第6話 出世した顔馴染み
「どうしてこう、お役所仕事ってのは時間がかかるのかねえ……」
クヒラムの西側の門の前で待ちぼうけを食らって、どれほどの時間が経ったのだろうか。
あれからと言うものの、1番危険が高いと思っていた荒野でも野盗の襲撃は無く、道中は文字通りの平和だった。
しかし、クヒラムの街の中にあっさり入れるかと思ったら、ここで誤算が発生した。
どこぞの誰かが以前希望した通りに、検問が厳しくなってしまっているのだ。
「……街の中で事件でもあったのかもしれませんね」
はてさて、果物泥棒でも出没したのかねえ……。
一向に進まない列に、流石のミミさんも少し訝しげな顔をしている。
腕を頭に組んで、ゴロゴロしていたが……いい加減長過ぎる。
流石にここで野盗は来ないだろうと判断し、より一層ゴロゴロしながら検問の順番を待つ。
そして……。
「よーし、次!」
ようやく順番が来たか……。
「随分と検問を強化しているみたいですね」
苛立っていたのは、カインさんも同じだったようだ。
若干皮肉を込めて門兵に言葉を投げつけた。
「ああ……こちらも仕事なんですまないね。先日、男性が3人、それぞれ酒屋と服屋の前で暴行を受けたらしいんだ」
……コムギコカナニカだ。
なんてこったい、検問が強化された理由は私だったのか……。
「いや、周囲の人の証言によって、それぞれ男の方に非があったのは事実なんだ」
そうかそうか、それは何より。
やっぱり良い事をしているのだから、見てる人は見てるんだよ。
安堵した私は、荷車から後部座席の方まで乗り出した。
「じゃあ、なんでこんなに検問が強化されてるのさ。こっちも仕事なんだから、さっさと通して……」
「こ、こいつだ!隊長に報告しろ!!猫耳剣士がいたぞ!!」
……えっ?
いやいやいや、非があるのは、あの酔っぱらいとナンパ男だろ?
私に罪は無い、潔白だ!!
そ、そうだ、私は正しい事をしているのだから、こんな所で逃げ出したら、それこそ身の潔白を証明出来ない。
弁護士だ!弁護士を呼ぶまで、私は何も……!!
「……ようやく見つけた、ミリア」
私が混乱していると、金髪のロングヘアの女性が声をかけてきた。
……そして、私はこの姿と声には覚えがあった。
「そ、ソフィア!?」
一般兵とは比べ物にならない程、華美な兵装を身に着け、門番の兵に『あとは任せなさい』と告げて下げさせた。
私が知り合った頃は駆け出しの新兵だったはずだが、いつの間に出世していたのやら。
「私が用があるのはミリアだけだわ。他の者は通っても構わないわよ」
「い、いや、ミリアは私達の用心棒だから、傍を離れられるのは困るんだが……」
ソフィアは、私以外には興味が無く、カインさんやミミさんはどうなっても良いらしい。
ちなみに、私達が検問の列を離れると、その後の検問は非常に円滑に行われていた。
「分かりました、ではこちらの宿で私の名刺を渡しなさい。もちろん、費用はこちらが負担するわ」
……その宿は、クヒラムでも随一の高級ホテルだった。
この女、何故そこまで私に拘るのだ……理解に苦しむ。
「大丈夫よ、翌朝までには返すわ」
「朝までミリアさんを返してくれないんですか?ミリアさんには、私の着せ替え人形になってもらうっていう契約も含まれてるんですよ」
ダメだ、進むも退くも悪夢しか待っていない!
