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第7話 ソフィアの苦悩

「な、何考えてるんだよ、あんた……。せっかく安定した職を与えられたってのに」

「……それなのよ」


職権乱用出来る程の立場を捨てて、この女は一体何を望んでいるというのだろうか。

私なんて、指名が来ない時は、ギルドの雑用を手伝ったりして、それでようやく寮に住ませてもらっているというのに。


「例えばだけどさ、ミリアは考えた事ある?私が軽く指をさした場所に、部下の兵士が毎度毎度何事かって群がるのを」


……使いっ走り?

想像を働かせる事が上手く出来ないが、なんとなく頭に浮かんだのは、ご機嫌取り?


「……そう、私にとって有能な兵だと判断してもらえれば、自分だって出世出来るかもしれない。こんな連中の集まりなのよ」


ソフィアは、2人分のコーヒーのおかわりを店員に告げると、更に続けた。


「最初こそ、最前線で領民にとって危険な存在である賊の討伐をする事で、みんなの役に立っているという充実感があったわ。でも、出世したら前線からは下げられ、点数を稼がれの日々」

「そんな日々に飽き飽きしてたって事か?」


……ソフィアの表情は、何か諦めにも似たような、そんな印象を受けた。

まるで、遊び飽きたおもちゃしか与えられない、子供のような。


「結局、女だからって理由だけで、最前線からは外されちゃったのよ。今は治安維持という名の、クヒラムの兵達を管理するのが主な仕事よ」


それじゃ、雑務と変わらないわ。と告げて、ソフィアは新しいコーヒーカップに口をつける。

私も、再びミルクと砂糖をたくさん入れて……あちちっ!!


