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第11話 主戦派の英雄

「それでは、単刀直入にお伺いします。……貴女は、一体何者なんですか?」

「はっ……?」


その質問は、私の想定していた範囲の完全に斜め上を行くものであった。

……これでは、まるで証言ではなく、弁解の機会を与えられてるような状況ではないか。


私とソフィアは、事件の翌日に王城の一室に案内され、何故か別々の部屋で今回の事の顛末を話す事になった。

そして、開口一番にこんな事を言われたのである。

……私のした事は、少なくとも罪に問われるような事は何もないはずだ。


「貴女のその耳と尻尾。それを見れば、貴女が普通の人間ではない事は分かります。……何故、このニモランに来たのですか?」

「……私はオルビア村の用心棒ギルドと契約してる剣士だよ、それ以外の何者でもない」


それよりも、今回の事を説明したいんだけど、と付け加えたが、そんな事はどうでもいいと云わんばかりの扱いである。

確かに、私には獣耳もあれば尻尾もある。だけど、それ以外は何も変わった所は無いはずだ。

少なくとも、それだけで異物を扱うような事をされる覚えはないし、そうだとしたら不快以外の感情を覚える事は到底出来ない。


「私の質問に答えて頂けませんか?それによっては、こちらの対応も変えなければいけませんが……」

「だから、私は用心棒で、交易商人を護衛する為に仕事として、このニモランに来たんだ。少なくとも、悪い事をする為に足を運んだ覚えは無い」


……この中年に近い男、まさか尋問官なのか?

私の奇怪な外見と、少なくとも兵を動かすほどの事件に関わってしまった事を非難しようとしてるのか。


「……いえ、そういう意味ではありません。我らが知る限り、その様な獣耳と尻尾のある人間が存在しているなど聞いた事がありません。だから、何者かと聞いているのです」


なるほど、そういう事か……。

つまり、この男は『人間以外を称賛するつもりはない』という事だ。

……そして、私は人間扱いされていない、と。


「自分が何者かなんて、完全に理解出来ている人間なんているのか?哲学みたいな話になるが、私は自分自身の事が良く分かっていないんだ」

「つまり、どこの国のどこの街の出身かも分からないと……?」


なぜ、この人はそこまで執拗になる必要があるんだ。

……私がどこの国から流れてきたかも言えない氏素性の知れない者だとしても、それは今回の件とは関係無いはずだ。


”兵士なんて点数を稼ぎたい連中ばっかりよ”


ふと、クヒラムで聞いたソフィアの言葉が脳裏をよぎる。

……この中年男も同じだと言うのか?


