第22話 また新たな旅の始まり
「ヤツには利用価値があるかもしれない」
その言葉が遂に真実になる時が来たのだ。
私の立てた作戦に、みんなは驚愕しているが、無理もない話である。
確かに不足している物を補う事は重要だが、その交渉材料に罪人を使うというのはどうなのかと。
だが、私は確信しているのだ……これなら絶対に上手くいくと。
それから少しの時が流れ、新たな村人達も生活にかなり馴染んでいた。
もう誰が見ても難民キャンプなんて言わない、これは立派なセカンドタウンだ。
オルビアは更に広くなり、今まででは考えられないくらいの人や物が流れてくるようになった。
兵舎も完成した、それは即ち私の自宅が出来たという事だ。
「ぐがーぐがー」
ソフィアの店が定休日なので、私は惰眠を貪っていた。
……どうせ後でリアラが起こしに来る事だろう。
自警団の団員達は、治安維持という大役を必然的に担うようになっていた。
交易商人、新たな居場所を求めてやってきた移民、人が増えるという事は、何かと問題も発生しやすいという事だ。
最近では、石や鉄の需要が更に高まり、石工や鉄工の職につく人が一気に増えている。
民芸品だけで医薬品を仕入れていたのが、遠い過去の事のように思える。
「ああ、やっぱりまだ寝てる! ミリアさん、仕事しなさーい!!!」
……うるさい、今日の私は寝るんだ。
誰がなんと言おうと……って、ああ! 布団を剥ぎ取られた!
寝させろー! せっかくの定休日なんだ、おひさまが沈むまで寝させろー!
しかし、抵抗は無意味であった。
鬼の副隊長は、隊長にも厳しかったのである。
「おはよう、リアラ……」
「まったく、だらしのない隊長さんですね。ギルド長さんも寝起きの悪いミリアさんには手を焼いた事でしょうね」
いや、そんな事はないんじゃないかな……多分。
寝ぼけながらヨロヨロと2階の自室から1階の仕事場に足を運ぶ。
そこには意外な人達が待っていた。
「おはようございます、ミリアさん」
「おはよう、まだ眠そうだね、ミリア」
カインさんとミミさんだ、何の用事だろうか……?
兵舎まで来ているという事は、きっと何かの依頼であろう。
「ミリアさん、いきなりなんですが塩を仕入れに行きたいんです、護衛をお願い出来ませんか?」
「生活必需品だが、オルビア村は海が遠いし、近くに塩湖も無いからね……」
なるほど、確かにそれは大問題だ。
住民が一気に増えた事で、今までだけの仕入先では追いつかない状況なのだろう。
きっと、ソフィアに話を持ちかけても納得してくれるだろう。
……ゆで卵には塩をかけて食べるのが基本だからな。
「本来であれば、用心棒に依頼すべきなんですが、私はどうしてもミリアさん達じゃないと安心出来ないんです」
「……それに、どこならば塩を確実に入手出来るかも分からないからね」
私はリアラに視線を向ける。
確かに、本来であればこれは用心棒の仕事である。
前までの私ならば、二つ返事で引き受けただろうが、今はオルビア村を守る自警団の隊長をしているのだ。
簡単な事で、村を不在にするわけにはいかない。
……しかし、塩が不足しているのは大問題であるし、この2人の依頼は大小関わらず私が引き受けたい。
「ミリアさん、この依頼は引き受けるべきです。自警団は、しばらくクリスさんに任せましょう」
「そう言ってくれると思った。よし、早速ソフィアも呼んでこよう」
私の気持ちが伝わったのか、鬼の副隊長もとい、リアラも前向きに受け止めてくれた。
そして、私が行ってきますねと言って、リアラは『自宅』へと戻っていった。
……塩の不足は、喫茶店を手伝っているリアラも分かっていたようだ。
そして、ソフィアは即座に旅の支度を整えて突撃してきた。
「2人がそう言ってくれて本当に助かるわ! もうね、塩が高くて高くて仕方なかったのよ! 絶対に新しい仕入先を確保すべきよ!」
「……まあ、その言葉には同意するんだが。ソフィア、ひょっとして暴れる機会が欲しかったんじゃないか?」
無銭飲食でも出ようものなら、フライパンで滅多打ちにしそうだからな、この女……。
いや、むしろ火炙り?新しい剣の試し斬り?どちらにせよ、ろくなものじゃないな。
「あははははは……ソンナコトナイワヨ」
怪しい、というか図星だろう。
まったく、フライパンに持ち替えても、狂剣士は結局の所は狂剣士。
性根まで変えるのは、人間不可能に近いのだ。
「……隊長、地図をご覧頂けますか」
いつの間にか背後にいたクリスさんが声をかけてきた。
