表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
8/55

第8話 狂剣士の使い道

丘陵地帯で剣と剣がぶつかる音が響き渡る。

そして、私はそれを後方から状況を確認しつつ、荷馬車に近付く気配が無いか念入りに確認をする。


「終わったわよ、そっちは?」


やはり、この女は相当鬱憤が溜まっていたようだ。

……山賊と判断した途端に、群れに向かって単身で突撃していた。


「どこかの狂剣士のおかげで、被害無し」


だけど、依頼人を放っておいて、敵に向かって突撃するのは感心しないな。

そう、あの野盗のボスの囮に僅かではあるが、引っかかった私のように。

用心棒たるもの、護るのが最優先だと、私は軽くソフィアを咎めたが……。


「あら、今回の私は旅に同行しているだけよ?荷馬車の護衛の方は、ミリアに任せるわよ」

「……ああ、そうかい」


確かに、ソフィアの言っている事は間違ってはいない。

依頼人の護衛の仕事をしているのは、あくまでも私であって、この女は仕事を文字通り放り投げて交易の旅に同行しているだけだ。

……今回の賊の襲撃でも、私達が僅かたりとて被害を受けたわけでもないし、どうも釈然としないが、剣士としては間違ってはいないだろう。

もちろん、先に述べた通り、用心棒としては何もかもが間違っているが。


「流石、兵隊長を担っているだけあって、ミリアと比べても遜色ない腕前だね」


カインさんも、ソフィアの腕には水準以上の評価を付けたようだ。

しかし、ミミさんはいつも通りに笑みを浮かべるだけで、特に目立つような発言はしなかった。


「……この程度のザコでは、まだまだ満足出来ないわね」


先に荷馬車に乗り込んでいた私に続いて、ソフィアも後部座席に着座する。

もし、この女が用心棒に転職したとしたら、最初は苦労するだろうな……。

恐らく、ミミさんは先の戦いで、私を視界から敢えて一時的に消したのだろう。

そして、単身で突撃していくソフィアを見て、安心に足るかどうかを見極めたのだ。


「大丈夫よ、ミリアがいるから、私は攻撃だけに専念する事が出来るのよ」


やっぱり狂剣士だ、この女は……。

戦わずして勝つという発想は、持ち合わせていないのだろうか。

私だったら、賊が1人飛びかかって来るか、一瞬で剣が届きそして戻れる距離になるのを待ち、それをバッサリと斬り捨て、他の連中の戦意を失わせる戦法を取る。

敵を屠る事に夢中になるような用心棒は三流以下だ。

……もっとも、この状況では私だけに当てはまる事であり、ソフィアに求めるのは些か酷というものか。


「もう少し進んだ所に、りんごの樹があったけど」

「何故それを最初に言わなかった」


視力の良さだけは評価しても良いかもしれない。

その後、私達は甘酸っぱいりんごに舌鼓を打ちながら、野営の準備を始めたのであった。




「……用心棒は、寝ずの番とかしなくても良いのかしら?」


久方ぶりに街の外に出て、更に剣士として敵を屠った興奮からか、ソフィアはまだ眠りについていなかった。

どれだけ退屈な兵士生活を送っていたのだろうか、彼女の目は輝いていた。


「睡眠不足は良い仕事の敵だ。……私の耳が殺気を感じたら起こすから、寝ずの番は必要無い」


夜襲というのは常套手段の1つではあるのだが、集団で行動している時に何も対策していないとは考えにくい。

経験が無いわけではないが、私はどちらかと言えば白昼堂々と襲撃を受ける方が慣れている。

それは、私を小さな女だと侮っているのもあるだろうし、やはり昼の方が荷馬車が通る事が多いからというのもあるだろう。

連中には連中の、ホットタイムというのが存在しているというわけだ。


「じゃあ、寝る前に聞かせて。……ミリアは、この仕事は好き?」


やれやれ、随分と好奇心旺盛な兵隊長さんだな。

……私は親の顔も知らないような流浪者で、しかも普通の人間にはない獣耳と尻尾まである。

これでまともな仕事を探せという方が無理難題というものだ。

そんな私でも出来る仕事は、外見など一切関係の無い実力の世界しかないではないか。

文才も無い、商才も無い、ましてや誰かの上に立つような存在でもない。


「私が衣食住に困らず生きていくには、この道しかないんだよ……好きも嫌いもあるか」


……好きで、人殺しが出来るかよ。

最初は震えが止まらなかった、だけど回数を重ねていくうちに嫌でも慣れた。

