第21話 泣く子も黙る副隊長
「……チェックメイトじゃ」
「むむむ……」
元ニハル村の村長がオルビア村の老人とチェスをしている。
……1000人を超える難民をつれてきたのに、一切邪魔者扱いしない、ここの村人達は本当に器が大きいなあ。
「それは違うぜミリア」
「……ギルド長?」
久方ぶりに寮で眠った翌朝、私は難民達の支援の為に出来る事はないかと早起きをしていた。
私の呟きが聞こえたのかどうかは分からないが、ギルド長が村の様子を見ている私に声をかけてきたのだ。
「お前が連れてきたから間違いはないって、村人達は確信してるんだ。……本来であれば、1000人も超える難民を迎え入れるなんて不可能だ」
「……どいつもこいつも買いかぶり過ぎだろ、私はそんな人間じゃない」
私は少しばかりの報奨金をもらって、寮でゆったりとした時を過ごす事が出来れば、それで良いんだ。
……それが成り行きで、難民を導き、そして自警団の隊長になってしまっただけだ。
「今の自分の立場を自覚しろ、英雄ミリア。お前はもう、ただの変わった用心棒ではないんだ。この村を守る自警団の隊長なんだぞ」
「……難民の様子を見てくる。きっと、大なり小なり困っている事があるはずだからさ」
……ギルド長の言葉を自分なりに解釈すると、そろそろ寮を出て独立を考えても良いんじゃないか?って所か。
確かに、自警団の隊長が用心棒ギルドの一室を借りているのは、かなり奇妙な話だ。
「これは隊長、おはようございます! 難民達に大きな問題はありません。優しい住民達から手厚い支援を受けて、生活に溶け込めつつあります」
「……それは何より、困った事があったらすぐに報告してほしい」
しかし、100人もの自警団が生活に困らないようにするには、彼らに用心棒を兼ねさせるのが手っ取り早いと思うのだが、ギルド長は首を縦に振らないだろう。
……どうやら、私は強制的に転職させられてしまったようだ。
「こーらー! ミリア、こんな所にいたのね! もう仕込みはとっくに終わってるんだから、店の仕事をしなさい!」
こっちは転職したい、今すぐ転職したい!
私はソフィアに首根っこを捕まれ、ずるずると引きずられて『カフェ”ソフィア”』に連行されたのであった。
……あーれー。
「い、いらっしゃいませ!」
……うん、リアラのエプロン姿は様になっていると言って良いだろう。
これで思い残す事は無い、今すぐにでも自警団に……。
「ミ・リ・ア……?」
「ちょ、ちょっとお花を摘みに……」
ダメだ、どうやっても逃げられない!
反逆者ジェームスなんか比較にならない程、恐ろしい存在が目の前にいたのであった。
それから、1ヶ月の時が流れ、季節は夏を迎えようとしていた。
森林に囲まれたオルビア村は気候が安定しているとは云えど、やっぱり気温の上昇は避けられない。
私は、昼間までは喫茶店の店員、昼からは自警団の仕事と、見事に望まざる仕事で二足の草鞋となってしまっていた。
しかし、苦楽を共にしてくれる仲間というのはありがたいもので、リアラが自警団の副隊長に就任してくれたのだ。
「はい、そこ! そんな突きでは、話になりませんよ!」
団員の訓練を任せているのだが、意外にも意外、リアラはスパルタだった……。
少しでも怠けて気が抜けた団員がいると、即座に指摘するほどだ。
「お、おい、リアラ……その位にしておいてやれよ」
「何言ってるんですか! 私達はこの村からお金を頂いて村を守るという大役を任せられた自警団なのです! 妥協は許されません!」
ダメだ、完全に泣く子も黙る鬼の副隊長だ……。
それでも、このままじゃ有事が発生した時にはヘロヘロの状態で戦う事になってしまうじゃないか。
それを告げても、リアラは引き下がらない。
「その程度の軟弱な団員なら必要ありません。ほらほら、動きを止めて良いと誰が言ったのですか! 続けなさい!」
……うーん、とても昼間までは喫茶店で初々しく接客をしている店員とは思えないな。
リアラの二面性に、隊長であるはずの私も気圧されてしまった。
「ミリア隊長、少々宜しいでしょうか」
そこに現れたのは、ルフレさんの副官だった。
この人は頭が良いので、一時的に自警団の軍師を担ってもらっているのだ。
クリスという、赤い髪をした女性だ。
「どうしたの、クリスさん?」
「用心棒ギルド長からの提案で、自警団の兵舎を建築しては如何かと……同時に隊長の自宅も兼ねる事になりますが」
……自宅、か。
リアラは、ソフィアと共に喫茶店で暮らしているので問題は無いが、私は未だに用心棒の一室を借りている立場だ。
しかし、自宅を建てるとなると、もうこの村に骨を埋める事を意味する。
流浪の身だった私の本当の居場所は、迷うまでもないという事か。
「分かった、ギルド長がそういうなら兵舎を建てさせてもらおう。他の街の大工の手も借りているくらいなんだ、まずは難民達の住宅が優先だけどな」
そう、難民達は帰っても良い立場になったが、帰る事を選ばなかったのだ。
そうなると、もう難民とは呼べない、立派な村人だ。
様々な職の中から自分に適した職を選び、一生懸命に毎日を強く生きているのだ。
そんな中、早馬が飛んできた。
「報告します! カオーリリア王城陥落! ルフレ隊長は旧カオーリリア王に退位を要求せず、立憲君主制の王として改めて擁立しました!」
「……じゃあ、この国はもうジャーラッドと名を改めたというわけか」
遂に成し遂げたか、長く辛い籠城戦だった事だろう……。
