第3話 用心棒の鉄則
「赤いスカート……」
「そうですよー、そんな可愛いしっぽがあるのに、ズボンで隠してるなんて勿体無いです」
……いや、何が勿体無いのだろうか。
奇異な目でより一層見られるのがオチじゃないか。
か、カインさん……た、助けて……。
ああ、そうだった、いないんだった。
「女の子の服選びは時間がかかるって言うからな、私はどこかで時間を潰してくるよ」
と、そそくさと逃げてしまっていたのだ。
「猫耳もしっぽも、全部出しちゃって可愛さをアピールしましょう!」
「いや、これは猫耳じゃなくて……なんて言うか分からないから、私は獣耳って呼んでるけど」
じゃあ猫耳で良いじゃないですか、と追撃されてしまった。
ああ、なんで服屋なんかに来てしまったのだろうか……。
少なくとも、私が知る限り、用心棒に『可愛い』は真っ先に不要な素質である。
そして、ミミさんは、それを最大限に活かそうとしている。
「ねえ、ミリアさん。強いと可愛いを兼ね備えれば、依頼も無数に来ると思いませんか?」
思いません。
依頼人の身の安全が第一であって、強さは当たり前として、依頼人を簡単に見捨てない勇気と度量がそれに次ぐと思います。まる
「ミミさん、私にこんな格好させて楽しいですか……」
「楽しいです。それに、本当にお似合いですよ、鏡を見てみて下さい」
……試着室に備えられている全身鏡を覗いて見る。
そこには、如何にもげんなりしている私と、ニコニコでとても上機嫌なミミさんがいた。
「どうですか、これなら『当店指名ナンバーワン』も夢じゃありませんよ」
「……ミミさん、用心棒とはそういうものでは」
諦めに近い心境が私を襲うが、ここで屈しては本当にこの格好で街を歩く事に……。
「あ、店員さん、これ全部買います」
なってしまったああああああああ!!!!
「ねえねえ、あの子見て見て。かわいいよね~」
「ほんとだ、耳どころか尻尾まで生えてるや」
……こうなるって、分かりきってたから。
恨むよ、ほんと恨むよ、次に野盗にでも遭ったら見捨てて逃げるぞミミさん。
「ほら、街中の人達がミリアさんの可愛さに見惚れてますよ」
「……良い迷惑ですよ、これじゃ仕事になりませんよ」
上着は青の半袖、そして胸部に保護用の鉄の胸当て、そして赤いスカート……。
文字通りの愛玩動物になってしまった私が剣を抜いたら、今なら多分模造刀に思われる。
そう確信出来るほど、今の私は剣士に見えないのであった。
「でも、探偵と同じで用心棒も、用心棒に見えない方が武器になりませんか?」
「いや、それは違いますよミミさん……。用心棒は如何にも強そうに見えて、襲われないのが1番なんです」
戦いというのは、強い方が勝つとは限らない。
だが、相手に『強そうだ』と思わせる事が出来れば、それはもう戦う前から勝っている。
……つまり、今の私はその真逆である。
どうやら、復路は5回以上は野盗に襲われる事になりそうだ。
「ちなみに、この服全部でいくらしたんですか……?」
「3000シルバーくらいですね」
報酬の半分も私の服につぎ込んだのか!!
そ、底知れぬ女、ミミさん……。
「ねえねえ、君達、2人で遊んでるの?もし良かったらさ、俺達と近くのカフェで……」
「……ミミさん、どうする?」
絵に描いたようなナンパ師が来てしまった。
もちろん、私だけだったら即お断りなのだが、依頼人の判断無しに勝手な事は出来ない。
「そうですねー、待ち人も来ませんし……」
えっ……ミミさん?
「こちらのミリアさんに勝てたら、お茶くらい付き合ってあげますよ」
またそんな勝手な事を言って、この人は!!
いやいや、こんな大衆の目のある所で……何より、スカートで戦えって言うのか!?