「その通りだ。私が逆に知りたいくらいだ、私の親兄弟、いや一族の誰でも良い。こんな獣耳と尻尾のある連中が、どこにいるのかをね」


それは本心である。

もし、私と同じような獣耳と尻尾を持つ一族がいるのならば、会ってみたい。

そして、教えてほしい。

……私は一体、何者なのかと。


「どうだ、何か分かったか」

「はっ!……どうも、この少女は自分自身の事が分からないと、シラを切っておりまして」


中年男の更に上官が来たのか、敬礼をすると状況を『私がすっとぼけてる』かの様な扱いで報告した。

それを聞いた、壮年の男は代わるように椅子に座って、私と対面した。


「……若いな、年齢は?」

「春が来る度に1つ増やしているから、今年で多分11歳……」


今度の相手は、もう少しは話の通じる相手であってほしい。

そして、ソフィアの方は大丈夫なのだろうか。


「おい、お前は下がっていてくれ」

「はっ!」


……上官と思われる男は、中年男を部屋から退出させた。

褒美にありつけるとすら思って私の期待を大きく裏切ってくれた一室に、重苦しい空気が漂う。


「今回の件は、確かに国としては君に感謝をしなければならないのだろう。……しかし、これで口実が出来てしまった」

「……どういう事です?」


壮年の男は、腕を組んで、目を閉じてこう言った。


「レナス王国に対する戦争目的の正当化だよ……。君達の行動は、主戦派の背中を強く押してしまったんだ」

「ちょ、ちょっと待ってくれ!それじゃ、あんた達は私が戦乱の世を望んで、こんな事をしたとでも思っているのか!?」


確かに、レナス王国に対する感情は更に悪化したのは間違いないだろう。

……しかし、今回の件を食い止めなかったら、このニモランは真綿でゆっくりと首を絞められ続けるような状態が続く事になったというのに。


「君の氏素性が知れない以上、第3の組織が戦争を引き起こして、両倒れを望んでいると考える者が出てくるのも仕方のない事だろう。……特に、我々反戦派はな」


それに君としても、世が乱れていた方が、用心棒としての仕事が増えて好都合なのではないか、という皮肉のおまけ付きだ。

心外にも程がある。私が用心棒をしていたのは、それしか生きる道が無かったからだ。

それ以外で、他に何も出来ないであろう私が生きる道があるのならば、私は躊躇いなく剣を捨てるであろう。


「……まあ良い、まだ戦争になると決まったわけではないからな。とりあえず、今回の件はご苦労であったとは言っておこう。国としても、30万シルバーの報奨金を出すと先程決まった」


主戦派からの差し入れだよ、とまたしても皮肉を忘れずに。

……こいつら、ニモランに来る交易商人など、どうなっても構わないというのか?


「有り難く頂戴します。これで欲しかった物も買う事が出来るでしょう。……それさえ手に入れば、即座にニモランを離れますよ」

「……もう少し嬉しそうな顔をしてくれると、渡す側としても気分が良いのだがね。国が出す金というのは、国民の血税の一部なのだから」


まるで、自分の給料が減ったかのような言い方だ……。

結局、事情聴取なのか尋問なのか分からないような話し合いは、半ば物別れに終わってしまった。

腐ってやがる……私は背を向けると、苦虫を噛み潰したような表情で部屋を出たのであった。




「……これで分かったでしょ、この国の兵は腐りきっているわ」


先に事情聴取が終わったであろうソフィアが私を待っていた。

そして、私の表情を見て大体の事情は察したようだ。


「どうやら、私は第3国による戦争扇動家だと思われているようだ。……つまり、スパイって事さ」


30万シルバーが入っているであろう金貨袋を机の上に置いて、私は深くため息をついた。

つまり、この汚れた金は退去費用と言っても過言ではないだろう。

……もし、私がニモラン在住だとしたら、これは事実上の所払いだ。


「私も色々と言われたわ。……クヒラムの兵としての任務を全うせずに、何故こんな事をしたのか、とか」


ソフィアは、こんな腐りきった組織で1年もの間耐えていたのだ。

今更ではあるが、『安定した腐っている職』を捨てたがっているのも、ようやく理解出来た。

……そして、私は呟いた。


「……戦争になるのかな」


私の犯罪組織に対する怒りが、主戦派の導火線に火を点けたというのは、計算外にも程がある。

反戦派からすれば、確かに都合の悪い事ではあるだろう。

だが、レナス王国が裏から工作していたなんて、こんな腐りきった連中が気付いていたとは到底思えない。


「ミリア、嫌な話をするけれど、世の中には戦争をしてくれた方が儲かるから、常に戦争であってほしいと願っている輩もいないわけじゃないの」

「……嫌な商売だな」


武器や防具を扱う店だって例外じゃないわ、とソフィアは付け加えた。


「ただでさえ野盗や賊で乱れた世なのに、それで戦争なんかになったら、腕利きの用心棒は報奨金目当てで徴兵に応じて戦地に赴くかもしれないわ。つまり、更に人材不足になるという事よ」


それは、1人の用心棒としては仕事が増えて追い風かもしれないが、平穏を望む者としては最悪の状況だ。

……私は戦争なんて望んでない、オルビア村で僅かばかりの安い契約金で、平凡な用心棒として生きていられれば、それで良いんだ。

追い打ちとばかりに、兵舎に用意された一室から去る時に、私の獣耳にこんな言葉がかすかに聞こえたのであった。


「……あの子は英雄さ、我々としてはね」


その言葉は、今の私にとっては不快でしかなかった。

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