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第17話 苦楽を共に

「クヒラムで、本隊と合流します。流石に、全軍を率いてオルビア村に行くには人数が多すぎますので」


ニモランの兵隊長だったルフレさんは、間もなくクヒラムに到着する頃にそう言った。

……カオーリリア王国の現状に憎しみを持つ人間が、まだまだいるのか。

賊を討伐し民を救う事で自らの存在意義を見出していたソフィアが兵士のままだったら、この計画に首を縦に振っただろうか。

いや、そんな事を考えても仕方ないな……。




戦争で1番多い死因は、もちろん戦いによる戦死だが、肉体や精神を蝕まれ病死してしまう人も少なくはないらしい。

皮肉な事に、死への恐怖に我を失った人達が本来であれば仲間であるはずの味方の兵によって死に至らされる事も……。

それだけ、戦争というのは私の想像を超えた次元で恐ろしいものなのだろう。

しかし、どうしても会話で解決出来ない事が世の中にはある。

そういう時に、人は剣と盾を持ち、己の理想を成し遂げんが為に血を流し合うのだ。


「…………」


私は、まだ1度も人を斬っていない新しい相棒である剣を抜いて、それを見つめていた。

生きる糧である剣は確かに重要な存在だ。

……だが、武器というのは例外なく攻撃する為に存在している。

剣で斬られれば、弓で射られれば、槍で貫かれれば……人は傷を負い、そして死ぬ。


「素晴らしい剣ですね……プラチナが惜しみなく使われているのが私にも分かります」


ルフレさんが、半ば瞑想に近いような状態になっていた私に声をかける。

私はハッと我に帰り、こんな所で剣を抜いてしまった事を素直に詑びた。

状況が状況だ、私が強引にでも彼女を斬り捨て脱出を試みていると思われても無理はないからだ。


「大丈夫です、貴女がそういう事をしない人だというのは、この道中で分かりましたから」


そう、私は罪も無い人に剣を振るうなど、到底出来ない。

それでは、賊や野盗と何も変わらないではないか。

そんな事は、用心棒としての誇りが……いや、1人の人間として許されない事である。


「猫を崇めても良い事なんて無いさ。気まぐれだし、いつも寝てるし、自分に素直過ぎるからな……」

「あら、自分で猫って言ってしまうんですね」


私は、この旅が始まって初めて一瞬であるが笑みを浮かべた。

……これから、この人達は戦争をしようとしているというのに。




「一体、合計でどれだけの兵がいるんだ……?」


万は軽く超えるであろう兵が、私を馬車に乗せて進軍している。

オルビア村まで来た兵は、ほんの一部だったのだ。

確かに、道中に至る街や村は、今回のクーデターに賛成の立場だとは聞いたが、こうも簡単に禄を貰っていたであろう国を裏切る事が出来るのだろうか。


「これでも、現地に駐屯させた腹心に、性根から腐りきった人間からは職を剥奪させたのです。心配には及びません、彼らは間違いなく同志です」


私は事の重大さを改めて認識せざるを得なかった。

国1つ滅ぼそうとしているのだから、この計画は内密にかつ勝算が無ければ実行出来ないだろう。

そして、カオーリリア王国とレナス王国が戦争となった事で、その好機が遂にやってきたのだ。

皮肉な事に、そのトリガーを引いてしまったのは他でもない私なのだが。


「……サーカス団による強盗事件は、ニモランの民衆も既に知っています。真実を知った民衆は、貴女を英雄と讃えています」

「寒気がするよ、私はプラチナの鉱物を買いたくて、その結果、犯罪集団を倒しただけなんだから……褒められるような事じゃない」


それは謙遜ですよ、とルフレさんは言った。

いや、それでも、少なくとも私は英雄になりたくてあんな事をしたわけじゃない。

本当にこの剣を作るのに必要な鉱物や、カインさんやミミさんの店がより繁盛するように貴金属を欲していただけなのだから。

だから、私は英雄なんかじゃない……。


「猫は、陽当たりの良い場所で思う存分眠っているのがお似合いさ……。名誉で腹は満たされない、必要なのは明日生きる為に必要なパンだ」

「……確かに、どんな素晴らしい演説をして民衆を鼓舞したとしても、食べ物が無ければ意味はありません。貴女の言う通りです」


そう、軍人はともかく、民衆は安定した暮らしを求めている。

それが例え独裁者であったとしても、餓死するよりは遥かにマシであり、カオーリリア王国であろうと反乱軍であろうと、どちらでも構わないはずだ。

そして、戦争がしたいなら、自分達を巻き込まないように勝手にやってくれと思うだろう。


「さて、少し難しい話をしますが、カオーリリア王国は絶対君主制です。つまり、王の命があれば、如何なる法があろうと止める事が出来ない。王が全てなのです」

「……それで?」


現在の王は無能だから首をすげ替えようとしているのだろうから、新たな王が必要になったのだろう。

……権力を1度握った者が、そう簡単に手放すものか。


