第15話 美味い話の裏側
「い、いらっしゃいませ~! カフェ”ソフィア”にようこそ!」
遂に開店日を迎えた、『カフェ”ソフィア”』に、経験が無く初々しい声が響き渡る。
それも無理の無い話であり、やってきた多くの客の表情も微笑ましい。
……だが、これには1つだけ、私にとって決定的な問題がある。
何故なら、その声を出しているのが……ソフィアじゃなくて、私だからだ!!!
その前日……。
「へえ、僅かな期間で結構な店に仕上げたじゃないか」
開店準備を完了した『カフェ”ソフィア”』に依頼を受けて足を運んだ私は、思ったよりもずっと本格的な店になっていた事に驚きを隠せなかった。
テーブルを10席用意してあり、それぞれに椅子が4脚。
単純計算すると、同時に40人までなら順番待ちをしなくても、食事を楽しめるという事になる。
「ふっふっふ、驚いたでしょ。家具職人さんから、安く譲ってもらったのよ!」
いつの間に、そんな人脈を築いていたのだろうか。
エプロン姿のソフィアが、自慢の店よと言わんばかりの表情で厨房から出てきた。
……意外と似合ってるな、狂剣士さん。
「まあ、とりあえず試食をすれば良いんだろう? お腹は空かせてきたから、早く食べさせてくれよ」
「はいはい、慌てない慌てない。そこで座って待っていなさい」
再び厨房に消えると、ソフィアが手際良く料理をしているのが良く分かる。
まあ、店を出すくらいなのだから、それなりの腕は持っていると分かったが、ミミさんに負けず劣らずと言った所だろうか。
……あの人は人妻だからな、子供にしか見えないけど。
干し肉ばかり保存が効くからって押し付ける事もあるが、それでも腹を満たせるレベルに仕上げる腕を彼女は持っている。
「結構色んな所を回ったのよ。顔も売っておけば宣伝にもなるし、今後も材料の仕入先としてお世話になるからね」
「……そっちの世界も色々と手間がかかるんだな」
そして、10分後に出てきたのは、パン、ゆで卵、サラダ、ハッシュポテトと言った、シンプルだけど朝食には丁度良いメニューだった。
そこに、自称『ソフィアさんが苦労に苦労を重ねて、ようやく見つけた自慢の豆を贅沢に使ったコーヒー』とやらが出てきた。
メニューは、それだけなのよと付け加えて。
「紅茶も良い茶葉を探してるんだけど、なかなか理想の物が見つからなくてね……」
「……とりあえず、ミルクと砂糖を準備してくれよ。私は、そのままのコーヒーは苦くて飲めないんだ」
やっぱりまだまだ子供ねと笑いながら、ソフィアは三度厨房へと消えていった。
うるさい、苦いものは苦いんだ!
とりあえず、トーストを口に入れてみる。
「美味いな、マーガリンが良い味を出してて、食が進みそうだ」
その後も、全ての料理を一気に食べたが味に文句は無し。
これなら、お客さんも納得してお金を払う事だろう。
『レギュラーモーニング 250シルバー』
なるほどね、明日の朝は多くの村人が足を運ぶはずだ。
……しかし、これ程の店をソフィアは厨房も兼ねて1人で回すのか。
安定収入を捨てた立場とは云えど、これはかなりの激務だろう。
「ごちそうさま、美味しかったよ。これなら大丈夫だろう」
「それは良かったわ。それじゃ、サインをお願いね。依頼完了という事で、ギルド長さんに渡してほしいわ」
ミルクと砂糖と一緒に、書類とペンを持ってきたソフィア。
……わざわざ律儀な事で。
基本的に、私達用心棒は終了と同時に、その場で報酬を貰っているからな。
契約によっては、前金を貰ったり成功報酬が追加されたりするが、基本的に用心棒ギルド自体は依頼を受けた時点で、一定の手数料を受け取り、それで食い繋いでいるわけだ。
まあ、こんな田舎だから、あの中年セクハラギルド長も、そこまで羽振りが良いわけではないのだが。
私は、さっさとサインを済ませ、再び用心棒ギルドに戻ろうとする。
……しかし、ソフィアは何故か私の腕を掴む。
「ふふふ、明日からよろしくね、ミリア」
「……は?」
何を言われているのか分からない私に、ソフィアは『契約書を良く読んでみなさい』と告げた。
そして、サインをする時に紙がずれないように支えていたであろう部分にはこう書かれていた。
『なお、料理を食べた場合は、明日から従業員として働く事とする』
「な、なんだこりゃああああああああ!!!」
「そりゃそうでしょ、これ程の広い店が私1人で回せるわけないじゃない。どうせ依頼が来ない時は、惰眠を貪っているんでしょ?少しは働きなさい」
否! 断じて否!!!
しかし、この世の中は契約社会であり、私の退路は既に断たれていた。
「いやいやいや、私にはギルドの雑用があるから……」
「ああ、もう既にギルド長から許可はもらったから」
そう言うと、ソフィアは既に私が着用するであろうエプロンを用意していたのであった。
うまい話には、あまりにも過酷なウラが用意されていた。
「接客の基本は、明るく元気によ! いらっしゃいませ!」
「……いらっしゃいませ」
ダメだ、どんどん気が滅入ってくる。
カインさんミミさん、どこか遠くの街に交易の旅に行きませんか?
