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第19話 英雄ミリア

「……ほう、この村で生まれ育った我々に村を捨てろと言うのかね、お嬢ちゃん」


想定の範囲内だが、その言葉の重みは理解している。

だが、時間が無いのも事実だ……このままでは、戦火に彼らは巻き込まれてしまう。


「オルビア村は良い村です、それは私が保障します。……それに、戦いが終われば、もちろん帰郷して頂いて構いません」

「この村で生を受けた以上、この村の土に還るのが道理というものだ。そう簡単に村を捨てれば、この村を守ってきたご先祖様に顔向け出来ぬ……」


やはり、そう簡単に色良い返事はもらえないか……。

だからと言って、私もここで諦めるわけにはいかないんだ。


「……道中が不安ですか?」

「もちろんそれもある。我々は難民となるのだから、当然足取りは鈍く、野盗の襲撃を受ける危険性も高いだろう」


その言葉を聞いた私は、ではこちらをご覧下さいと言って、ソフィアが持っている軍服を村長に見せた。


「これを1000着ほど用意しています。……これならば、軍勢が進軍していると、連中を騙す事が出来ると思いませんか?」

「……そこまでして、我らを守ろうとしているのか。お嬢ちゃん、これで判断させてもらう……わし等にそこまでの事をするのは何故だ」


……依頼ですと言えれば簡単なんだけどな。


「私は、生まれた国も知らなければ、親の顔も知りません。……私と同じ境遇の子供を、後の世に1人でも少なくする、それが私の願いです」


それを聞いた村長は、後の世かと呟き、しばらく考えた末に首を縦に振ってくれたのであった。




「住民の着替えは終わったぞい、軍服なんぞ着るのは初めてじゃが、わしもまだまだ現役で行けそうかのう?」

「……ハハハ」


思わず乾いた笑いが出てしまったが、これで槍の1本でも持てば老兵に見えない事もないか……。

村長の承諾を無事に得る事が出来た後の行動は素早かった。

難色を示す人もいないわけではなかったが、村長が決めた事ならばと、一時的な疎開に納得してくれたようだ。


「この後は、バーバン村にも行かなければなりません。戦火に包まれる前に急ぎましょう」

「ミリア、服が着られなかった幼い子達は、馬車に既に乗り込んでいるわ!」


……よし、これでようやく第一歩だ。

あとは、立派なカカシとなってくれるのを祈るだけだな。


「お嬢ちゃん、ミリアというのか……では、そう呼ばせてもらおう。ミリアよ、バーバン村の村長の説得はわしに任せるが良い」

「……お知り合いなのですか?」


これは好都合だ、話の通じる人がいてくれるのならば、説得に必要な時間が大幅に短縮される事だろう。


「まあ、古い悪友と言った所じゃな。若い頃は、どっちの村の方が優れているのかで、良く言い争いをしたものじゃ」


ニハル村とバーバン村は、古くから物資の交換などで交流があったらしい。

……悪友という所が引っかかったが、多分なんとかしてくれるのだろう。




「てめえ、村を捨てるというのか! それでも村長か!」

「命あっての物種と言うじゃろう。それが分からん程、お前の頭はお花畑か!」


……おいおい、本当に大丈夫なんだろうな。

ニハル村の住民が怪しげな格好をして勢揃いでやってきたので、バーバン村は軽い混乱に陥った。

そこを村長が鎮めてくれたのだが、バーバン村の村長との話し合いは、罵倒の応酬だった。


「な、な、な、なんだとぉ! てめえ、俺が村民の命を蔑ろにする愚か者だって言いたいのか!」

「だったら素直に応じないか。この村が、いつ戦火に巻き込まれるのか分からんのじゃ! もう時間が無いのだから、さっさとしろ!」


てめえに言われなくたってと言い捨てて、バーバン村の村長は村民に疎開を呼びかけた。

……なんというか、道中もケンカするんじゃないかと思うと頭痛を覚えてしまうんだが。


「あはははは! 本当に悪友そのものね、相手の事を良く分かってないと、ここまでは言えないわよ!」


やり取りを聞いていたソフィアが、もう我慢出来ないとばかりに笑いだした。


「ほっほっほ、わしにかかれば朝飯前じゃ。あいつは昔から、見下されるとムキになってしまう所があってのう。まあ、手段を選んでいられないのだから、大いに利用させてもらったわ」

「……ありがとうございます、村長。あとは私達が責任を持って、オルビア村まで護衛させて頂きます」


数刻後、バーバン村の住民も軍服に着替え終わり、カカシ作戦は更にそのハッタリさに磨きがかかっていた。

村の姿を目に焼き付けている住民もいた、これが今生の別れになる可能性だってゼロではないのだから。

私は彼らの気持ちを汲んで、しばし足を止める事にした。


「きゅ、急報! 急いでこの村を離れて下さい、戦闘が本格化しており、戦火に包まれるのは時間の問題です!」

「皆さん、時間がありません、行きますよ!!」


ルフレさんが想定していたよりも、戦火が広がるのが早いな……。

嫌な予感が拭えないが、今は自分の役割を全うするしかない。

なまくらな剣や竹の槍を持った『軍勢』は、ゆっくりと進んでいくのであった。




そして、それから2日後……。


「……ミリア、難しいかもしれないけれど、休憩はこまめに取るべきよ。彼らは私達のように、長旅に慣れているわけではないわ」

「元々、計画自体が無茶の極みだったんだ。オルビア村に到着する頃にはボロボロさ……」


クヒラムの荒野地帯さえ抜ければ、なんとかなるはずだ……どうか、耐えてくれ。


「ミリアさん、前方に誰かいます!」

「な、なにっ!?」


……まさか、斥候!?