「勝負?じゃんけんでもするのかい?ははははは!!」
仕方ない……依頼人の手前だ、あんまり無様な姿は見せられないな。
「じゃあ、こうしよう。今からお互いに10歩ずつ後ろに歩く。そして、歩き終わった瞬間に先に相手に触れた方の勝ちだ。私は小さいから、あんたは私の頭で良い」
ざわざわと野次馬が集まってきた。
まあ、そりゃそうだ……こんな獣耳女が変な男にナンパされてるんだもんな。
「ああ、それで良いぜ。こう見えても、俺は結構足が速いんだぜ?」
「そりゃどうもご丁寧に」
そして、互いに1歩ずつ下がっていく……。
7……
8……
9……
「もらったああああ…って、見えない!?ぐはっ!!」
「……まったく、そんな事だろうと思った。咄嗟に身を屈めて正解だったな。あんた、9の時点で既に飛びかかっていただろ?」
こういう時ばかりは、背の小さい自分に感謝って所かな……。
詳しく解説しよう。
まず、後ろ向きで歩いていたが9の時点で相手から気を感じた。
この時点で飛びかかってくるのが既にバレバレ。
そこで私は、わざと膝を折り相手の視界から消えて、覆いかぶさるように相手が私の頭のあった場所に触れようした瞬間に真下から腹部に強烈な突きを入れたのだ。
「お、覚えてろ~!!」
反則をした上に、情けない負けをしたナンパ師に周囲から冷笑の雨あられ。
……まあ、これでミミさんも満足してくれただろう。
「ミミさん、ちょっと目立ち過ぎましたから……場所を変えませんか?」
「でも、カインはここに戻ってきますから、当分ここから動けませんよ。まあ、諦めて下さい」
ああ、無情……。
カインさんとミミさんの為に、ナンパ師を撃退したのに、それがこんな事になってしまうとは。
「ミミ、少し遊びすぎだ。買い物は終わったのかい、2人とも」
「あ、カインさん」
救いの神が来たとばかりに、私はカインさんに助けを求めた。
そして、カインさんは私の服装と周囲の野次馬を見て、全てを察したようだ。
「……すまないなミリア、本当に」
「だったら、どうして最初に逃げたんだ……」
少なくともカインさんがいたら、私達はナンパされるような事は無かったのに。
「お詫びというわけじゃないけど、チョココロネ買ってきたからさ」
「いただきます!!」
その返事は、実に素早かった……。
ああ、美味しいなぁ……。
あまりに夢中になりすぎて……私はとある1枚の紙を落とした事に気付かなかった。
「それで、お目当ての医薬品は手に入ったんですか?」
「はい、ミリアさんのおかげです」
……いや、商売には一切関わった覚えはないんだけどなぁ。
「ミミの冗談は置いといて、既に馬車は荷物で一杯さ。復路も護衛頼んだよ、ミリア」
どうやら、その医薬品とやらは無事に手に入ったらしい。
”あんな目に遭った”のに手ぶらだったら、報酬だけ貰っても気分は晴れないだろう。
まあ、その最大の原因が、目の前でニコニコしているのだが。
「そりゃどうも……。出来れば、次にクヒラムに来るのが、これでもかってくらい遠い未来になる事を祈ってるよ」
それは本心である。
あんな姿を周囲にお披露目してしまっては、翌日の朝刊の笑いの種でしかないだろう、一刻も早く街から出たい。
気がついたら、ミミさん相手には敬語で会話してるし……。
「まぁ、オルビア村に着くまでが仕事なんでね。……まだ半分しか終わってないんだよなぁ、私としては」
「それを言ったら、こっちは医薬品が売れて利益になるまでは終わりませんよ?」
それは商人の都合であって、用心棒の都合ではないのだが……。
まるで、この2人が私の専属であるかのような振る舞いは、今は受け容れ難い。
何故なら、いつしか私という存在が2人の邪魔になる時が来るかもしれないからだ。
「ミミは、本当にミリアが気に入ったようだね。……それならば、次もミリアにお願いした方が良さそうだ」
「契約金の交渉は念入りにさせてもらうよ……」
特に変なオプションとかあったら拒否しよう、そうしよう。
……ただでさえ、私には到底似合うとは思えない服装をさせられているのだから。
こうして、私達はクヒラムの西門から街の外に出た。
「しかし、ミリアさんは道中良く寝ますね……」
「まったくだな。だが、きちんと殺気は見破るし、大したもんだ」
街を出てからというものの、私は可能な限り眠りについた。
もちろん、気配を感じ取れるように、獣耳は出したままだ。
オルビア村に、この格好で帰ったらなんて言われるだろうか……。
少なくともギルド長には笑われるな。
……むっ!
