第1話 契約金6000シルバー
「あんなヤツ、本当に使えるのか?」
「仕方ないですよ、私達の手持ちで依頼出来るのは、あの人だけだったんですから」
……やれやれ、我ながら選んだ仕事を間違えたかもしれない。
夢の世界の住人になっていた私は、不満を漏らした戯言でゆっくりと重い瞼を開けつつあった。
前方には馬車を巧みに操っている御者が1人……そして、その後部座席にもう1人。
そして、『依頼人』のメシの種である交易品がずらりと荷車に載っている。
「……ふあ〜あ」
片田舎のオルビア村から出発して、今日で3日目。
そして、私はその片田舎の『用心棒ギルド』と契約をしている剣士なのだ。
契約金は6000シルバー。
具体的に言えば、それだけでは安い民宿に2泊出来るかも怪しいレベルだ。
……まあ、実績が無いから仕方ないのだが。
「あー、お客様、文句があるなら、今ここで契約破棄しても良いんだよ?もちろん、前金はもちろんそのままで、成功報酬も頂くけどな」
「……こんな荒野で契約破棄なんて出来るか、野盗に襲ってくれと言ってるようなもんだ」
そりゃそうだ、これだけの荷を背負って走ってる馬車を襲わない理由を探す方が難しい。
……現に、さっきから私の獣耳に。
「おい、止めろ」
私が声をかけると、素直に馬車は止まった。
用心棒が馬車を止めるなんて理由はひとつだ、近くに『招かれざる客』いるという事だ。
「……どこにもいないじゃないか」
「その様ですね」
依頼主の緊張が徐々に緩んでいく。
……しかし、そこが1番危ない時なのだ。
「そこだっ!!」
私は腰に仕込んでおいたナイフを右前方の樹に投げつける。
その直後、黒い影が素早く動き口笛を鳴らす。
「……どうやら、当たりのようだな」
四方八方から、如何にもそうな曲刀を持った野盗が5人……いや、6人いるな。
剣を抜き、前に突き出して野盗どもに大声で告げる。
「死にたくなかったら、ここから失せろ!」
しかし野盗にとっては目の前にご馳走がいるのに、そんな言葉で『はい、分かりました』と応じるはずがない。
商人が物を売買して生計を立てているのと同じように、野盗は物を盗む事で、それを金に変えるなり、食べるなりして生計を立てているのだ。
「へっへっへ……嬢ちゃん、随分と勇ましいじゃねえか」
……ああ、こいつらはザコだ。
私は半ば失望に近い感情を抱いた。
何故なら、相手の力量を推し量るのも……。
「せいっ!!」
それも実力のうちだからだ。
「……なっ」
10メートルくらいの間合いを一瞬で詰め、野盗の右肩から左腰まで一気に切り捨てる。
そして物事が理解出来ないうちに、私を『嬢ちゃん』などと見下した野盗は……意識を失った。
他の野盗どもが後退りするのを確認した。
……どうやら、れっきとした実力差を理解したらしい。
「どうする、まだやるのか!」
私は絶命したと思われる野盗を踏んづけ、他の5人の野盗に呼びかけた。
これで終わってくれれば、仕事としては楽なんだがなあ……。
「お、覚えてろ!」
これまた見事な捨て台詞だ……。
骸と化したであろう仲間の事など忘れたかのように一目散に去っていった。
「おい、お客様、こいつの首はいくらか金になるのか?」
ニヤリとした表情をして、あわよくば少しでも報酬を上げてもらおうと目論んだ。
野盗にも当然強い野盗もいれば弱い野盗もいる。
それなりの、賞金首だっているはずだ。
「……それは分からないな」
「100シルバーにもならないでしょう」
意外と冷静な返答をされてしまい、私は今日の晩飯も干し肉に変わりは無い事を確信した。
危険が無くなったと判断し、荷車で再び夢の住人になろうとした時に馬車の御者が声をかけてきた。
「しかし、あんた意外と強いんだな……えっと、ミリアだったか?」
……そう、それが私の名前だ。
オルビア村用心棒ギルドの新人剣士・ミリア。
氏素性の知れない私を用心棒として登録してくれたのが、片田舎のオルビア村しかなかったのだ。
年齢は……春が来る度に1つ増やしているので、恐らく今年で11歳。
