第4話 ギルド長の提案
「ぎゃはははははははは!!!」
オルビア村の用心棒ギルドに戻ってきた私の姿を見たギルド長は、予想通り爆笑した。
「……はぁ」
だから、こんな格好をするのは嫌だったんだ。
ちなみに、笑われたのはギルド長が最初ではない。
オルビア村で私を知る人は、みんな笑った。ついでに一部からは撫でられた。
あの後、3日間用心棒の役目を担ったが、野盗の襲撃は一切無く平和そのものだった。
荒野を抜け、平原を抜け、森林に入り、小高い丘と共存するような形でオルビア村はある。
「はい、約束通りの報酬」
「……確かに。服代は本当に払わなくても良いんだな」
払えと言われても払う気は無いが、お金に関する事なので念を押すようにカインさんに問うた。
「ミミが勝手にやった事だから、流石にそれを請求するのは悪いよ」
その言葉を聞いて、ようやくホッとした……だって、この服だけで3000シルバーもするのだから。
「ミリアさん、次があったら……またお願いしますね」
次があったら、是非とも職務だけを全うさせてほしい。
少なくとも、お人形になるのだけは、もうゴメンだ。
周囲の人間に笑われたり、撫でられたりしているうちに、居ても立ってもいられない状態となり、用心棒ギルドに駆け込んだのであった。
そして、ギルド長に見られ、予想通り爆笑されたのであった。
「ギルド長!こ、これは、私の趣味とかそういうのじゃないからな!!」
「……ああ、いやいやすまんすまん。思いの外似合っていたのでな。ミリア……お前、その路線で売り出してみる気は無いか?」
やめて下さい、死んでしまいます。
そんな事をされるくらいなら、宛のない旅を再開した方がマシだ、きっとマシだ。
「最近じゃあ、旅の供はむさ苦しい男よりも、少しでも華があった方が良いと考える輩もいるって事さ」
そいつは実に本末転倒じゃないか、用心棒稼業は接待ではないんだぞ。
まったく、これだから下心の透けた男は嫌だね。
「……まあ、もちろん強さを兼ね備えているのが最低条件だけどな」
「そりゃそうだ」
どんな仕事であろうとも、本来の役割というのを忘れてもらいたくはないものだね。
こっちが命がけで依頼人を守る為に戦っているのに、後ろで愛玩動物を眺めるような目で見られるのはゴメンだ。
「疲れてるんだろ?……そろそろ部屋で休めよ」
「ういー」
……そう、私に家は無い。
この用心棒ギルドの3階に6畳ワンルームの寮があり、そこで暮らしているのだ。
当たり前だ、流浪の身だった私がどこかに一軒家を構えるのは無理にも程がある。
正直言ってしまえば、このオルビア村にだって、いつまでいるか分からない。
外見度外視で、私の剣の腕を買ってくれた人の所に転がり込むだけだ。
約1週間ぶりの自室に戻ると、とりあえずベッドに仰向けで倒れ込んだ。
「……そろそろかもな」
人生恐らく11年、私の生きる術と言い切れる存在、剣。
もちろん、定期的に鍛冶屋でケアをしているが、最近『限界』を感じつつあるのだ。
そう、この剣はハッキリ言ってしまえば、子供用。
そろそろ成長期を迎えるであろう私には軽すぎるのだ。
良い剣である事には変わりないのだが、出来る事ならば、もっと威力を増す為に重い剣が欲しい。
「そもそも、この剣もどこで手に入れたんだっけ……思い出せないな」
私は両親の顔を知らない、生きているかどうかも分からない、剣技も我流である。
どうしたものかと考えたが、そもそもいくら剣が欲しくても、お金が……。
「……あるじゃないか」
そう、今の私は報酬を得たばかりで、手元には6000シルバー+αがあるじゃないか。
しかし、せっかくのお金をそうも簡単に使って良いものか……。
少なくとも、オシャレをしたいとは思わないし、髪も邪魔なので青い髪を必要以上に伸ばしていない。
悩んでいても仕方ない、ギルド長に相談してみるか……。
「おはようギルド長……。ふあーあ」
既に太陽は空高く、私の覚醒には程遠く。
いかにも脱力した感じで、ギルド長の下に足を運んだ。