「おい、止まれ」
私は一気に覚醒し、カインさんに停止を促す。
御者であるカインさんは即座に馬を止めて、ミミさんと共に周囲を警戒し始めた。
「前方150の距離に1人立っている。……群れるだけしか能のない野盗ではないようだな」
クヒラムを出て6時間くらい……少なくとも追っ手とは思えないが。
私は荷馬車から降りて、ゆっくりと前方に歩いていく。
「おい、悪いが道を開けてくれないか。あんたが突っ立っているせいで、馬がこれ以上進みたがらないんだよ」
こういう相手とは出来るだけ戦いたくないものだ。
1人でいるという事は、1人で戦える自信があるという事だ。
もっとも、事を構えるのならば、こちらもあっさりと負ける理由は無い。
何しろこちらは依頼人を守る仕事中だ。私がやられれば、カインさんとミミさんも最悪道連れだ。
「仲間が世話になったそうだな」
……こいつ、野盗なのか?
じわりじわりと距離を詰めていく。
「はっ!仲間と言われても、どこのどいつの仲間か分からないな!」
そして、下段の構えで剣を抜く……。
「分からんか、そうかそうか。お前は野盗以下の殺し屋だな!」
「一週間前の晩飯がすんなり言える程、飢えちゃあいないんでな!」
はっきりと分かった、こいつは野盗のボスだ。
服装からして、クヒラム入る直前に襲いかかってきた6人の野盗と同じ組織に属するだろう。
剣と剣が鍔競り合いになる。
こうなると、本格的な剣使いが相手だと体格が恵まれてるとは言えない私が不利になる。
「ちいっ!!」
適度に受け流し、相手の剣が私の左肩ギリギリ届かない所に振り下ろされる。
その隙に相手の右肩を狙うが、流石に野盗のボスだけあってそう簡単には斬られない。
即座に剣を振り上げ、私の攻撃を弾く。
そんな命を賭けた戦いが数分続いた後……。
私は背後に新たな気配を感じた。
「しまった!そっちが本命か!!」
そう、連中はあくまで野盗。
本来であれば、積荷さえ手に入ってしまえば、私がどうなろうと関係無いのだ。
つまり、このボスは1対1の真剣勝負など最初からする気は無く、私を前方に釘付けにする囮だったのだ。
しかし、私が気付いた所で、野盗のボスがそう簡単に逃がすはずはない。
少しでも動きを鈍らせようと、私に向けて剣を振りかざす。
その剣撃を逆に利用し、跳ね飛ばされる勢いで、私は5人の野盗の群れ目掛けて飛びかかったのだ。
「うおおおおおおおっ!!」
「き、来たぞ!!」
まさかの逆奇襲に野盗どもは完全に浮足立った。
カインさんとミミさんに近い野盗は、即座に斬り捨て、戦意を失った野盗はそのまま逃した。
「……お前の顔覚えたぞ、猫耳女!」
そう言い残し、計画の失敗を察した野盗のボスも砂煙と同時に消えていった……。
不利を悟れば、即座に逃げる……か。
「どうやら、相手もバカだけじゃないようだな……」
周囲から気配が消えた事を確認すると、私はようやく剣を収める事が出来た。
そして、戦う事を優先してしまい、相手の囮作戦に僅かとは言えハマってしまった事を素直に詫びた。
「いや、ミリアは悪くないさ。元々、野盗が出る可能性は高いと思っていたんだ。だから、ミリアは正しい事をしたと私は思う」
「私はミリアさんが絶対に戻ってきてくれると確信していたので、怖くありませんでしたよ」
……私もまだまだ未熟者だな。
賊を斬り捨てる事は流石に慣れたが、まだまだこう言った『現場の判断力』というものが欠けている。
もちろん、それらは場数をこなす事である程度の対応が出来るだろうが、用心棒はそんな考えではいけない。
依頼人からは命を預けられているのだから、その重みをしっかりと理解すべきであり、最優先に考えるべきだ。
「さあ、それじゃ出発だ。ミリアは荷車で寝てても構わないぞ。どうせ、今日から干し肉と野営さ」
やっぱり選んだ仕事を間違えたかな……。
今度は、せめてスープ付きくらいは要求しても良いはずだ。
こうして、赤いスカートの猫耳を載せた奇妙な商人達はオルビア村への復路を歩んでいったのである。