「んんっ!それの何が不満なのか、私は理解に苦しむな。命の危険は少ない、給料はたくさん貰える、寝るにも食うにも苦労しない。それで良いじゃないか」


私からしてみれば、かなり贅沢な悩みだ。

この女は、私が苦労に苦労を重ねて手に入れているモノが、容易に手に入る立場だ。

それを自分から捨てようというのだから、”持てる者の悩み”と表現するのが相応しいだろう。


「……だったら、最初から兵士に志願するわよ。私とミリアが出会ったのは、この街の用心棒ギルド。そう、私は用心棒になりたかったのよ」


名ばかりの隊長で実際は兵士の管理職と、常に危険が伴い腕と度胸で食っていく用心棒……。

安定収入という言葉を捨てれば、互いの立場はこんな所か。


「ミリアも兵士になれば、すぐに分かるわよ。兵士という仕事が、どれだけ欲望が渦巻く環境に置かれているかって」


きっと、そこには主君への忠誠心とか、そう言った気持ちは皆無なのであろう。

基本的に人間というのは、結局は自分が最優先なのだ。

他人の利益の為に、本気で動く人間なんて滅多にお目にかかれない。


「……だからさ、私はしばらく休暇を貰おうと思うの。そして、ミリアの交易の旅に同行したい。本格的に兵の仕事を捨てるかどうかは、その後で決めるわ」


コーヒーを頑張って冷まして、ようやく飲める程度の熱さになって、少しだけ口をつけた後に私は言った。

あんたが思っている以上に厳しい仕事だぞ、と。

そして、安定収入を捨てようとしている物好きはこう返したのであった。


「それが本懐よ」




「えっ、あの人も一緒にニモランまで行くんですか?」


ソフィアと別れた後、私はカインさんとミミさんに、今回の交易の旅に彼女が同行する事を告げた。

クヒラムの兵の隊長を担っているくらいなのだから、実力は折り紙付きである。


「……どうも、あの女は今の仕事が、半ば軟禁状態も同様だと思っているようで」


出世してからは、クヒラムから出る事すら無かったであろうソフィアの事を『軟禁状態』と言い表すと、不思議としっくり来る。

鳥籠に囚われた野生の鳥が、外に出られず窮屈な思いをしていると……。


「追加の契約って事になるのかな……」

「いや、あの女は無給で良いよ、カインさん。自分から同行したいって言ってるんだ。食料さえ分けてくれれば、今回はそれで良い」


どうせ、私の目が飛び出るくらいの給料をもらっているだろうし、今回はただ働きでも文句は言わせない。

……こうやって、食料の事を私がお願いしただけでも、ありがたいと思ってもらいたいな。


「まあ、そういう事なら……。腕利きの用心棒が2人も同行してもらえるなら、こちらとしては断る理由は無いよ」

「だけど、私の着せ替え人形の約束はしっかり守ってもらいますからね」

ミミさん、その事はどうか綺麗サッパリ忘れてほしいです……。

僅かばかりの退路が塞がれた気もするが、なんとかソフィアの同行の許可は得た。

だが、よくよく考えてみれば、ソフィアの性格からして拒否した所で、無理矢理にでも同行してくるのが容易に想像出来る。

もしかすると、私は無駄骨を折っているのかもしれない。

まあ、それでも良いや……。依頼人のミミさんとソフィアが再び火花を散らすような事にならなければ。




「良かったんだけどなぁ……はぁ」


翌朝、私がまだ覚醒しきらないうちに、ソフィアはさっさと一時休暇届を出して、高級ホテルに乗り込んできた。

そして、私を起こしに来たミミさんと部屋の前に不運にも顔を合わせてしまったのだ。


「……あら、おはようございます。今回は、こんな素晴らしいホテルに泊めて頂き、感謝の言葉もありません」

「ええ、それは何よりです。それよりも、そこから離れて頂けないと、ミリアを起こせないのですが?」


やっぱり、今回の件は無かった事にした方が良かったのかもしれない。

私は軽い頭痛を覚えると、寝巻きからいつもの服に着替え、部屋の外に足を運んだ。


「朝っぱらから元気ですね、2人とも……」


ああ、私はこの2人にとっては、愛玩動物というのが先頭に来るのだろうか。

……両腕を引っ張られて、痛い。


「もう、朝食は出来てるみたいですよ。ここから更に長旅になりますから、しっかり食べておきましょう」


ミミさんは、そう言って私の左腕を更に引っ張る。


「ミリア、これから末永くよろしくねー!!」


……そして、今度はソフィアに右腕を引っ張られる。

憂鬱だ、とってもとっても憂鬱だ……。

いや、それよりも末永くってなんだよ!あんた、『一時休暇』じゃなかったのか!?




「……朝から既に疲れた」


疲れたのには2つの理由がある。

1つ目は、さっき両腕を競うように引っ張られたから、2つ目は……。


「ふふっ、あれだけ沢山食べまくれば、内臓が疲れてしまうのも無理はないですよ」


そう、ホテルの朝食がめちゃくちゃ美味しかったからだ!

出てくるものは残さず食べるのが信条だが、おかわりまで自由と来たらもう止まらない。

こんな凄いホテルに次に来るのなんて、いつになるか分からないから、それこそ死ぬまで食うぞ!と意気込むのは至極当然である。

……クラムチャウダーは、少し冷めてから頂いたけど。


「ミリアは道中寝てても構わないよ。ソフィアさんもいるし、それにミリアは寝ていた方が気配を感じ取れるんだろう」


……まあ、そうなんだけどね。

用心棒がすっかり腹を満たしてぐーすか寝ながら進む荷馬車というのもどうかと思うが、実際その通りの事をしてきたし、これからもする予定なので否定はしない。

荷車に乗り込み、いつも通りに腕を頭に組んで、目を閉じる。

ミミさんとソフィアは、後部座席に揃って座ったようだ。

不可侵条約でも結んでくれるのならば、私としては助かるのだが、どう考えてもお互いに牽制しているのが手に取るように分かる。


「2人とも、ピリピリしすぎだ。ミリアの仕事の邪魔になるから、もうちょっと穏やかにしてほしい」


流石はカインさん、空気の読める男は嫌いじゃない。

いやもっとも、カインさんとミミさんは、会話をしなくてもある程度の意思疎通が出来るので、見破ったというのが正しいというべきか。

そんなこんなで、新たな用心棒を乗せた荷馬車はクヒラムの東門から街の外に出たのであった。

……もちろん、ソフィアがいたから、検問なんてものは文字通りの顔パスであった。


「ニモランまでは基本的には街道がありますから、しばらくは治安も悪くはないでしょう。しっかり仕事をしていればの話ですが」

「……ええ、この辺りは庭も同然ですし、点数稼ぎしたい兵はいくらでもいますので」


皮肉の応酬である。

想像通りだが、この2人は相性が悪かった……。


「だが、私達もニモランまで行くのは久方ぶりだ。道中何があるか分からないから、よろしく頼むよ、ミリア、ソフィアさん」


私は、分かった分かったと手をあげる代わりに、尻尾で返事をしたのであった。

今はお腹がいっぱいだから、とりあえず職務怠慢にならない程度に寝よう。

常に良い仕事が出来るように万全の状態を保つのが用心棒の仕事だから、私がこうやって眠りにつくのも仕事のうちなのだ。

そういうわけだからさ、いい加減に……。


「あんた達、もうちょっと仲良くしてくれよ……」


いや、必要以上に仲良くするのも用心棒としては考えものだが、仲が悪いよりはマシだ。

もしも、ならず者たちの襲撃を受けたら、私は荷馬車周辺の防衛に周り、ソフィアに先陣を切ってもらおう。

……ほぼ確実に、訓練以外で暴れるのは久方ぶりだろうから、色々と発散したいだろうし。

それに、もしもソフィアが劣勢になったら、その時は改めて私が加勢すれば良い。

よし、我ながら十全の計画を立てられたな。

そういうわけだから、とりあえず……寝させろ!

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