっ?そうでしたっけ?」


おどけた調子で笑いを誘うが、真面目なクラス委員は冷ややかな目つきのままだ。

麻生のヤツは『俺も鈴川に蔑まれた~い♪』なんて言ってたが、当事者としては冗談じゃない。


「………」

「……はぁ」


二人きりの教室に、これまた聞き慣れたため息が漏れる。

スマホに気まずく落としていた視線を再度上げれば、夕陽に照らされた仏頂面。

三つ編みの片割れをイジるしぐさは、どぎつい小言が漏れ出す一歩手前の合図だ。


「ごめん鈴川、マジで。今ささっと決めるから」

「……文系理系の選択って、そういうものじゃないと思うけど」

「いやぁ、別に俺大学行かねぇし」


カバンを開け、いそいそとプリントを取り出す。

適当に放り込んでいたので、少し端が折れていた。


「ちなみにいいんちょ…鈴川は文?理?」

「文系」

「あー、らしいわそれ。よく昼休みに図書室で会うもんな」

「そうだね。町田くんはいつもソファで昼寝してるけど」


ヤブ蛇を避けるため、黙ってプリントを読む。

馬鹿な俺でも分かるように文系理系の大まかな違いが書かれていた。


「えー…あー…なるほど…」


テキトーに時間をかけて読んでいると、委員長が隣に座って俺を監視し始める。

ちらりと横目で見れば、アピールするように眼鏡をくいと指で直した。


(コテコテだなホント。さすが委員長…)


この眼鏡とイモい三つ編みとお説教さえやめれば、割とモテるだろうに。

胸もカーディガン越しでも割と――いやでもスカート長すぎ。田舎の中1かよ。

しかし、そんな委員長は文系か。そうかそうか。


「じゃあ俺は理系で」

「"じゃあ"?」


眼鏡がぎらりと光り、『理系』に○をしようとした俺のペン先が止まる。


「そんな決め方でいいの?」

「…いくないです、すいません」


素直に謝罪し、足りない頭で少しだけ真面目に考える。


どうせ進学はしないんだ。面白い授業がいい。

補習も追試もできるだけ受けたくない。

あとズルけてもなぁなぁで終わる教師の科目。


「うーん…補習イヤ追試イヤ…ズルけてもなぁなぁの科目…」

「…文系にすれば?」

「へ?」


視線を上げると、委員長が少しだけ俯いていた。


「…この前の中間テスト、地歴は赤点じゃなかったんでしょ。あと現国も」

「なんでそれを」

「答案返された後、麻生くんや小原くんと騒いでたじゃない」


そういえばそうだった。

直後にくらったタエちゃん先生のカミナリですっかり忘れていた。

確かに(ゲームの影響もあって)歴史系の科目は比較的嫌いじゃない。


「しかし、果たしてそんな決め方でいいのだろうか…」

「…なら、真面目に考えれば?」

「よっしゃ文系にするか!優しい委員長が勉強教えてくれそうだし」

「……不真面目な人には教えません」

「ははは…」


愛想笑いしつつプリントに記入を終え、席を立つ。

後は職員室に寄って帰るだけだ。


「さんきゅ、委員長。これ、ワイロな」


お礼に今日隠れて食べようと思って結局食べなかった棒付アメを差し出した。

だが、委員長は俯いたままだった。


「……鈴川?」


反応のない鈴川が心配になり、俺はつい腰を折って覗き込んだ。

整った顔立ちがゆっくりと持ち上がり、視線を合わせてきた。


「町田くんって、大学行かないの?」

「ああ、高卒で就職するつもり」

「何かやりたい仕事とかあるの?」

「ないけど。まぁ、家に迷惑かけたくないし」


レンズの向こうで、弱々しい瞳が泳いだ。


「私も、特にやりたいことないの」

「鈴川が?ホントに?」

「……うん」


成績優秀な鈴川に、そんな悩みがあったなんて。

俺は席に座り直した。


「鈴川って文芸部じゃなかったか?小説家とか編集者になると思ってた」

「それは…たまに書いたりはするけど、あまり上手くないもん」

「まだ俺達高1じゃん。高3になるまでに上手くなるだろ」

「でも部活はただの趣味で、もっとこう…」


いつもの…いや、さっきまでの強気な委員長じゃない。

ここまで自信なさげな鈴川を見るのは初めてで、俺はなんだか気まずくなった。


(放課後に会うのはレアだと思ったんだよな…)


初めからお説教ついでに相談するつもりだったのか。

それともちゃらんぽらんな俺を見て自分の将来が不安になったのか。

どっちにしろ、落ち込んでいるクラスメイトをこのままにしたくはなかった。


「やりたいことなんて俺もないけどさ…」

「…うん」

「そんなのこれから見つければいいんじゃねぇの?」

「そう、かな…」


なんだこれ。なんか俺変に緊張してる気がする。

鈴川がいつもと違って弱気なせいか。


「プルトニウムって倫理で習ったろ。あれだよ」

「それを言うならモラトリアムね…」

「それそれ。高校生活あと丸二年あるじゃん。今は文理だけ決めて、後は勉強してればどうとでもなるって」


無責任なことを言っていると思った。

そもそも当の俺が勉強する気あんまないのに。

でも鈴川は俺よりずっと成績いいし、大学もいくだろうし。

何にせよ、今はこの重たい空気をなんとかしてやりたかった。


「………」

「あー、えっと……鈴川さ、この後ヒマ?」

「…えっ?」

「おごってやるから。カラオケでも行こうぜ」


鈴川が鼻を一度だけ啜り、視線を上げた。


「なんで私が町田くんみたいな不良と」

「うっせ。俺の文系行き決めてくれたお礼だよ。それでいいだろ、委員長」


俺は誤魔化すように勢いよく立ち上がった。

鈴川はまた俯き、少ししてから同じく席を立った。


「私、門限7時なんだけど。あと1時間ちょっとしかないよ?」

「そっか、じゃあ急ごうぜ。商店街のビッグエコーでいいよな」

「はぁ、これで私も不良になるんだ…」

「なるかよカラオケ程度で。ほら、いくぞ」


まだ少し元気のない鈴川がやたらと気にかかり、俺はついつい彼女の手を取った。

柔らかくて、温かった。


「……!」

「ダッシュな。少しでも長く遊んで帰ろうぜ」

「…うん」


小さな手をなるだけ優しく握り、俺は教室の出口へと向いた。

手を引くと、その持ち主がゆっくりと後ろについてきた。


「町田くん」

「あん?」


廊下に出ようとした時、鈴川に呼ばれた。

いつもと違う声。強気でも弱気でもない。優しい音。

俺はなぜか、振り返るのが恥ずかしかった。



「ありがとう、ね」



鈴川の顔は、夕陽の逆光でよく見えなかった。

それでも、笑顔だったことだけは、なんとなく分かった。



結局、カラオケにはゆっくりと歩いて行った。

あと文理選択の提出をド忘れしてて、元気を取り戻した委員長にカラオケの後で怒られた。


まあ、委員長が元気になったからそれでいいか。

次はもう少し時間のある時に誘おう。


終わり。

続きません。

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