そして、オルビア村から南にしばらく進んだ所にある、とある港を指し示した。
……港の名前は、エシーと記されていた。
「……これは往復するだけでも結構な時間がかかるな」
「しかも、クヒラムやニモランと違って、今回は土地勘が全くありませんからね……」
本来、北にしばらく行った所にある集落が塩の仕入先だったのだ、今回は真逆の南方面。
土地勘が無いというのは、確かに不安を隠せない。
「大丈夫よ」
私達が良い考えは無いかと唸っていると、ソフィアが呟いた。
「……エシーは、私の故郷だから」
なんと、こんな所に有識者がいるとは思わなかった。
……しかし、こんな遠くの港の出身だったのか。
存分に頼りにしたい所だったが、何故かソフィアの表情は硬い。
「確かに、塩はあるでしょうね。……ただ、クリスさんはご存知でしょうけど、重大な問題があるわ」
「はい、私はそれも分かっている上で申し上げております」
そして、強い口調でこう言ったのであった。
「エシーは、海賊どもが跋扈している非常に危険な所なのよ」
「……そして、彼らの許可無しに塩を密輸しようと企てた者は、重罪人として処断されます」
相手が賊なのだから、こちらも討伐軍をと言いたいが、そうもいかない。
オルビア村自警団は、侵略軍ではない。
欲しいモノを略奪するのは良くない事だが、相手が賊なら問題無しとはいかないのだ。
「分かった、他の場所が無いならエシーに行くしかない。ソフィア、道中は任せたぞ」
「……ええ、それは大丈夫よ」
さて、どうしたものか……。
海賊どもを納得させるだけの提示が私達に出来るだろうか?
……討伐しようにも、海に逃げられたら手の出し様が無い。
海……海……。
「……あ、この手は使えるかも」
「また何か良からぬ事を思いついたのね」
いやいや、これは正当な交渉手段だ。
連中は褒美やお宝には目が眩むだろうからな、そこを突けばきっと上手くいくだろう。
……うん、だからこれは正しい事なんだ。
「……じー」
ミミさんが、またニヤニヤしながら私を見ている。
だ、大丈夫だって大丈夫、今度こそ口を簡単に割るような……。
「昼ご飯は、美味しいハンバーグです」
「ジェームスを海賊に売ります!」
……うげ、またやってしまった。
やれやれ、人間性根までは簡単に変わらないというのは、私にも当てはまるという事か。
「はあああああ!?」
ミミさんを除く全ての人達から、驚愕の声があがったのであった。
いや、だって……せっかく生かしておいたんだから、有効活用しないとねえ。
その後、またしても食べ物に釣られてしまった私は作戦をしっかりと説明したのであった。
「なるほど、流石は隊長、この上無い悪巧みですね」
クリスさんから軽いジャブが飛んできた。
「……確かに、その手を使えば塩は容易に手に入ると思いますけど、自警団の隊長としてはどうかと思いますよ。まあ、一応は従いますけど」
続いて、リアラからフックが飛んできた。
「相変わらずミリアの考える事は、とんでもないなあ……」
更に、カインさんからストレートが飛んできた。
「あの男がクヒラムにいるってだけで気分が悪いわ。ガラクタは早急に賊に引き渡して問題無いと思うわ」
そして、最後にソフィアからとどめのアッパーが飛んでくるのであった。
その後、自警団から1人を抜擢して早馬としてクヒラムに飛んでいってもらった。
目的はもちろん、ジェームスを牢から出してエシーまで連行する事。
……大事な交渉材料だから、くれぐれも『粗相のないように』お願いしたいものだな。
団員はジェームスに恨みを持っているだろうから、引き渡すのを拒んだりする輩は間違ってもいないだろう。
カオーリリア亡命政権に渡すか、レナス王国に渡すかは、海賊に選択権を譲ってやろうじゃないか。
今回こそ筋書き通りに物事が進めば良いのだが……。
こうして、私達はまた旅に出る事になったである。
「じゃあ、いつも通り寝るから」
「ええー!?」
まあ、そう驚くなってリアラ。
……これが、私の最大の仕事と言っても過言ではないのだから。
「リアラは知らないでしょうけど、ミリアは眠っていた方が賊の気配を素早く察知出来るのよ」
そうそう、ソフィアの言ってる事は正しい。
「そして、道中のご飯が干し肉ばかりだと、とっても不満そうにするんですよ」
……そうそう、ミミさんの言ってる事も正しい。
だからさ、本当にもっと良い物を食べさせてほしいね。
そうすれば、私ももっともっと頑張れるというものさ。
心の中で涙を流しながら、私は眠りについたのであった。