第9話 謎のサーカス団
「相変わらず、大きい街ですねえ」
あれから数日、どこぞの狂剣士のおかげで賊に遭遇しても、即座に返り討ちにしていたので、私が剣を振るう事はなく首都ニモランに到着した。
あっちこっちから、色んな人や物が流れてくる全ての中心と言っても過言ではなく、街は大いに賑わっていた。
「ソフィアさん、貴女の名刺はこの街でも役に立つのかい?」
前回が高級ホテルに護衛付きで送迎されたので、カインさんも内心少し期待しているのだろう。
ニモランと比べれば、クヒラムも地方都市の1つに過ぎないが、それよりも私の名刺よりは効果がありそうだ。
「どうでしょうね、私もニモランに来るのは本当に久方ぶりなので、宿が手配出来ないという事はないと思いますが」
ソフィアにしては歯切れの悪い言葉だが、兵士になってからクヒラムを離れられなかった彼女でも、分からない事は分からないのだろう。
カインさんは、しばらく熟慮すると、こう言った。
「あまりソフィアさんに頼りすぎるのも良くないね。分かった、宿は私が探そう。3人は計画通りに頼むよ」
その結果、ミミさんは本来の仕事を。
私とソフィアは、貴金属と鉱物の交易ルートを調べる事になった。
そして、私は市場調査から、ソフィアは聞き込みから始める事にした。
「……これであっさり売ってたら、楽ではあるけど拍子抜けだよなぁ」
おっと、いけない。
……いくら自分が考えた計画と云えど、戦いを望むなど私らしくもない。
私は用心棒だ、何も無いならそれに越した事は無い。
「プラチナの鉱物が欲しいんだけど、取り扱ってないかい?」
よろず屋と思われる店を見つけた私は、店主と思われる男に率直に尋ねた。
しかし、プラチナという言葉を聞いた瞬間から、男の表情は冴えない。
「……俺も店をやっているからには、用意出来ると言いたい所なんだけどね。残念だけど、今は在庫も無くて、次にいつ入荷出来るかも分からないんだ」
その言葉は予想の範囲内だった。
私は本来の目的を果たすべく、間を置かずにその理由はと問うた。
「裏取引だよ……。本来であれば、街の許可を得て営業している交易所で取引するのが基本だ。信頼性も高く、何より活気もあって平等だからな」
……裏取引という言葉は、些か穏やかではない。
私は、更に言葉を要求した。
「交易商人も商売だから、少しでも多くの利益を得たい。だから、公認された交易所ではなく、素性の知れない輩の裏取引に応じてしまうんだ」
おかげで、真っ当な商売をしているはずの俺達は、安物ばっかり掴まされて商売あがったりだよ。
よろず屋の店主は、半ば諦めに近い心境で愚痴をこぼすのであった。
「貴金属や鉱物を運んでいる荷馬車が賊に襲撃されているとか、そういう事は無いのかい?」
「こんな世の中だから、荷馬車の襲撃なんて日常茶飯事さ。もっとも裏取引の件だって、買う方も売り方も氏素性が知れないんだから」
これは思ったよりも厄介な事になっているかもしれないな。
貴金属や鉱物だけなら、武器や防具が作れないだけで終わるが、これが食料とか塩なども含まれるようになると、この街は遠からぬうちに干上がってしまうだろう。
つまり、兵糧攻めを受けているのも同然になるのだ。
「分かった、ありがとう。あとの事は、こちらで情報を集めてみるよ」
「……私の方も、ミリアが得た情報と似たようなものね。通常の相場よりも遥かに高く買い取る組織があるらしくて、色々と苦労しているらしいわ」
その後、ソフィアと合流して、お互いの成果を報告しあった。
裏取引とやらの実態を掴まない限り、プラチナインゴットを手に入れる事は恐らく不可能だろう。
しかし、解せないな……そこまでしてニモランの商人達を苦しめて、彼らになんの利があるのだろう。
……そして、その遥かに高い相場で買い取っても、裏取引を続けられる企業としての体力はどこにあるのか。
買い取るだけでは商売にならないから、利益を得られるように、更に高い値段でどこかに売りつけていると考えるのが自然だろう。
そんなに羽振りの良い連中ばっかりが暮らしているような街があるとは思えないが……。
「ああ、こちらにいましたか、ミリアさん、ソフィアさん」
私達がため息をついて、芳しくない報告をしあっていると、ミミさんも仕事の目処が付いたのか、私達の所にやってきた。
そして、彼女の手には何かの紙を複数枚持っていた。
「これですか。なんかニモランから少し離れた所にサーカス団が来ているらしいんですよ。……なんでも、旅芸人の集まりらしくて、毎日場所が変わっているとか」
…………!!
