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第2話 おかわりの代償

「んだとコラァ!!」

「てめえこそっ!!」


……入って1秒で後悔出来る酒場というのも逆に珍しいかもしれない。

まあ、酒が入って下らない事でケンカでもしているのだろう。


「マスター、ブドウジュース」

「……お客さん、ここは酒しか置いてなくてねえ。牛乳くらいしか出せるものがないんだよ」


恐らく、金を持っていないと思われたのだろう。

実際、羽振りが良いとは言わないが、普通の11歳と比べられては困る。


「これを見ても同じ事が言えるかい?」

「……オルビア村、用心棒ギルド剣士?」


別に、用心棒は国家資格でもなんでもない。

……ただ、素人連中に比べれば腕が立つというのを証明してくれる程度のものだ。


「ああ……そうかい。じゃあ、その腕を見込んで頼みがある。あのケンカを止めてくれよ……そしたらタダにしてやるよ」


『タダより高いものは無い』って誰かが言っていた気がするが、今の私は喉が渇いている。

あのどう見てもシラフじゃない男2人を黙らせれば、それこそ『ブドウジュース』だって出してくれるだろう。


「この野郎! 今日という今日は!!」

「野郎ぶっ殺してやる!!」


……はぁ、その元気をどこか他の事に活かせば良いのに。

私は、カウンターから席を外して、男2人に近寄った。

目の前の『敵』しか見えてない連中に、私を視認する事は不可能だろう。

ついでに言うと、殺気も気配も消しているし……。


「だ・ま・れ!!」


バクゥっという音が酒場に響き渡る。

私の両の拳が、男2人の鳩尾にクリーンヒットしたからである。


「あう……あう……」


もだえ苦しむ男2人、少しはこれで酔いも覚めただろうか。

まったく、図体ばかりでかくて、もうちょっと鍛えておけ。

私なんか、自称140cmなんだぞ……。


「……で、傍観者ども、こいつらのケンカの原因はなんだ?」


ケンカを止められなかったチキンどもを軽く睨みつける。


「え、えっと……どっちが高い賞金首を取れるかって、それで言い争いになって……」


くだらん! 実にくだらん!

そういう事は、せめて達成してから言う事じゃないのか?


「……用心棒ギルドに登録でもしていれば、そう遠くないうちに依頼が来るだろう?私と違って、男で、背も大きくて、無駄に声もでかいんだからな!」

「あう……あう……」


駄目だこりゃ、この2人じゃ西から太陽が昇っても、いっぱしの用心棒になんかなれやしない。

今後も、この酒場で出来もしない青写真を盛大に語ってケンカの繰り返しだろう。


「これで良いだろう、マスター?」

「……あ、ああ、流石は用心棒稼業をしているだけあるね。言ってくれれば何でも出すよ」


今、何でも出すって言ったよね?


「ブドウジュース」


……その後、マスターは赤ワインを加熱してアルコールを飛ばし、冷却した状態で持ってきたのであった。

客が客なら、店も店だな……。

まあ、『タダ』だったから、文句は言わなかったけど。




形はどうあれ、男2人をぶん殴ったのは事実なので、事が大きくなる前に、依頼人が手配した安宿に向かった。


「ああ、来た来た。ミリア!」

「ふふっ、お腹が空くと帰ってくるタイプって言われませんか?」


……ああ、言われてますとも。

食事と睡眠を妨げる者は、死あるのみ!

特に私は羽振りが良いわけではないので、食事を邪魔する輩は許さない。

安宿の看板を見ると……よく分からない文字が書いてあった。


「トラットリアって読むんだよ、小料理店って意味だ。今日泊まる宿が営業してる所さ。……まあ、道中は干し肉ばっかりだったから、たまにはまともなモノも食べないとな」

「……私、今初めて、あんた達から依頼を受けて良かったと思ってるよ」


ああ、酸っぱい湯気が漂ってきた……。

食べたい、食べたい、何が出てくるか分からないけど、食べたい!!


「というわけで、今日はパスタですよ」

「やったー!」


さらば、干し肉フォーエバー! そして、私はパスタ、君に巡り会えた!

……依頼人も、そこまで裕福ではあるまい。

しかし、剣士・ミリア、出されたモノは残さず食べる!!