こんな店の業務なんて放り投げて……誰も知らないような未開の地でも一向に構わないから。
「ちなみに、しばらくの間は営業は朝だけなのよ」
「あれ、そうなのか?」
どうやら、本来はランチも考えていたようだが、こんな片田舎では良い仕入先がなかなか見つからないらしい。
パンや卵は用意出来ても、他の材料はもっと徹底的に村を巡る必要があるとソフィアは考えているようだ。
「それなら、私に任せて下さい。こう見ても、一応は商人ですから」
「ミミさん?」
そんな状況で現れたのは、店が大忙しのはずのミミさんだった。
どうやら、一方的に休憩を要求して店の様子を見に来たらしい。
「ふふっ、エプロン姿のミリアさんも可愛いですね。……考えましたね、ソフィアさん」
「ええ、これで毎朝ミリアを看板娘として売り出す事が出来ますよ」
冗談なのか本気なのかは分からないけれど、ミミさんはこう言った。
本来ならば、『ショップ”ミミ”』の店員になってもらおうと思っていたんですが先を越されましたね、と。
まったくどいつもこいつも、私をなんだと思っているんだ!
……なお、その日の夢見は最悪であった。
そして、悪夢は現実であり、ほっぺたを軽くつねると当然痛みを覚え、これが現実である事を嫌でも実感した。
気合が入りまくっているソフィアと、今にも気力が皆無になりそうな私がいた。
私の仕事はホール業務全般。
つまり、ソフィアは厨房に専念するので、注文から配膳、会計、清掃などなど、私に託された業務はあまりにも多かった。
「まあ、やってみれば何とかなるわよ。大丈夫大丈夫、3日で慣れるって」
「……その根拠はどこから来るんだよ」
仕込みのゆで卵の様子を見ながら、ソフィアは厨房から私に声かけた。
そして、準備が出来ると同時に『CLOSE』の看板を『OPEN』にひっくり返したのであった。
驚く事に、開店前から相当な人数が物珍しさなのか、ソフィア目当てなのか分からないが、ずっと列を作って待っていたのであった。
「い、いらっしゃいませ! 開店です!!」
そこへサプライズも同然で現れた、エプロン姿の私。
……村民達のボルテージは、更に上昇していくのであった。
4時間後……。
「つ、疲れたああああ……」
そこには真っ白な灰になりそうな勢いでボロボロになった私がいた。
なにこれ、毎日やるの? ……冗談キツイよ。
「はい、お疲れ様。お腹空いてるでしょ、まかない作るわよ」
朝食だけの営業を終えた『カフェ”ソフィア』は、静寂に包まれていたが、つい数分前までは激務と言っても過言ではない有様だった。
私が店員をしているという噂が速攻で村を駆け巡り、ソフィアの予想ですら遥かに上回る来客数を達成したのだ。
そして、多くの客が1日でも早くランチタイムも営業してほしいと希望していた。
「レギュラーモーニングと、ミルクと砂糖たっぷりのコーヒーよ」
「……客に出してるのと同じじゃないかよ」
それでも、兵士の仕事に失望して店を始めたとはとても思えない程、ソフィアの顔は活力で漲っていた。
……心の底から、新しい人生を楽しんでいるのが良く分かる。
「とりあえず、クロージング作業が終わったら、私はミミさんの店に行くわ」
「そうかい、それじゃ私は寮で二度寝させてもらうよ……」
はあ、せめてもう1人店員がいれば、多少は楽になるんだけどなぁ……。
無いものねだりは出来ないが、そう思わずにはいられない。
結局、その後1ヶ月程、私は喫茶店のホール業務に専念する事になってしまったのだ。
私を指名したい依頼人からは、『何故ミリアを指名出来ないんだ』という声が日に日に大きくなっているらしいが、どうやらギルド長が握りつぶしているらしい。
……同盟でも結んだのか?
どちらにせよ、私の休みは休業日だけであり、具体的に言えば7日のうち1日だけだ。
それ以外は、たくさんの給料をもらわないと割に合わないくらいの仕事をしていた。
だが、その時の私は気付いていなかったのだ。
……それが、如何に恵まれた日々であったかを。
「依頼内容ですら、ミリアにしか話せないような依頼を、ギルド長の俺が承諾出来るわけないだろう!」
「……それは私の話を聞いてミリアさんが決める事です」
私が喫茶店の仕事から戻ると、ギルド長が珍しく声を荒げていた。
まあ、タチの悪い依頼人でも来てるんだろう、時々あるんだよな、そういう事。
1秒でも早く眠りたい私は、さっさと寮に戻ろうとした。
そこに、私の姿を確認したであろう厄介な依頼人が進路を塞いだのであった。
「……疲れてるから眠りたいんだけど」
「ミリアさん、貴女にとても重要な依頼があります」
私はギルド長を通してくれと言って、部屋に戻ろうとしたが、意地でも通すものかと云わんばかりに妨害をしてくる。
仕事で疲れている所を、話の通じない厄介な依頼人に執拗に邪魔されてる所を想像してほしい。
冗談抜きで泣けてくるんだが……。