「よう、ぐーたら腹ペコ剣士殿」
ギルド長は、仕事が無い時の私が寝るか食うかだけの存在とでも思っているのだろうか。
私は、ちょっと相談なんだけどさと言って、剣を抜いて、軽くブンブン振り回した。
「……なるほど、お前、少しだけだが背が伸びたな」
「察しの良いおっさんは嫌いじゃない。……軽いんだよ、もう私にとってはさ」
実際に、鍔競り合いになった時は明らかに不利だし、いっその事思い切って両手剣使いにでもスタイルを変えてみても良いかもしれない。
だが、ギルド長は意外な提案をしてきた。
「それなら、同じのをもう1本持てば良いじゃないか」
「……それは、二刀流って事か?」
確かに、アイデアとしては悪くない。
重い剣を持って、その結果『失敗しました』は、当然ながら許されない世界だ。
だが、この軽い剣がもう1本増えた所で、然程重量的に問題は無いだろう。
基本的に二刀流使いというものは、片方の剣が本命で、もう片方は補助的な役割を担っている事が多い。
それこそ、片手剣と短剣みたいなスタイルが一般的とされている。
しかし、ギルド長の提案は同じのをもう1本、つまり右も左も同じというわけだ。
「鍛冶屋に行って発注でもしてみるかな……」
そう呟くと、ギルド長はわざとらしく、そういえばみたいな感じで言った。
「カインとミミの店に行ってみたらどうだ?……近い内に、ミリアと会いたいって言っていたからな」
あの2人は、今頃クヒラムで仕入れた医薬品を売りまくって大儲けしてるだろうから、忙しいと思うのだが……。
それに出来る事なら、次に会うのは出来るだけ遅めが良かった。
しかし、鍛冶屋にオーダーメイドを頼めば、当然それなりの金が必要になるし、少なくとも6000シルバーは跡形もなく吹っ飛び、私は借金剣士に陥るだろう。
「あ、ミリアさん!」
……結局、来てしまった。
アイテム屋『ショップ”ミミ”』は、大勢のお客さんで賑わっていた。
クヒラムで仕入れた医薬品は、2人の目論んだ通り、この村で多大な需要があったようだ。
「忙しい所すみません、ミミさん。……売上は、見れば分かりますね」
会計所では、カインさんが一息つく暇も無く、テキパキと仕事をしている。
陳列されている医薬品は、まさに飛ぶような勢いで棚から消えていった。
「ええ、ミリアさんのおかげで、色んな医薬品を仕入れる事が出来たので、うちの店の評判も上がってカインも喜んでますよ」
そもそも、考えてみれば、この2人は夫婦と言うには若すぎる。……恋人?もしかして兄妹?
まあ、他人の関係に首を突っ込むのは野暮ってものか。
しかし、店の名前が『ショップ”ミミ”』だし、実際にこうしてカインさんとミミさんが2人で商売をしている。
「カイン、ミリアさんが来てますよ」
「おお、早速来てくれたかミリア。すまないが、もうちょっとだけ待ってくれ。はい、3点で580シルバーになります。ありがとうございました!」
……ミミさん、ここは私なんか後回しにして店を手伝うべきだと思うな。
そして、1人だけ目を回し、もう1人はカウンター越しで私を見てニコニコしながら、時間は過ぎていった。
「ああ……疲れた」
疲労困憊のカインさんは、最後の客の対応を終えると、ぐったりとカウンターに身体を預けて両手と顎で身体を支えていた。
ミミさんは、私には更に不似合いなハーブティーを淹れてくれていた。
「……で、用件は?」
今にも白い灰になりそうな程ボロボロになったカインさんが声をかけてくる。
恐らく、今に始まった事ではないんだろうな……。
私は剣を取り出し、カウンターに乗せ、一言だけ告げる。
「これと同じ剣……用意出来るかい?」
そう、私も今回は一応は客としてきたのだから、注文をする権利は当然あるはずだ。
カインさんは、私の剣をじっくりと見ていたが、ミミさんは何故か私から視線を逸らさなかった。
「ミリアさん、そのスカート気に入ってくれたみたいですね」
……君のような勘の良い若女将は嫌いだよ。
私の赤いスカートからは、しっぽがゆらゆらと揺れているのであった。