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第39話 突然の別れ

避暑地のオルビア村と云えど、真夏の陽光の前には為す術も無く、ジリジリと肌を焼かれているのを痛感する。

自警団の分隊長、事実上のナンバー3に任命されたアリアは『暑さ』というものを改めて痛感していた。

故国であるダグラス王国は、通年で寒冷な気候である事から、彼女にとって四季というものは身近な存在では無かったのだ。


オルビア村自警団の構成は比較的単純で、まずは隊長にアリアの姉のミリア、そして副隊長に義姉となったリアラ、そして分隊長にアリアとなり、軍師にクリスが控えている。

また、有事の際はカフェ”ソフィア”の経営者であるソフィアが加わり、その陣営に厚みを持たせている。

しかし、ミリアはアリアに対しては過保護気味であり、危険な役目を押し付ける事は避けていた。

アリア自身もその事は痛感しているし、ミリアの気持ちも理解出来ているつもりだ。

実際にエシー解放作戦の時も、騎兵の分隊を率いて急行したのはアリアではなくソフィアである。

それは、彼女の故郷がエシーというのもあるが、ミリアの中でアリアよりソフィアの方が『任せられる』と判断した事に違いは無い。

もちろん、ソフィアの実力は理解しているが、まだまだ己の幼さと未熟さを痛感するアリアであった。


「……せいっ!」


放たれた矢は、目標の中心を射抜いていた。

やはり、凄腕の剣士であるミリアと血を分けたアリアである、その才能は当然の如く開花した。

ついこの前まで、遊ぶ事しか知らなかった少女が、今や馬を自由自在に操りながら、弓矢を携えているのだから。

尊敬する双子の姉のミリアに認められる日まで、アリアは研鑽を重ね続けるだろう。


「むむっ?」


ふと、彼女の耳が気配を感じた……馬車の音?

最近では、オルビア村も大きくなり、交易価値が上がったので、交易馬車が村に入ってくる事は珍しい事では無くなった。

だが、アリアが感じ取ったものは、それとは異なる存在であると即座に気付いた。


「よしっ、行くよ!」


アリアは、愛馬の手綱を握り、村の入り口へと急行したのであった。




「止まりなさーい!」


アリアが目にしたのは、ジャーラッド王国の軍隊であった。

もちろん味方である事は分かっている。

しかし、要件も聞かずにぞろぞろと軍隊を村に入れてしまっては、村人の不安を無駄に煽るだけである。

オルビア村自警団として、果たすべき役目は果たさねばならないだろう。


「……これはこれは、貴女が英雄ミリア様の妹さんでいらっしゃいますね?」


本来であれば、門番をしている団員が取り次ぎをするのが恒例だが、アリアが来たとあっては彼らも口を挟む事は出来ない。

何故ならば、もはや『隊長の妹』ではなく、『分隊長』なのだから。

やがて、馬車から声の主である1人の男が降りてきた。

アリアは一礼をすると、男と面と向かって会話を始めた。


「ミリアの妹のアリアです。ジャーラッド王国の方々を追い返す理由は全くありませんが、まずは用件をお伺いしたいのです」


アリアにとっては不慣れな仕事であるが、上層部の中で彼らの存在に真っ先に気付いたのはアリアなのだから、対応しないわけにはいかない。

『お姉ちゃん、不思議な人達が来てるよ!』などと、丸投げ出来る気楽な立場ではなくなったという事だ。


「……国家機密でありますので、直接私の口から英雄ミリア様に伝えたいのです。もちろん、部下は外で待機させて、私のみで話をしますし、自警団の方々は同席されても構いません」


この時点でアリアは、『悪意無し』と判断する事が出来た。

もっとも、ジャーラッド王国がミリアに対して無碍な扱いをするはずが無いのだが。

『貸し』も『借り』もある間柄だが、戦争以外の依頼ならばミリアが即決で断る事はしないだろう。


「分かりました、兵舎に案内します」


既にアリアは馬から降りて、使者に無礼の無いように丁重に対応していた。

恥ずかしい真似をしては、自警団の名に傷が付くというものだ。

かなり背伸びをして『大人の対応』をしているアリアであるが、それを自然と出来るリアラは凄いと改めて実感したのであった。

ちなみに、ミリアの対応の仕方は独特過ぎるので参考にしてはいけないと、既に色んな人から釘を刺されていたのであった。




「粗茶ですが……」


アリアがミリアの下に使者を案内すると、それに気付いたリアラが『アリアが無礼な事をしなかったでしょうか?』と言って、応対役を半ば強引に奪ってしまった。

……もちろん、アリアにとっては子供扱いされて良い気はしないが、使者の前で不満を漏らせるほど恥知らずでもない。


「義姉は間もなく参りますので」


リアラは13歳、ミリアは11歳だが、リアラにとってミリアは義姉である。

その事は、オルビア村では周知の事である。

当然の事だが、13歳リアラにとって11歳のアリアは義妹であり、放っておけない可愛い存在なのだ。

まだまだ子供扱いからは卒業出来そうにない、双子の姉のミリアは滅多に子供扱いされないというのに。


「待たせてしまったようだな、ルフレさんかと思ったが……国家宰相の身となると、そう簡単には動けないか」

「がっかりさせてしまったようで申し訳ありません、英雄ミリア様」


また面倒事が来たとばかりの表情をして、ミリアが役場に顔を出した。

アリアが考えるに、今までの経験から『嫌な予感』しかしなかったのだろう。

そして、『英雄ミリア』と聞くと、更に怪訝な顔をするのであった。


「……ミリア様、我々には東が必要になりました」


その言葉を聞くと、ミリアは腕を組んで目を閉じた。

リアラも、その言葉を即座に理解したようだが、アリアには使者が何を言っているのか正しく理解出来なかった。


「妹もいるので分かりやすく話そう。ジャーラッド王国は、レナス王国とカオーリリア亡命政府と戦争状態にある。そして、ジャーラッド王国の東にはルサールハーグという国がある」

