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第5話 プラチナインゴット

「ふーむ……私達は剣の専門家というわけではないからなぁ……」


私の剣をじっくりと見た後、カインさんはそう言った。

……まぁ、確かに彼らは雑貨屋であり、本来武器が欲しいと言われても、どこからか武器を仕入れてそれを売るというスタイルだろう。


「でも、ミリアさんの頼みとあらば、断る事は出来ませんね」


そんなカインさんをピンクの三つ編みのミミさんがニッコリと見つめる。

何かアテでもあるのだろうか?

その言葉を聞くと、カインさんは腹を決めたとばかりに私に問いかけた。


「最近、貴金属の需要が増していて、ミリアが使ってるほどの剣は簡単には入手出来ないんだ……そこでだ」

「……そこで?」


私の理想としては、鍛冶屋と交渉してきて安く仕上げてきてあげるよ。これが最良。

だが、現実はそこまで甘くない。


「首都ニモランまで行けば、その剣と同じ材質のインゴットが手に入るかもしれない」


……この人は今、なんて言った?首都ニモラン!?

このオルビア村から3日間東に移動し、クヒラムを通り過ぎて、そこから更に東に何日か揺られてようやく到着する都市だ。

そんな遠くまで行くのは、いくらなんでも今日明日というわけにはいかない。

ついでに言うと、道中の野営や食料の面から考えても、現実的とは言えない。


「まどろっこしいのは好きじゃないので、単刀直入に言いますね。ミリアさん、一緒にプラチナインゴットを仕入れる為に同行して下さい。これは依頼ですよ」

「……まあ、そう簡単に転がってるとは思ってませんでしたけどね」


確かに鉄で出来た剣も悪い剣ではない。

だが、プラチナは非常に錆びにくく、耐久性に優れる。

……ついでに言うと希少な金属の為、非常に値段も高い。

私が今使っている剣にもプラチナが使われているのは確かだが、プラチナだけで出来ているわけではない。

つまり、この剣より更にランクの高い剣を手に入れるチャンスというわけだ。


「契約金は……?」

「6500シルバーと、剣が1本作れるくらいのプラチナインゴット。ついでに、私の着せ替え人形になって下さい」


……最後以外、了承。


「6000シルバーで良いので、着せ替え人形のオプションは外してもらえませんか……?」

「では、この話は無かった事に……」


こ、この、三つ編み!私の足元をしっかりと見定めおって!!

