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第30話 ”姉”としての願い

「……私は、嫉妬したんだと思う。アリアは、私が心の奥底で望んでいたものを全て持っていたから」


そう、だからあんなに混乱してしまったんだ。

笑われ、蔑まれ、奇怪に見られ、剣の腕でしか生きられなかった私と。

親の愛を受け、不自由無く、明るい毎日を過ごしていたアリア。

それを私は、強く嫉妬して受け容れる事が出来なかった。

『どうして私じゃなくてお前なんだ!』と……。




「うわぁ、暖かい! お姉ちゃん、すっごく暖かいよ!」

「……私からしてみれば、まだ肌寒いんだけどなぁ」


アリアと同じベッドで眠った翌朝、船の先端部分で青い海を眺めている私達。

そう、アリアにとって外気が寒い以外の気候は初めてなので、彼女は素直に喜び跳ねまくっていた。

……しかし、私にとっては毛皮のコートを手放せないくらい寒いのだが。


「アリアは元気だな、天真爛漫だな……」

「お姉ちゃん、そんなに丸くなってないで一緒に海を見ようよ!」


我が妹よ良く聞くが良い。

戦う事以外は極めて役立たずの姉の渾身の一言を。


「寝る……」

「ダメー!!!」


両手を広げて私の進路を塞ぐアリア。

むごいあまりにもむごいぞ、我が妹よ。

こんな眠っていれば何の問題も無い上に、寒くて仕方ない状況で眠る事を妨げるとは何事だ。


「眠っちゃダメ! こんなに良い景色は、次いつ見られるか分からないよ!」

「……きっと夢で見れるさ。さあ、アリアよ私の邪魔をするでない」

「ほら見てよ、向こうに他の船が見えるよ!」


……なにっ!?


「あれは……! アリア、今すぐ全員叩き起こせ!!!」

「えっ! な、なんでっ!?」

「海賊かもしれないからだ!!!」


くそっ、寒くてニット帽なんてかぶってたのが裏目に出たか!

前方に既に横を向いている同じくらいの規模の船を確認した。

……既に形勢不利って事かよ!!!


「操舵手! 多少強引でも良い、右に方角を変えろ! このままじゃ敵の大砲の餌食だ!!!」

「ミリアさん、遅くなって申し訳ありません! 小舟を出しなさい、まずは相手が何者か確認します!」

「その必要は無いわ、ルフレさん。あれはエシーの海賊よ!」


ルフレさんが、まずは偵察船を出そうとしたが、ソフィアが断言した。

彼女の故郷エシーの海賊であると。

しかし、何故こんな遠方にまで手を伸ばしているのだろうか……。


「ジャーラッド王国になって『仕事』が出来なくなったから、『出稼ぎ』をしてるって所かしらね……」

「砲兵、戦闘準備! それからジャーラッド王国の旗を掲げなさい!!!」


ルフレさんは最善の策と次善の策を用意したようだ。

まず、砲兵が先制攻撃を仕掛けるのが次善の策、そしてジャーラッド王国の国旗を見せる事で相手を逃亡させるのが最善の策だ。


「突っ込んでくるぞ! あいつら捨て身のつもりか、それとも何か勝算があるのか!?」


こちらが砲撃の準備を整えたと見ると、前方の船は何故か一直線に突撃してきた。

砲撃戦になるのならば、船を横に向けなければ態勢不利は必至なのに……!