「さっきの言葉、聞いてましたか? 貴女に6000シルバーは安すぎかもしれませんね」
手のひら返し……。いや、悪い気はするまい。
このまま用心棒としての仕事をキチンと終えれば、それは私の実績となり、契約金が上がっていくのだから。
「そうでも言うのならば、晩飯にステーキでも所望しようじゃないか」
あの肉汁を想像するだけで、口の中の唾液が増えるのを感じる……。
……保存用の干し肉とは違い、さぞかし美味しい事だろう。
「なら、契約金は2000シルバーに減らさせて頂きますね」
……こいつめ。
目の前でニコニコしている女……恐らく、私とそこまで年齢は変わらないだろう。
意外と冷静で、意外と計算高く、意外と妥協しない。
「分かった分かった、腹が満たせれれば何でも良いよ……」
ステーキ1枚で、4000シルバーも減らされてはたまったもんじゃない。
「残念だが、今日は野営じゃない。クヒラムの安宿で一泊してもらうつもりだ。……まあ、用心棒さんがご所望とあらば、1人で野営しても私は構わないがね」
どうやら、往路は今日で終わりらしい。
あまりに無防備そうに見える交易馬車が、野盗に襲撃されたのが1回なら運が良い方だろう。
大体、オルビアなんて田舎から、クヒラムに至るまでの道が安全だという保障がどこにあるのだ。
……まあ、だからオルビアにも用心棒ギルドが存在しているわけだが。
「しかし、依頼主に荷物の中身を聞くのはマナー違反だろうから聞かないが、わざわざクヒラムまで馬車を走らせてまで取引しないといけないとは、世知辛いねえ」
「……まあ、だからこそ、あんたの様な用心棒を雇って、『わざわざ』クヒラムまで行くのさ」
商人というのも、想像以上に楽な仕事ではないらしい。
「復路も荷物だらけですよ。不足している医薬品を仕入れて、それをオルビア村で売れば大儲けなんですから」
その大儲けに私が欠片もありつけるとは思えないが、どうやら依頼主には依頼主なりのビジネスチャンスがあるらしい。
そんなこんなで、陽が傾きかける頃にクヒラムに到着した。
門番の兵に『お役目ご苦労』とでも労いの言葉をかければ良かったかもしれないが、下手に目立って依頼人の仕事の邪魔になっても悪いので、荷車で寝っ転がりながら、順番を待った。
「オルビア村からか……。珍しい所から交易に来たんだな」
「ああ、道中で1度だけ襲われたけどな……。大事無い」
……その1度だけを片付けたのは私だっての。
御者の対応は、『この程度』という感じがして些か不快である。
「……分かった、上に報告しておこう。通って良し」
門番の兵が、野盗のアジトに乗り込む事は間違っても無いだろう。
せいぜい『良からぬ輩』が、街に入らないように検問を強化するくらいだろう。
過度な期待はしてないし、仕事をされすぎると、私達の仕事が減るのでな……まあ、適度に仕事をしてほしい。
「街の中に入れば、流石に野盗もいないだろう。ミリア、夜はこの宿を使ってくれ。晩飯もそこにある。私達は仕事をしてくるから、好きにしてくれて構わない」
「そうかい、それじゃ、ちょっとばかり羽根を伸ばすとするかな……」
警戒の必要が無くなったので、私は紺色のニット帽をかぶり、街をふらつく事にした。
……そう、私の耳は何故か猫のような獣耳をしているのだ。
だから氏素性が知れない上に、奇怪な外見も手伝って、大都市では用心棒ギルドとの契約が結べなかったのだ。
実際、このクヒラムに来たのだって初めてではない。
契約を試みて、実力も示し、そして追い返されたのだ。
「こんな耳さえ無ければ、私も今頃は名の知れた剣士だったのかもしれないのになあ……」
はぁっとため息をついて、近くの酒場に足を運んだ。
中に入ると……そこは一言で表すと荒れていた。
やれやれ、ニット帽を外していれば、この耳で酒場が危険だって事くらい分かったのに。
獣耳があった方が良いのか、無い方が良いのか。
こんな乱れた世の中で、それに結論を出すのには時間がかかりそうだ……。