その瞬間、私とソフィアに電撃が走った。
繋がりそうで繋がらなかった糸が、絡み合おうとしているかのような……。
「ミミさん、そのチケットはどこで貰いましたか!?」
「ええ、交易所の近くで受け取りましたよ」
そのサーカス団、確かに怪しいのは間違いない。
チケットを無料で配っているし、毎日場所を変えているというのも引っかかる。
……しかし、どうも都合が良過ぎる、いくらなんでも目立ち過ぎなのだ。
「そのチケット、ちょっと私に見せてもらえませんか?」
ミミさんからチケットを1枚譲り受ける。
そこには、東門から馬車で15分くらいの所で開催しているという情報が記載されていた。
チケット自体に何か細工をしているとは思えないが……。
「……ミミさん、彼らが毎日場所を変えているというのは、どうして分かったんですか?」
「質問してみたんですよ、私達は仕事があるんですが、明日以降もやってますかって」
……荷馬車の襲撃は日常茶飯事、横行している裏取引、そして謎のサーカス団。
「ミミさん、一旦馬車に戻って地図を確認したいんですが」
「構いませんよ、厩舎に預けてありますので、カインが戻ってきたら一緒に行きましょうか」
その後、なんとか宿を確保したカインさんと合流し、事の顛末を話した。
カインさんは、確かに引っかかる所があるねと同感した。
「このニモランから東は、集落がいくつかあって、そこから更に東に行くと国境になりますね」
「国境では検問もしているだろうし、そんな怪しい集団ならば簡単には通れないはずですけど……」
正直、色んな街を巡ってきたとは云えど、私は地理に強いわけではない。
このカオーリリア王国の外には出た事が無いし、まだまだ行った事の無い村なんて無数にある。
……んっ、ここは?
「カインさん、ここは港ですか……?」
私は、ニモランから北東にある1つの集落と思われる場所に指を伸ばした。
そこには、よく読むと『シピトン』と書かれていた。
「ああ、そこは廃港だよ。カオーリリア王国は隣国の島国であるレナス王国と船で往来が出来たんだが、数年前に国交を断絶し、今は誰もいないんだよ」
「……利用価値が無くなった港ですから、今では殆ど人が住んでいないでしょうね」
…………繋がった。
いや、仮説に仮説を重ねるような有様だし、繋がったと言っても蜘蛛の巣の1本の糸のようなものだ。
しかし、これが事実ならば、とんでもない事である。
「ミミさん、ちょっと買ってほしいものがあるんですが……」
ミリアさんが食べ物以外の物を望むなんて珍しいですねとミミさんは返答した。
……だが、今の私にとっては食べ物に等しいくらい、重要な物だったのだ。
ちなみに、私の名誉の為に言っておくが、それを無理矢理食べて腹を満たそうなんて考えは微塵も無いし、そもそも食べたくない。
「……そんな物を買ってどうするのよ、ミリア?」
私が欲しい物を告げると、ソフィアが不思議そうな顔をして私の方に振り向く。
「さっきから引っかかっていたんだ……。徒歩15分じゃなくて、何故『馬車15分』って書いてあるのか、をね」
そう、私の予想が正しければ、謎のサーカス団は、交易商人達に馬車で現地に来てほしいのだ。
間違っても街中で出来る事ではないので、わざと手間のかかる場所を連中は選んでいるわけだ。
「……まあ、私達の本来の作戦とは、かなり違う形になりますが、最終目的は変わりませんよ。どうぞ、『3人』でサーカスを楽しんできて下さい」
私は、そこにちょっとだけ彩りを加えるかもしれませんけどね、と付け加えた。
……そして、あとは夜が来るのをゆっくりと待つのであった。