「……敵から小型船!? 操舵手、あの船を全力で回避して! まもなく炎上するわ!!!」


ソフィアがエシーの海賊どもが火計を仕掛けてきた事を見破った。

そして、彼女の予想通り、敵船は一気に炎上したのであった。

その後、操舵手の必死の回避行動により、炎上した敵船を回避する事が出来た。

だが、海賊どもは炎上だけで終わらせる事は無かった、不快な臭いが漂ってきたのだ。


「この臭い……爆薬か! 全員、伏せろおおおおおおおおお!!!」




……その後、轟音と共に船は爆散した。

幸いにして、この船に被害は無く、また負傷者もいなかった。

しかし、こんな危険な海賊を放置していたとあっては、ジャーラッド王国の名にも傷が付くというものだ。


「……まったく、とんでもない連中だな」

「エシーの海賊がジャーラッド王国を恨むには十分過ぎる程の理由があるわ。……もちろん、連中の行動を許しているわけじゃないわよ」

「申し訳ありません、ジャーラッド王国の国旗を掲げてしまったのが、完全に裏目に出てしまいました」


ソフィアの心境は私よりも怒りに震えているだろう、何せ賊が蔓延っているとは云えど故郷だからな。

……そして、連中は『仕事』を奪ったジャーラッド王国に恨みを持っている。

その為なら、雑兵の100人や200人どうってこと無いって事か。

こいつらを壊滅させるのならば、陸路も海路も封鎖しないといけない……厄介な事だ。


「お、お姉ちゃん……もう大丈夫?」

「……ああ、敵はもうどこかに逃げた。私はルフレさんと今後の事を相談してくる。アリア、必要以上に室外に出ないようにな」


守らないといけない存在が増えたからな……。

少なくとも、こんな所で海の藻屑にさせるわけにはいかない。




「現状のまま迂回路でモーレントに行くか、それとも廃港シピトンを目標にして進路を変えるべきか……」

「どちらも一長一短ですが、リスクが少ない方を選ぶのならば、モーレントでしょう」


私は何も出来なかった、そして何も知らなかった……。

私の”姉”が、こんなにも凄い人だったなんて。


「……お姉ちゃん、凄いね」

「アリアもそう思いますか? 私もミリアさんのいざという時の行動力には惚れ惚れしてるんですよ」


私の新しいもう一人の”姉”であるリアラさんの言葉に私は素直に頷いた。

彼女自身も孤児だったのだから色々と苦労はしてきたのだろう。

だが、私はどうだ? 後ろを見れば両親がいる。二人に愛され守られ甘やかされて生きてきた。

……でも、”姉”は違う。

物心付いた頃には、既に一人ぽっちで、自分の力で生きていくしかなかったんだ。

それが、私との大きな違い……。


「既に海賊どもは船を一隻失った状態で、捨て身の行動も不発に終わった以上、次の策を簡単に用意出来るとは思えない」

「……やはり、賊よりも敵国の方が驚異という事ですね」


私と同じ歳の人が、大人と本気で議論をしているだけでも凄いのに、その判断に全ての人から同意を得る事が出来る。

……これが、私の姉なんだと誇りに思うと同時に、おどおどしている事しか出来なかった自分が情けなくなる。


「……アリア、あなたを責めているわけじゃないけど、ミリアはこうする事でしか生きられないと思ってるのよ」

「ソフィアさん……?」


そんな私の姉であるミリアを実の妹の様に思っているソフィアさんが声をかけてきた。

ソフィアさんが姉を見る目は、少しばかり哀愁を感じてしまう。


「私から言わせれば、11歳の少女なんてアリアくらいが当たり前。ううん、アリアだって11歳にしてはかなりしっかりしてるわ。……でも、ミリアは別格なのよ」

「……そういえば、ミリアさんって趣味らしい趣味って無いですよね。食べる事と寝る事は大好きですけど」


”ミリアは別格”その言葉は素直に受け容れられる。

だが、私だって姉のようになりたいと思うのは当然の事ではないか。

……このままではいけないんだ、このままじゃ。


「よし、では進路の変更は無しだ。だが、警戒はより一層強化しなければならないな。兵は交互に休息を取ってくれ、何かあれば遠慮せずに起こしてくれて構わない」

「はっ!!!」


やっぱり、私の姉は……凄い。




「んっ、どうしたアリア?」


簡単な作戦会議を終えると、アリアが私を見つめていた。

……まあ、仕方ないか。

アリアの今までの事は分からないが、恐らく賊の驚異に晒されたなんて初めてだろうからな。

こういう時こそ、姉である私がしっかりしなくてはいけないな。


「お姉ちゃん、かっこいいって思ってたの!」


そうか、アリアからは私はそう見えるのか……。

そう言えば、アリアは私のような剣士になりたいと言っていたな。

……しかし、それを私は望まない。


「違うんだ、アリア。私は面倒事は嫌いだから、敵や賊に一番遭遇しない手段を考えていただけなんだ。……それをかっこいいと言うのは、おかしいだろう?」

「おかしくないよ! みんなの事を守りたいって気持ちが凄く分かる! 私は……私は、ただ怖くて怯えていただけだった!」


怖くて、怯えていただけか……。

アリアは、私を誇りに思っているのだろうが、私はそれに値するような人間ではない。


「……アリア、私も臆病だ。実の両親や実の妹の存在を受け容れる事が出来ずいた。まず目を疑った、そして強い嫌悪感と恐怖に襲われたんだ」


そう、それを一言で言い表すのならば……嫉妬。

アリアが戦いに恐怖を覚えるのと同じように、私は家族という存在に恐怖を覚えたのだ。

……どちらが醜いなんて、一目瞭然だろう。




「争いは好まないとか言っておいて、戦う事でしか自分の存在意義を見出す事が出来ない……そんな矛盾した人間が私だ。どうだ、滑稽だろう?」

「お姉ちゃん、どうしてそんなに自分の事を悪く言うの……?」


アリアは悲しそうな目で私を見る。

……そんな顔するなよ、アリアは幸せに生きる権利があるんだからさ。


「……アリア、こんな風になりたくなかったら、剣士になりたいなんて言わない事だ。幸せに生きれるのならば、その道を迷わずに生きるべきだ」


私の足元には、重ねれば崩れるほどの屍が築かれている。

……英雄なんて祭り上げる連中もいるが、そんなモノは暑さ過ぎれば木陰を忘れるだ。

そのうちに、私はまた失笑と冷笑を浴びる日々に戻る事だろう。


「アリア、ミリアを悪く思わないでね。……あの子は、今まで自分を否定する事で自分を保ってきたのよ。本当はとても優しい子なの」

「……うん、それは分かるよ」

「不器用なのよ。一人で生きた時間が長すぎて、自分が重荷を背負えばそれで良いと思ってる。今回だって、アリア達を戦争に巻き込みたくないから、ダグラス王国から連れてきたのよ」


……そう、だから私が守れば良いんだ。

私が背負い、私が受け止める。

それで、私がどうなろうと、他の人達が幸せになるならそれで良いじゃないか。


「ミリア、そんなに肩肘張らないの。なんの為に私達がいるのよ。あんまり妹を心配させちゃダメよ?」

「分かった分かった、んじゃソフィアが外で見張りしててくれよ。私は寝るから」

「……まったく」


だから、こんな間違った生き方をした私に憧れちゃいけないんだ……。

アリアは良い子だから分かるだろう?

……どうか、その汚れの無いままの手でいてほしいという、私のささやかな願いくらい。

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