表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
9/48

探したのはこの場所で - 09

 声の方向に振り向いて、眼を見開く。


 ――そこには、彼女がいた。

 ――初めて会ったあの日と同じ、優しい微笑みを浮かべながら。


「お久しぶりです。ずっと、待っていたんですよ」

 嬉しそうに微笑む彼女の声は、昔、語りかけてくれた時と変わらない。

 想わず目頭が熱くなり、涙をこぼさないよう、必死に目元へ力をこめた。

(……待っていて、くれた)

 なんとか表情を崩さないようにしながら、今の彼女と相対する。

 変わらない声と、変わらない言葉。

 けれど、並ぶ書棚が変わってしまったように、彼女もその流れには逆らえなかった。

 やわらかい表情はそのままだけれど、少し陰を感じるようになった表情。

 髪にも白色が混じり、身体もどこか小さくなったように感じられる。

 ……見ている私の視線と身体が変わったことも、影響しているのだろう。

(どれだけの時間を、彼女は、待っていてくれたのだろうか)

 ずいぶんとここへ来ていなかったことを、改めて、感じさせられる。

「すっかり、立派になられて」

 感じ入るような彼女の言葉に、今更、言葉を返していないことに気づく。

「ええ、そうですね。お久しぶりです、本当に……」

 慌てて口を開いて出た言葉は、本当に、当たり障りのないもので。

(……本と、一緒だな)

 なにを話すべきか、言うべきか、想いつくことができない。

 口を閉じた私を、気遣ってくれているのか。

「来てくれて、嬉しいです。……また、ここで会えることを、楽しみにしていましたから」

 その言葉に、また、目元が熱くなる。

 だから急いで、代わりに、想いつくままの言葉を告げる。

「まさか、閉店だなんて、驚いて」

「もう、父も私も歳だから。……時代の流れもありますし」

 陰を感じさせる彼女の言葉に、私は少し驚いた。

 どんな時でも、あまり苦しみや辛さを漏らさない人だったから、余計にそう感じたのかもしれない。

 そして、罪悪感のような感情を、同時に覚えてもいた。

 ――書店の閉店や、電子書籍の普及に、読書率の低下。

 そうしたニュースを知りながら、確かに私も、それらをどこか他人事のように想っていたからだ。

(あんなにも、知らない世界を、教えてくれた場所だというのに)

 閉店となった理由の一つに、自分も含まれているのではないか。

 そう、感じてしまう。

「本当に、来てくれて嬉しいわ」

 私の気持ちを計ってか、彼女は陰のある表情を消して、微笑みかけてくれる。

 変わらぬ優しさに、けれど、変わってしまったわたしは。

「……でも、わからないんです」


 ――かつての楽しさを、忘れた心で。

 ――かつてと同じように、彼女へと、想いの内を吐き出した。


「久しぶりすぎて……なにを読めばいいのか、わからないんです」

 正直な気持ちを言った私に、彼女は、手を差し出しながら言った。

 初めて私を導いてくれた、あの時と同じ仕草で。

「大丈夫。だって、来てくださったのなら……まだ、あなたは見つけたいと、想ってくれているのですから」

「見つけたいと、想っている……?」

 不思議そうに尋ねる私に、彼女は「ええ」と、嬉しそうにうなずいた。

「忘れてしまったり、もう求めていないのなら、そんな顔はなさらないでしょうから」

 ……私は、今、どんな顔をしているのだろう。

 辛いのか、苦しいのか。

 それは、この場所が、嫌だからだろうか。


 ――それは、違う。


「ここにある本達は、あなたの興味を待っています。……あなたの心が求めれば、いつでも」


 ――いいのだろうか。

 ――ただ求めるものを、楽しむことを、望んでもいいのだろうか。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