もし、どこかに私の親が生きているとしたら、こうやって賊の輩を討伐している事を喜んでくれるのだろうか。

そもそも、私は自分自身の事が良く分からない……。




クヒラムからニモランへ直行するよりも、途中の村で補給をした方が良いだろうというカインさんの考えにより、私達は丘陵地帯を抜けてから北へ向かっていた。

そこは、鉄鉱石が多く採れる事で、交易商人にとっては有名なカデイラという村である。

ついでなので、プラチナインゴットが流通していないかも調査する事になった。


「プラチナか……。悪いが、今は扱ってないぜ。何せ希少な鉱物だからな。カデイラは鉄や銅に特化しているからな。お嬢ちゃんも知ってるだろう?」

「……まあ、あればラッキーくらいの気持ちで聞いたから。やっぱり、ニモランまで行かないとダメか」


鍛冶屋で聞き込みをしたが、運悪く……いや、予想通りプラチナインゴットは扱っていなかった。

十中八九以上ダメだと思っていたから、そこまでショックでもない。

そもそも、ニモランにだって『あるかもしれない』という、確実性に欠ける有様なのだから。


「ニモランでも、そう簡単に手に入るとは思えないな。希少な鉱物は、賊の輩も『金になる』って積極的に狙うから、交易が難しいからな」

「ふむ、一理ある」


……いや、これはかなり有力な情報である。

この鍛冶屋の主には、強く感謝しなければいけないな。

先も言った通り、貴金属や希少な鉱物は賊にとってはお宝であり、腕利きの用心棒無しに交易する事は難しいだろう。

だが、それは即ち入手が不可能になった事を意味するわけではない。


「ミリアさん、何か良からぬ事を考えてませんか?」


……コムギコカナニカだ。

大丈夫、少なくとも依頼人を危険に陥れるような真似はしない。

ただ、ちょっとばかり、運搬を手伝ってもらうかもしれないが。


カインさんは、馬車の手入れを中心に必要なモノを買い揃えている。

ソフィアは、斬り足りないのか、村の訓練用のかかしに木刀で襲いかかっている。

そんな中、私とミミさんが、こうやってプラチナインゴットを入手する手がかりを得ようと行動しているわけだ。


「貴金属や鉱物は、武器や防具を使うのに大量に必要ですから、こんな乱れた世では希少になるのも無理はありませんよ。仮に見かけたとしても、相当高額なはずです」

「……そうですか、医薬品の売上も吹っ飛んでしまいそうですね」


逆に、それを大量に仕入れる事が可能ならば、それこそ医薬品とは比較にならない程の大儲けも可能である。

前回は、主婦や老人が店に殺到したように、客層こそ違えど、店に更に多くの人達が集まる事だろう。


「安く仕入れて高く売るのが、商売の基本ですよね」

「その通りです」


それくらいは私だって知っている、誰だって知っている。

わざわざ仕入れた値段よりも安く売らなければならないとしたら、腐りかけの食品くらいなものだろう。

……売れない1000シルバーよりは、売れる200シルバーというわけだ。


「労は少なく、得物は最上を狙う……とも言いますね」


如何に手軽に、そして如何により良い代物を手に入れるか、これも重要な事だ。

わざわざニモランまで行って、記念に石ころだけ拾って帰ってくるわけにもいくまい。

それでは、交易ではなく、ただの観光旅行だ。


「ミリアさん、何か良い手を思いついたんですか?」


流石にミミさんも察したようだ。

剣士が私1人だけだったら、この手は打てなかっただろう。

そう、今の交易の旅には、半ば強引に同行している狂剣士がいる。

……せいぜい本懐を遂げさせてあげるのが、礼儀というものだろう。


「まあ、”正義の味方”も、時にはそれなりに汚い手を使う事もあるんですよ」


こればっかりは、たとえ目の前にステーキを置かれたとしても、簡単には口を割れないな。

ただ、ソフィアだけには、どこかで時間を作ってしっかりと計画を説明しなければならないだろう。


「今日は、特別にカボチャのスープを作ろうと思ってるんですよ」

「はい!貴金属や鉱物を奪った賊のアジトを突き止めて、こちらから襲撃して、略奪したモノをそっくりそのまま頂戴します!」


…………あ、しまった。

それを聞いたミミさんは、ニッコリと微笑んで、良い作戦ですねと私の耳元で囁いたのだった。

もちろん、この話はカインさんやソフィアにも即座に伝わったのであった。

そして、私の作戦は満場一致で可決された。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