意気揚々と、私を先頭に3人は店へと消えていった。

その後、『おかわり』の声が4回店から聞こえてきたとか……。




「あー、食べた食べた……お腹いっぱいだぁ……」


安宿の一室の扉を閉めると、私はベッドに飛び込んだ。

この満腹の状態でウトウト出来るというのは、至高の一時と言えるのではないだろうか。

依頼人達は2人で別室だし、もう肩の力を完全に抜いても良いだろう。

このまま眠ってしまっても良いが、そういえば湯船に浸かっていない。

道中は当然野営だから、入浴など出来るはずがない。

……依頼人が出せる金から考えても、明日にはこのクヒラムを去る事だろう。

つまり、贅沢出来るのは、今この時だけなのだ!


コンコンッ


そんな時、扉をノックする音が聞こえた。


「ミリアさん、起きてますか? 私です」


……ああ、依頼人の女の方か。


「なんだい?ええっと……ミミさん、だっけ?」

「ふふっ、ようやく名前で呼んでくれましたね」


うん、言われるまでもなく、人の名前を覚えるのは苦手なんだ。

用心棒という仕事柄、下手をすると今日の客が明日の敵になる事も無いとは言えない。

たとえば、『荷物が奪われたから取り返してほしい』と依頼を受けたが、実際は『略奪』だったとか。

そういうケースもゼロではなく、金も貰っている以上、無碍にする事も出来ない。

だから、あまり深く依頼人と関わるのは意図的に避けているのだ。

……これは、私以外の用心棒も似たような考えを持っているのではないだろうか。


「カインがお風呂から出ましたので、良かったら一緒にどうです?」

「……ああ、いや、お気持ちは嬉しいんだけど」


依頼人の男の方の名前はカインって言うのか、忘れないようにしておこう……。

ついでに、今知ったというのも、彼女には黙っていよう。


「嫌じゃないかい?私は一応用心棒で、ミミさん達は依頼人だ。いくら女同士と云えど……」

「まあまあ、良いじゃないですか。一緒に行きましょう行きましょう」


……な、なんだ、この有無を言わさぬが如くの勢いは。

その後、浴場で……。


「やっぱり可愛らしい、耳としっぽですね」

「だから嫌だって言ったのにー!!」


依頼人じゃなかったら、斬り殺してた……かも。

まさか、おかわり4回の報復なのかぁ!?



「……すまない、ミリア。ミミが色々と失礼な事をしてしまったね」


浴場から聞こえてきたであろう私の悲痛な叫びが、依頼人の男の方改めカインさんにも聞こえたらしい。

いや、ひょっとするとミミさんの表情から察したのかもしれない。

この2人、年齢は10代前半くらいだが、どうもお互い色々と通じ合ってる所があると言うか、言葉にしなくても意思疎通が出来ているように思えるのだ。


「いや、良いんだ……。私は用心棒だからね、ミミさんが入浴している所を護っていると考えれば、役目を果たしたと言えなくもない」


我ながら苦しい理由を作ったものだ。

ミミさんは、私からニット帽を奪い、ニコニコした目でこちらを見ている。


「正直な話、ミリアしか雇えなかったというのも……ウソなんだ」

「えっ……?」


それなら、もっと他の如何にも強そうな用心棒を選ぶべきだろう。

よっぽど金に困っている輩でもない限り、こんな11歳の実績も無い獣耳剣士を選ぶ理由が無い。


「ミミが……面白そうだからって」

「……それは期待に添えず申し訳ない」


思わずペコリと頭を下げる。

道中は無愛想だったし、結局野盗に襲われたのも1回だけだったし。


「そんな事ないですよ。ミリアさんは、とっても強いですし、可愛いです」


皮肉も込めて言ったつもりだったが、ミミさんには通じなかった。

用心棒になっている時点で、最低限の腕は持っていると判断したのだろう。

そして、この奇抜な外見に興味を持ったと……推測だが、こんな所か。


「はぁ……。カインさん、形はどうあれ私にとって2人は依頼人だ。仕事は最後までキチンとさせてもらう。そして、報酬は頂く。……それで良いだろう?」

「私はミリアさんと、もっと色んな事したいんですけどね」


……こ、こいつは。

あれだけ、私の身体をあれこれ触ったり眺めたりしながら、まだ飽き足りないのか。


「ミリアさん、明日出発する前に服屋に行きませんか? もちろん、報酬とは別で、私が選びますよ」

「……もう好きにして下さい」


キラキラ輝いたミミさんの笑顔の前に……私は屈した。

私は愛玩動物ではなく、用心棒だっていうのに、どうしてこうなった。

……そして、この時の私は気付いていなかった。


『この時、必死に拒んでいなかったのが最大のミスであると』


おかわり4回の代償は、あまりにも高かったのである。

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