ミミさんとソフィアの視線がぶつかり、火花を散らしている……。
「分かった分かった……。ミミさん、着せ替え人形はニモランでも出来るので、今日の所は勘弁して下さい。どうも、この女は私に重要な用事があるみたいですから」
それに、彼女が手配してくれた高級ホテルなら、まず危険な事にはならないだろうし。
私としても、何故『隊長』と呼ばれる程までに出世が出来たのか興味が出てきた。
「言質は取りましたよ」
そうやってニッコリと不気味な笑みを浮かべると、ミミさんは私をソフィアに譲り渡した。
そして、わざわざ警護の兵まで付けて、高級ホテルまで馬車は進んでいくのであった……。
その後、私はソフィアに連れられて……何故かカフェに来ていた。
「……で、いい加減、そこまで執拗に私を拉致連行する事に拘った理由を聞かせてもらおうか?」
私はミルクと砂糖を沢山入れた、ホットコーヒーを……。
「あちちっ!」
「相変わらずの猫舌ねえ……。見た目もそうだけど、本当に猫だわ」
……うるさい、猫耳じゃなくて獣耳だ。
ふーふーと、コーヒーを冷ましながら、ソフィアに質問を続ける。
「話題を逸らさないでほしいな。……ソフィア、あんたは私と一緒に用心棒ギルドに契約しようとして、私は不採用、あんたは兵士として勧誘されていたはずだ」
そう、私とソフィアが初めて出会ったのは1年くらい前。
先に口にした通り、一緒にクヒラムの用心棒ギルドに契約してもらおうとして……形はどうあれ、お互い失敗したのだ。
だが、ソフィアは用心棒を通り超えて、兵士になれたのだから、事実上の大成功と言っても過言ではないだろう。
「……まぁ、兵の世界も実力の世界だから。今は、隊長なんて堅苦しい記号で呼ばれているわ」
鎧にかすり傷でもできたら、即座に交換してもらえているのだろうか、彼女の防具は華美の一言に尽きる。
もっと分かりやすい言い方をすると、ピカピカ。
野盗と戦いまくって、若干ボロが来ている私の防具とは大違いだ。
……もっとも、私は素早さが命なので、軽くて丈夫な素材の方が好みなのだが。
「それで、先日酒場と服屋の前で男3人がぶっ飛ばされた現場に……この名刺が落ちてたのよ」
『オルビア村 用心棒ギルド ミリア』
ソフィアが私に見せたのは、私が今も持っている名刺であった。
用心棒の世界も、人脈というのは重要であり、依頼人から新たな依頼人に繋がる手段として、もっとも手軽なのは名刺なのだ。
腕が立つと評判になれば、名前も売れるし、懐も暖かくなるわけだ。
「これを見て、『ああ……遂にミリアでも契約を結んでくれるギルドが見つかったのか』って、結構喜んだものよ」
だからと言って、検問を厳しくするのは職権乱用というものではないだろうか。
いや、誰でも顔パスで通れるようでは、門兵の意味が無いのだが。
「その後、3日間、クヒラムを巡回するという名目でミリアを探したけれど、残念ながらミリアは見つからなかったわ」
そりゃそうだ、私が前回クヒラムにいた時は、一泊二日。
ソフィアが巡回という『宝探し』をする頃には、私はクヒラムからオルビア村に戻っていただろう。
「……そりゃ、お目当てが見つかって良かったな」
そろそろ冷めたであろうコーヒーのカップにゆっくり口を付けて、私は不機嫌さを隠さずに呟いた。
「たまごサンド」
「用件を聞こうか」
しまった、反射的に応答してしまった……。
道中は干し肉ばっかりだったし、魚介スープが含まれていたと云えど、豪華とは言い難い内容であった。
そんな私に対して、その様な提示は些か卑怯と言わざるを得ない。
「ふふふ……相変わらず、食べ物が関わると正直よね。今回のミリア達の目的を聞きたいわ」
話し合いをする時は、基本的に相手に主導権を握られると、ろくな事にならないのは目に見えている。
特に、このソフィアという女は、ミミさんと同レベルで危険である。
「……ニモランまで交易だよ。私はその護衛を担っているというわけだ」
肝心な部分は伏せたが、嘘は言っていない。
ここで、プラチナインゴットを欲しているとでも言ってみろ。
この女が、さらに職権乱用して、『だったら、この中から好きな剣を持っていきなさい!』なんて言ってくるのが容易に想像出来る。
「ふうん、面白そうな事をしようとしてるんだ……」
いや、仕事です。
……うん、だから貴女も職務を全うすべきであり、即刻私を解放するのが道理というものだ。
「私も一緒に行くわ」
「はぁ!?」
待て待て、兵士の隊長にまでなった女が、なんの理由があって交易商人の旅に同行しようとするんだ。
ただでさえ、ピンクの三つ編み(人妻)に振り回されているのに、毒薬に毒薬を混ぜて、わざわざ劇薬にするようなものだ。
……私がテーブルに両手をついて乗り出すと、満面の笑顔でこう言い放つのであった。
「兵士なんて、飽きちゃったから」
先生、この人どこかで頭を打ったみたいなんです。
今すぐ診て下さい、お願いだから診て下さい、そして私は引き取りに来ません。