「はっきり言ってしまえば、王に罪はありません。無理もない事です、何故なら今の王は貴女と同じくらいの年齢なのですから、側近達の傀儡となっているのです」

「……それはどうかな、罪が無いとは言い切れない」


現に、こうやって恐らく11歳の私を利用しようとしている者達がここにいるのだから、カオーリリア王国の王だって、そろそろ物事が分かってくるはずだ。

そして、絶対君主制ならば腐ったミカンが伝染しないように手を打てるだけの権力は持っているだろう。


「そうですか、貴女がそう言うのならば、そうなのかもしれません。ですが、その傀儡である王を利用している輩が跋扈しているのも事実なのです」


だからこそ、聡明な王を欲していると……。

このクーデターが成功したら、幼き王はどうなってしまうのだろうか。


「結論から言ってしまえば、腐った輩さえ屠ってしまえば、王はそのままでも構わないのです。ただし、立憲君主制となり、我々によって教育を受けてもらう事になりますが」


立憲君主制とは、王と云えど法を守らなければいけない国であり、法を無視して好き勝手出来るわけではないという事だ。

独裁が全て悪いとは言わないが、物事は多くの有識者達によって議論の末に決めるのは良い事だろう。

王は、その議論をする者達の代表というわけだ。


「察しの良い貴女なら分かっているかもしれませんが、我々に与えられた時間はそこまで長くありません。我々の動きを知って、レナス王国と和睦し、全軍を向けてくる危険性もあります」

「……そうなったら、勝ち目は無いと」


ただでさえ、数だけならば劣勢なのに、そこに戦争をして動けないはずの連中が取って返して加わっては戦いにならないというわけだ。

……つまり、これは電撃戦という事か。

狭い戦場で身動きの鈍ったカオーリリア王国軍を、機動力に優れた反乱軍が殲滅する。

そして、一気にニモランを制圧して、レナス王国との戦争で釘付けになっている連中は戻る場所を失う。

新王国かレナス王国、好きな方に降伏しろという事だ。




「…………」


あと数日で戦場予定地に到着する。

少し気持ちに余裕が出てきたのか、食事の味くらいは分かるようになった。

みんなが眠りについた頃……。


「お、おい! そこの馬車止まれ、ここから先は通さないぞ!!」

「だったら、今すぐにミリアに会わせなさい!!」


……そ、その声は!!


「ソフィア!!」

「ミリア、良かった……何もされてないわよね!?」


私の後を追いかけてきてくれたのか、ソフィア……。


「やあ、ミリア。私達に何も言わずに村を出ていくなんて酷いじゃないか」

「そうですよ、仲間なんですから、こんな重大な事をしようとしているなら声くらいかけて下さい」


カインさんとミミさんまで来てくれたのか。


「……ごめん、みんな。巻き込みたくなかったんだ、こんな事に。せっかくオルビア村で平和な日々を過ごしていたのに、それを壊すような事はしたくなかったんだ」

「そこにミリアがいないなら、何の意味も無いわよ! 迷惑かけたって良いの、こんな事をミリア1人に押し付けて村で平気な顔を出来る程、私は薄情な人間じゃないわよ!」


……その言葉は厳しくも、とても優しかった。

この軍勢が反乱軍である事も、そして私が加担させられている事も、全て知った上で苦労を共にしてくれると言うのだから。


「私は商人ですが、儲けにならない旅だって平気でしますよ。だって、ミリアさんがいるんですから」

「そうだね、ミリアには本当に借りだらけだったから、そろそろ返す機会が欲しかった所だ」


ああ、この人達は仲間だ……万の軍勢よりも遥かに頼もしい仲間だ。


「……どうやら、私の副官に強引に口を割らせたようですね」

「当たり前よ。平和が自慢のオルビア村にあんなに兵を向かわせて……だったら、私達も連れて行くのが筋ってものでしょう!?」


やはり、というか当然と言うべきだろうか、ソフィアはルフレさんに対してかなり怒っていた。

私を事実上の強制連行したのは事実であり、本気で拒めば村を滅ぼすと脅迫までしていたのだから。


「とりあえず、もう深夜です。……貴女方が、ミリアさんに同行するのは許可しますが、詳しい話は明朝でも宜しいですか?」

「……分かったわ」


その後、私は仲間達に囲まれて、穏やかな眠りについたのであった……。

私は幸せ者だ、本当に本当に幸せ者だ。

どんなに大変な事があっても辛い事が待ち受けていようとも、仲間がいればきっと乗り越えられる、きっときっと……。

その夜、私はまた夢を見た。

……一匹の猫が、飼い主の為に魚を口に加えて家に帰ってきた。

飼い主は、その猫の頭を撫でたが、魚は全て猫にあげてしまった。

そう、飼い主はこう言うのであった『お前は、私と一緒にいてくれるだけで十分なんだよ。だって家族じゃないか』と……。

その猫の顔は、幸せで満ち溢れていた。

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