だとしたら、これは非常にまずい、そいつの口を塞がなければ計画は頓挫だ!


「あ、あの……カオーリリア軍の人達ですよね? だ、第13歩兵部隊はどこで戦っているのでしょうか……その、仲間とはぐれてしまって」


私とソフィアが駆けつけると、そこにいたのは年端もいかない少女であった。

こんな女の子が兵をしているだって?

カオーリリア王国は、本気で国家総動員でもしようとしているのか。


「……残念だけど、己の不運を!」

「待て、ソフィア! ……君、孤児じゃないかい?」


剣を抜こうとしたソフィアを私は制止した。

私とそこまで年齢の変わらないような少女が戦場にいる理由を考え、私は『明日のパン』の事が脳裏をよぎった。

つまり、食べていくには戦場に出るしかない……そういう事ではないかと。


「は、はい。私にはもう家族も親族もいません、生きる為に兵に志願したんですが、こんな有様では……」

「……どうするの、ミリア」


この子は斬れないな……ならば、取るべき道は1つじゃないか。

私は少女に近付き、こう告げた。


「……君の居場所は私が用意する。だから、私の計画に加担してくれないか?」


そう言って、半ば強引に交易馬車に乗せたのであった。




「は、反乱軍!?」

「……まあ、正式には戦火に包まれるであろう難民を護衛している用心棒なんだけどね」


つまり、このドジっ子は不運にも敵のど真ん中に迷い込んでしまい、私達に拉致されているというわけだ。

……そして、説得している。


「それじゃ、どうしてカオーリリア軍の軍服を着ているんですか? ……私、別働隊だと思って声をかけたんですが」

「……そう見えるのならば、野盗どもはもっと間違えるだろうな。そう、私達は、とんでもないハッタリをしているわけだ」


カカシ作戦の内容を説明し、私はカオーリリア軍の非を強く訴えた。

この子が本気で拒めば、本当に拉致するか斬るしか選択肢が残されていないからだ。

そんな事をする為に、私は用心棒になったわけじゃない。


「……私は元々はクヒラムで兵隊長をしていたから、この国がいかに腐敗しているかは良く知っているわ」

「戦争には加担したくない。だけど、民衆を戦火に巻き込むわけにはいかない。それで、護衛の依頼を引き受けたんだ……」


ルフレさんは、本当は私に最前線で戦ってほしいと言っていた。

だけど、私はそれを即座に拒んだ。

……ならば、この位の事は引き受けなければいけないんだ。


「分かりました……。私は僅かですが、槍の心得があります。身寄りも無い私に居場所をくれると言うのならば、カオーリリア兵はやめます!」

「良かったわ、流石の私でも子供を斬り捨てるような事はしたくないもの。私はソフィア、そしてこっちがミリアね」


何故この子が孤児と分かったのかは、直感としか言い様が無い。

斬り捨てるのは簡単だったかもしれないが、この剣はならず者を倒す事だけに使いたい。

少なくとも、年端もいかない少女を斬る為の剣ではない。


「ミ、ミリア……あなたが、英雄ミリアなんですか!?」

「……な、なんだその、英雄ミリアというのは!」

「1ヶ月くらい前に、民衆の為に犯罪集団を撲滅してくれた人の名前……あなたの事なんですよね!」


……まあ、間違ってはいない。

だけど、英雄なんて望んでもいない。

主戦派は私を戦争に利用したと言っていたが……そういう事か。

私は少女に、犯罪集団を倒したのは自分だと打ち明けた。

そして、私を英雄などと呼ばないでほしいとも付け加えるのであった。


「私の名前は、リアラと言います。年齢は13歳です。昨年までは孤児院にいたのですが……」

「……そのまま孤児院に居続ける事が出来ない事情が出来たという事ね」


私が自称11歳、ソフィアが15歳、ミミさんが16歳……。

そして、新たに仲間となった元カオーリリアの新人兵士だったリアラが13歳。

しかし、1番の年長者のミミさんが1番幼く見えるのは何故だろうか。


「とりあえず、話は決まったから馬車を降りて、もう1度歩き直そう。……良いか、如何にも強そうだと思わせる事が重要だからな」

「は、はい!!」


こうして、私とリアラを先頭に、最後方にソフィアが陣取り、ゆっくりと難民達は『カカシ』となって歩んでいくのであった……。




「……私は捨て駒だったのでしょうか。周囲に変わった者がいないかを命じられて調査を行って、戻ったら誰もいなくなってて」

「リアラ、それはもう過去の事だ。この戦争、どちらが勝とうとも、私のする事は変わらない。彼らをオルビア村まで護衛しないといけないんだ」


カオーリリア王国の腐敗は極まれりと言った所か……。

志願兵と云えど、リアラに対してこの扱いはあんまりだ。

ルフレさん、こんな輩に負けないでくれよ。


「ミリア、多少無茶をすればカデイラ村に到着出来るかもしれないが、どうするんだい?」

「夜になれば、私達の姿は月明かりしか照らさない。もちろん行動あるのみだ!」


後ろを振り返ると、既に息の上がっている老人も目立つ……。

脱落者を出すわけにはいかない、そして歩みを止めるわけにもいかない、なんて難しい舵取りなんだ。

こうして、私達は難民達に無茶な行軍を要求し、ボロボロになりながらもカデイラ村へと到着したのであった。

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