それから数日後、用心棒ギルドに『王の使者』が来訪し、500万シルバーを持ってきたのであった。
私は、その大金を迷う事無く新しい村人の生活支援に回したのであった。
「やはり、貴女は優しい人ですね、ミリアさん……」
「……ルフレさん」
戦勝祝いをしようという声も上がったが、それは固辞した。
何故なら、カオーリリア王国は窮鼠猫を噛むが如く抵抗し、レナス王国の領地の一部を奪い、亡命政権を建てているからだ。
……恐らく、王族の誰かを再び傀儡として仕立て上げたのだろう。
「約束通り、貴女の出自を全力で調べているのですが……申し訳ありません、未だに有力と言える情報は1つも見当たらないのです」
「……私がどこの何者かも分からなくても、この村は私を受け容れてくれる。今はそれで十分さ」
それに、少しばかり背負う物は重くなってしまったからな。
同じような人間が仮に見つかったとしても、この村を見限って旅に出るような事は出来ない。
住民が増えた事で、やはり様々な物資の需要が増し、オルビア村にも交易する価値があると判断されて、交易馬車が連日やってくるようになったのだ。
……まあ、物好きもいるという事で、『英雄ミリアに会いに来た』という観光客も僅かにいるのだが、それはハッキリ言って困惑を隠せない。
私は『猫耳だー!しっぽだー!』と言われ続ける事に慣れ過ぎてしまっているから、英雄なんてのは些か持ち上げ過ぎだ。
「ルフレ隊長、誠に勝手ながら、私は本日を持って副官の職を辞し、この村の自警団の軍師の任を全うしたく思います」
「……そうですか、今まで貴女には助けられました。今後は、ミリアさんの力になってあげて下さい、お疲れ様でした」
クリスさんも居場所を見つけたとばかりに、この自警団に尽力してくれている。
私が仮に不在になっても、彼女がいてくれれば問題無いだろう。
「ミリアさん、今すぐとは言いませんが、可能ならば時間がある時に、いえ何かのついででも構いません、ニモランまで来て頂けませんか?」
「あの街には良い思い出が殆ど無いんだけど、ルフレさんがそう言うのなら良い街になっているんだろうな」
仕事は山積みで、今回使者として来たのは休暇も同然ですけどね、と彼女は微笑んだ。
そりゃそうだ、腐りきった組織を一新して、国を新しく建て直しているのだから。
こうして、私に会いに行くという名目で僅かばかりの休暇を満喫している事だろう。
「しかし、本当に良い村ですね。都会も嫌いではありませんが、ここにいると心が洗われる気持ちになりますよ」
「……まだまだこれからが大変ですよ、こちらも仕事だらけで、たまには休暇をもらって交易の旅でもしたいものですね」
私達が談笑していると、団員達が体力向上の訓練をしていた。
「遅い! もっと速度を上げて! 泣き言を言わない! ここを村人を守る戦場だと思いなさい!」
……やれやれ、うちの副隊長は容赦が無さ過ぎるな。
その様子を見て、ルフレさんは頼もしいですねと、より一層の笑みを浮かべるのであった。
「よーし、全員休憩! リアラ、来客だ。悪いけど飲み物を用意してくれないか?」
「はい、分かりました。皆の者、しばしの休息を与えます!」
鶴の一声がかかったとばかりに、団員達はその場に座り込んでしまったのだった。
……練度が足りていないのか、副隊長が厳しすぎるのか。
まあ、どちらも正しいのだろう。
「休みながら良いから聞いてくれ。こちらはルフレさんだ、ジャーラッド建国を成し遂げた勇士だ」
「初めまして、ルフレと申します。皆さんが反逆者ジェームスに利用されていた事は既に聞いております。ミリアさんとの約束通り、罪には一切問いません」
それを聞いて、団員達は心から安心したようだ。
しかし、鬼の副隊長が戻ってくると、怯えた様な顔をしてしまった……ただ、紅茶を持ってきただけなのに。
やっぱり、訓練は私が担った方が良いのかもしれないな。
もっとも、私は私で与えられた役割が多いのだ。
村人から、様々な仕事を依頼され、用心棒ではなく規律のある自警団が必要だと判断すれば、私達が動くしかない。
ギルド長からは、こっちは変な依頼の比率が増えたぞと泣き言を言われたが、独立するように言ったのはどこのどいつだ。
「粗茶ですが、どうぞ」
「これはご丁寧に……。なかなか厳しい副隊長殿ですね」
リアラは、確かに兵としての経験は浅かったが、忠義には篤い少女であった。
もちろん、捨て石にされたカオーリリア王国ではなく、居場所を与えてくれたオルビア村に対してである。
何度か手合わせしたが、槍の腕前も真面目に修練していたのが良く分かる程の腕だった。
「いえ、私も団員達も、まだまだ未熟者です。……いつ襲撃されても敵を倒し、村を守れるように練度を上げなければいけません」
その瞬間、周囲の気温が若干下がったのは気のせいだろうか……。
おほんと咳払いをして、会話に入り込む。
「まあ、こういうのは何かと時間がかかるけど、焦らずやっていくさ。なんなら、明日からは私が訓練を担当して、リアラが雑務を……」
「ミリアさんが訓練を担うと、団員達を甘やかすからダメです」
……やっぱり、泣く子も黙る鬼の副隊長だよ。
それとも、私ってそんなに甘い女なのかな……今度ソフィアにでも聞いてみるか。
「だーはっはっはっは!遂に川のぬしを釣り上げたぞー!!」
元バーバン村の村長が、元気な声を張り上げる。
その様子を見て、ルフレさんは心配無用みたいですねと言ったのであった。
そして、難民達の様子を一通り確認し終えると、ルフレさんは村を後にした。