探したのはこの場所で - 06
もちろん、本屋で薦められる本も楽しく、私も満足してはいた。
だが……時の流れは、ずっと、同じ心地を保ってくれない。
次第に、恋人との時間や、学業などの時間が増えていった。
大人になり、仕事の割合が増すにつれて、余計にだ。
すると……次第に、本屋へと寄る時間は、自然と減っていった。
「この本も、オススメなんですけれど……」
彼女の薦める本は、確かに興味を引く内容ではあった。
だが私は、申し訳ないと想いながら、彼女からのオススメを断る機会が増えていった。
その当時の私は、周囲の求める知識や状況から、特定の目的の本しか買わない傾向が強くなった。
会社でのマナーや仕組み、税金対策や資格取得、自己啓発や社会情勢、それらの具体的な知識が必要となるものだ。
心が動かされなかったといえば、嘘になる。
が、それよりも、時間を使わなければいけないことが増えてしまった。
申し訳なさそうな私の手元を見ながら、彼女は、ふわりとした微笑みを浮かべた。
「もしかして……ご結婚されるんですか?」
「……はい」
「それは、おめでとうございます」
そう言いながら、彼女は結婚の本や育児の本、教育の本などを教えてくれた。
「……ありがとうございます」
「末永い幸せを、祈らせていただきますね」
――彼女の指に輝く、銀色の輪。
彼女が、自分の知らない面を持っているのだと気づいたのは、もうずっと前のことだった。
それは、とても当たり前のことだったのだけれど。
本を抱え、自身の新しい生活を想い描きながら、足を家へと向ける。
それが……はっきりと、あの本屋へ行った、最後の記憶だと想える。
(忘れたのか。忘れようと、していたのか)
結婚を契機としてか。
それとも、指輪を見つけてからか。
どちらかは、わからない。
ただ……どこか、彼女が遠くなっていくような、奇妙な想いを感じていたような気がしている。
(我ながら、勝手で酷い理由だな……)
その頃から、本屋へ通う時間が、減っていったように想う。
そもそも、その本屋だけではない。
――本屋と呼ばれる場所そのものへ、行く機会が激減していった。
代わりに行くようになったのは、家族で時間を過ごせる施設。
田舎暮らしだったが、大型商業施設の進出は、手軽なテーマパークを身近にした。
家族ができ、休日を本屋だけで過ごすのは難しいから、そうしたショッピングモールに行く機会が増えた。
そして、その施設の中にも本屋はある。
だから、必要な時はそうした場所で、本に触れないわけではなかったからだ。
――あえて、あの本屋に行く必要はないと、そう想おうとしていたのかもしれない。
ただ、本屋に行かなくなった一番の理由は、別にあった。
妻や子供、仕事や地域つき合いなど、人間関係に主な時間を使うことになったのが大きい。
たまの休みにも、一人で本屋に行く時間は、ほぼなくなった。
……それに、本を読む気持ちも、変わってしまったのを自覚していた。
かつてのような興奮を、今はもう、本へと持つことができない。
仕事や生活のため、必要だから読み流し、必死に当てはめていく読み方。
(なにを読んでいるのか、本当に、覚えているのだろうか)
そんな不安に駆られることも、ないわけじゃない。
もちろん、読んではいるし、覚えてもいる。
だが、それは……かつて興奮した本達と、本当に同じ、付き合い方なのだろうか。
そんな冷めた自分を、どこかで、自覚してもいた。
だから、私は……無意識に、本を見ることを、避けるようになっていた。