「敵国や海賊どもを徹底的に叩く為に、ルサールハーグ王国と不可侵条約を結びたいのです。お分かり頂けましたか?」


不可侵条約という言葉をアリアなりに考えた結果、味方でもないけど敵でもない存在にしたい相手と理解した。


「放っておくわけにはいかないの?」

「それだと、下手をすると敵が増えてしまうかもしれないんだ。お互いに戦争する気が無いという事を、正式に条約として結ぶ必要があるんだ」


そこまで聞けば、軍事に疎いアリアでも完全に理解出来た。

そして、それをしなければいけない程、戦争が激しくなっている事も。


「……本題は、ここからだ。『それと』私に何の関係があるんだ?」


その言葉にリアラは深く頷いた。

そう、ミリアから言わせれば『そんな事、私に持ちかけずに勝手に事を進めれば良いではないか』という話だ。

ただでさえ戦争嫌いなのに……。


「ルサールハーグ王国側が、『是非とも、英雄ミリア様にお目にかかりたい』と……」


その言葉を聞いて、ミリアの表情が一気に硬くなった。

今度ばかりは、リアラも完全にはミリアの考えを理解しきれないようだ。


「すまない、リアラ、アリア、少し外してくれ。……ちょっと聞かせたくない話になってきた」


その言葉には、何も言い返す事が出来ないだけの気迫を感じた。

アリアはリアラに促される形で、共に退出したのであった。




ルサールハーグ王国の考えている事が、私にはすぐに分かった。

……もっとも、この使者がどこまで把握しているかは定かではないが。


「……あんたは、どこまで分かった上で私に話を持ちかけている」


全てを分かっている上で言っているなら、大した度胸だ。

ルフレさんも戦争続きで派遣させる部下には苦労しているようだな。


「宰相閣下は、英雄ミリア様を全面的に信頼しております。ミリア様が直々に交渉を持ちかければ、不可侵条約は確実に成功するでしょう」


……同情するよ、ルフレさん。

私は、心底呆れた表情をしているだろう。

それを見て、流石に使者も不思議な顔をしていた。

ならば、分かる様に言ってやるか……。




それから数刻後、ミリアの口から配下の団員達に告げられた。


「私はジャーラッド王国から、ルサールハーグ王国と不可侵条約を締結する為の使者の任務を受ける事になった。またしばらく留守にするが、よろしく頼む」

「はっ!!!」


リアラとアリアは同伴を申し出たが、ミリアに即決で断られた。

そう簡単に引き下がらないアリアであるが、ミリアからは『村を守るように』と言って半ば強引に押し留めたのであった。


「……よろしいのですか?」


使者がミリアに一声だけかけたが、ミリアは何も言わずに馬車に乗り込んだ。

そして、団員達に見送られて馬車は村を発ったのであった……。

『いつものように長くても半月で帰るだろう』

誰もがその様に考えた……ただ1人を除いては。




「リアラ! どうして、ミリアを全力で止めなかったのよ!!!」


カフェ”ソフィア”に戻り、事の顛末をソフィアに報告したリアラであったが、ソフィアは全てを察したかのように彼女を叱責した。

彼女の血走った目を見たリアラとアリアは完全に気圧されていた。

しかし、何故そこまでソフィアが激怒しているのかが2人には理解出来なかった。


「ミリアは……ミリアは、この国の平和を維持する為に、人質になる道を選んだという事よ!」


その言葉を聞いて、アリアは衝撃を受けた。

だが、それ以上に、リアラはもっと状況を理解出来た事もあって、一気に瞳から涙が溢れてしまっていた……。


「そ、そんな事って……」


今から追いかければ、ミリアを乗せた馬車には追いつくのは容易だ。

しかし、これは国が決めた事であり、それにミリアが応じてしまった以上、強引に抵抗すれば『オルビア村に反乱の兆しあり』と判断されてしまうかもしれない。

そうなれば、ミリアが最も望まない戦争が発生する事だろう。

ジャーラッド王国は立憲君主制であり、国家宰相であるルフレが反対を貫いたとしても、他の者達が『オルビア村討つべし』と声高々に宣言すれば押し切られてしまう。

……そう、民意によって選ばれた代表者達の声は、即ち『国民の声』という事だ。


「……手を伸ばせは届くのに、それが許されないなんて」


リアラは、完全に塞ぎ込んでしまった。

己の理解力の無さを呪い殺すくらいの勢いで、今回ばかりは流石のアリアも宥める事しか出来なかった。





『ミリア、オルビア村を去る』の知らせは、瞬く間に村中に知れ渡る事となった。

その理由は、役場の自室に戻ったアリアが短文ではあるが、ミリアから書かれた手紙を見つけた事が最大の理由である。




【本日を持って、オルビア村自警団隊長の職を辞する事となった。次期隊長はアリアとする。各団員の今後の活躍を祈る。 ミリア】

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