探したのはこの場所で - 09
声の方向に振り向いて、眼を見開く。
――そこには、彼女がいた。
――初めて会ったあの日と同じ、優しい微笑みを浮かべながら。
「お久しぶりです。ずっと、待っていたんですよ」
嬉しそうに微笑む彼女の声は、昔、語りかけてくれた時と変わらない。
想わず目頭が熱くなり、涙をこぼさないよう、必死に目元へ力をこめた。
(……待っていて、くれた)
なんとか表情を崩さないようにしながら、今の彼女と相対する。
変わらない声と、変わらない言葉。
けれど、並ぶ書棚が変わってしまったように、彼女もその流れには逆らえなかった。
やわらかい表情はそのままだけれど、少し陰を感じるようになった表情。
髪にも白色が混じり、身体もどこか小さくなったように感じられる。
……見ている私の視線と身体が変わったことも、影響しているのだろう。
(どれだけの時間を、彼女は、待っていてくれたのだろうか)
ずいぶんとここへ来ていなかったことを、改めて、感じさせられる。
「すっかり、立派になられて」
感じ入るような彼女の言葉に、今更、言葉を返していないことに気づく。
「ええ、そうですね。お久しぶりです、本当に……」
慌てて口を開いて出た言葉は、本当に、当たり障りのないもので。
(……本と、一緒だな)
なにを話すべきか、言うべきか、想いつくことができない。
口を閉じた私を、気遣ってくれているのか。
「来てくれて、嬉しいです。……また、ここで会えることを、楽しみにしていましたから」
その言葉に、また、目元が熱くなる。
だから急いで、代わりに、想いつくままの言葉を告げる。
「まさか、閉店だなんて、驚いて」
「もう、父も私も歳だから。……時代の流れもありますし」
陰を感じさせる彼女の言葉に、私は少し驚いた。
どんな時でも、あまり苦しみや辛さを漏らさない人だったから、余計にそう感じたのかもしれない。
そして、罪悪感のような感情を、同時に覚えてもいた。
――書店の閉店や、電子書籍の普及に、読書率の低下。
そうしたニュースを知りながら、確かに私も、それらをどこか他人事のように想っていたからだ。
(あんなにも、知らない世界を、教えてくれた場所だというのに)
閉店となった理由の一つに、自分も含まれているのではないか。
そう、感じてしまう。
「本当に、来てくれて嬉しいわ」
私の気持ちを計ってか、彼女は陰のある表情を消して、微笑みかけてくれる。
変わらぬ優しさに、けれど、変わってしまったわたしは。
「……でも、わからないんです」
――かつての楽しさを、忘れた心で。
――かつてと同じように、彼女へと、想いの内を吐き出した。
「久しぶりすぎて……なにを読めばいいのか、わからないんです」
正直な気持ちを言った私に、彼女は、手を差し出しながら言った。
初めて私を導いてくれた、あの時と同じ仕草で。
「大丈夫。だって、来てくださったのなら……まだ、あなたは見つけたいと、想ってくれているのですから」
「見つけたいと、想っている……?」
不思議そうに尋ねる私に、彼女は「ええ」と、嬉しそうにうなずいた。
「忘れてしまったり、もう求めていないのなら、そんな顔はなさらないでしょうから」
……私は、今、どんな顔をしているのだろう。
辛いのか、苦しいのか。
それは、この場所が、嫌だからだろうか。
――それは、違う。
「ここにある本達は、あなたの興味を待っています。……あなたの心が求めれば、いつでも」
――いいのだろうか。
――ただ求めるものを、楽しむことを、望んでもいいのだろうか。