今度はどんな格好をさせられるんだ。場所は首都ニモランだぞ、無いものを探す方が難しいだろう。

しかし、現状でこの人達と同行する以外、プラチナインゴットを入手する手段は無いと言っても良いだろう。

他の交易商人が、わざわざこんな所に目的のモノを都合良く持ってきてくれるとは、到底思えない。


「ふふふ、どうします?」


し、仕方あるまい……。大丈夫だ、プラチナインゴットを手に入れて、あとは知らぬ存ぜぬで帰路についてしまえば、着せ替え人形計画は頓挫するだろう。

それに、この人達とて商人だ。自分の財布が厳しくなるほどの事はしてくるまい。


「……分かりました、ではその条件で」


結局、今回の契約内容はこうなった。

『首都ニモランの往路並びに復路の護衛。着せ替え人形のオプション付き。契約金6500シルバーと武器に必要なプラチナインゴット』

正直、プラチナインゴットだけで、契約金を超える程の金額なのだが、私の用心棒としての価値は500シルバー上がったと思えば悪い気はしない。


「だが、私達も最低でもあと3日は医薬品を売り続けたいから、それまでは待ってほしい。旅の準備も必要だからね」

「……まあ、それは仕方ない事さ。カインさん達は、商人なんだからさ」


私としても、脱・着せ替え人形計画を練る必要があるので、即日出発というのは避けたかった。

それと、もう1つ提案を……。


「道中、干し肉だけというのはちょっと……」

「私達も貧乏暇無しでしてね」


……そこをどうか、せめて野菜スープで良いのでお願いしますよ、依頼人。




それから3日後、用心棒ギルドで正式に契約を結び、ショップ”ミミ”は、またしばらくの間は臨時休業となった。


「おう、カイン、ミミ。こいつは好きに使ってくれて構わないからな」


そんな威勢の良いギルド長の声に押されながら、私は荷馬車に乗り込んだ。


「ええ、ギルド長さんに言われなくても、好きにさせてもらってますから」


ああ、今回はどうなってしまうんだ……そっちの方が怖い。

あれからずっと着せ替え人形から逃れる作戦ばかり考えていたが、どうしてもミミさんに勝てる気がしない。

この人は、剣技や商才よりも、有無を言わさぬ程の何かを持っているのだ。


「今回もよろしく頼むよ、ミリア」


……そう言うなら、あのピンクの三つ編みを制御してほしい。

私は深くため息をつくと、カインさんは察したかのように、分かった分かったと言って私から離れていった。

その後、ミミさんも何故か後部座席ではなく、荷車の方にやってきて、馬車は出発した。


「ギルド長、今回はちょっと長くなるからなー!」

「おう、気張って行ってこい!!」




オルビア村を深く覆っている森林地帯を抜け、平野へと馬車は進んでいく。

この辺りは比較的見晴らしも良く、野盗が身を隠すには不向きである。

とは言えども、気を完全に緩める事はせず、常に気配を感じ取れるように集中していた。

……仕事とは言え、これをずっと続けるのは想像以上に疲れるのだ。


「ミリアさん、流石にこんな所に野盗はいないと思いますよ?」


私の表情が硬い事を確認して、ミミさんが声をかけてくる。


「気遣ってくれるのはありがたいですけど、いないだろうという慢心が大惨事に繋がる事も無いわけじゃないですから。仕事である以上は真面目にやりますよ」


昼寝をしている時だって、無意識的に獣耳が気配を感じ取ってくれる。

むしろ、こうやって談笑している時よりも、敏感になれる程だ。


「常に、いるかもしれない、出るかもしれないって、せめて気持ちだけでも備えておくのが用心棒ってものですから」


まあ、野盗なんてのは殺気がむき出しだから、気付かない方が無理という有様なのだが……。

それこそ、成果が得られなければ、餓死するしかない。しかし、足を洗った所でまともな仕事が出来るとも思えない。

賊とは、なんとも哀れな存在なのだろうか……。




それからしばらく、警戒を怠らないレベルでミミさんと雑談をした。

意外な事に、この2人は既に夫婦だったのだ。

……すみません、パッと見た感じだと、年齢が近いと思っていたのですが、結婚出来るくらいの年齢だったんですね。

それで、2人で雑貨屋を営んでいたというわけだ。

オルビア村では、若者はそんなに多くないので、ミミさんは看板娘ならぬ看板人妻というわけだ。


「カインも私も、元々はオルビア村の出身ではないんですよ。ただ、2人でどこかで新しい生活を始めるなら、ここがいいなって思ったんです」


それはそれは、随分な物好きもいたものですね……。

私の場合は、オルビア村しか居場所がなかったから仕方なく居着いているだけなのだが。


「ははは、あんまり真に受けてはいけないよミリア。元々、交易商人をしていたのは事実だけど、オルビア村に店を構えたのは需要がありそうだったからさ」

「……まあ、確かにあの村では、まともな店なんて殆ど無いけど」


曰く、露天商に限界を感じて、土地も安く、競合する店の少ない場所を探し、それがオルビア村だったというわけだ。

やはり、根が商人気質というだけあって、その辺りも計算高いと言うべきか……。


「おかげさまで随分と儲けさせてもらっているよ。こうやって馬車を走らせて、ついでに用心棒も連れていけるくらいにはね」


それはそれは景気の良い話だ、これで食事の質が良くなったら、更に私としては嬉しいのだが。

道中では保存の効く食べ物ばかりだが、少しばかりの贅沢を要求してもバチは当たらないだろう。


「カイン、この近くには池がありましたよね。馬に水と食料を与える必要もありますし、今日はそこで野営にしましょう」


ミミさんは、この辺りの地理に詳しいのだろうか。

それともクヒラムへの道のりは前回で覚えたのであろうか、それから少し馬車を走らすと確かにそこには池があった。

そろそろ陽も傾いてきたし、カインさんもここで野営をする事に異見は無いようだった。


「ミリアさん、この池は美味しい淡水魚が釣れるんですよ。竿は持ってきてますから、食事の時間までに魚を釣る事が出来たら……魚介スープのご褒美付きですよ」


……魚介、スープ!!

私はミミさんから差し出された釣り竿を無言でひったくるかの様に手に取って、池の陸っぱりへと消えていった。


「ふふっ、カイン。……娘が出来たとしたら、ああいう元気な子が良いですね」

「……何言ってるんだミミ、お前はまだ16歳じゃないか。ほら、火をおこすから手伝ってくれ」


魚介スープ魚介スープ魚介スープ……。

その後、火をおこした2人の下に、大物を釣って満足して帰ってきた私の姿があった。

今日の晩飯は、ほんの少しだけ豪華になって、私の腹を満たしたのである。

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