視界の広がるあの場所で - 35
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――くすみを増した玄関は、どこか、疲れているようにも見えた。
サングラスを、かけてもいないのに。
でもその苦さは、自動ドアをくぐると、眼の前の景色に吹き飛ばされてしまう。
大きくなった私の背を、相も変わらず越える、背表紙に迎えられて。
「……変わらない」
呟くと、耳に響くからか、実感も大きくなる。
あの当時のままの景色に、嬉しくなって、微笑んでしまう。
カウンターの位置も、本棚の配置も、そこに並べられた書籍の色も。
……身体と心が若くなったように、錯覚してしまいそう。
記憶と重なる、想い出の場所。
まるで、二十年近く前に、戻ってしまったかのよう。
(あの場所から、見ていたのよね)
少し歩いて、雑誌コーナーへ。
学をつけていた時に隠れた本棚も、そのまま残されている。
置かれている本は、見覚えのないものばかりだったけれど、表紙から最新のだって読み取れる。
もちろん、あの時手にした大人向けの本なんて、きれいな列には入っていない。
……ちゃんと、今も、入替されているんだ。
「嬉しいな」
本屋さんとしては、当たり前のことなんだろうけれど、そうしたことがなにか嬉しかった。
変わりながらも、昔を大切に残してもいる雰囲気が、ありがたかった。
……私のような客が、また、安心できるって想えたから。
(閉店するとは、想えない)
今日ここに来た理由が、心のどこかに、ずっと残ってはいる。
なのに、むしろ、閉店をするからだろうか。
平日の昼間なのに、お客さんはとても多い。
おそらく、私と同じように、ニュースを聞いて訪れた人が多いのかもしれない。
懐かしそうに店内を回る人や、悲しそうに誰かと話す人。
割引セールを探す人に、変わらず一冊の本をじっと読み続ける人。
年齢もばらばらで、若い子もけっこう多くて、その動きも様々だ。
年若い店員さんと話しあう姿に、当時の自分を重ねて、微笑ましくもなる。
(私は情報誌で読んだけれど、今は、ネットやツイッターのようなものもあるからね)
昔とは違う、客と店とのつながりが、新しくできているのかもしれない。
そうした、自分が知らなかった変化を感じることができて、嬉しくもあり。
……それでも、今まで避けていた自分を、どこか責めたくもなる。
どうして今日、この店に来たのかを、想い出してしまうたびに。
雑誌コーナーから離れて、別のコーナーへと足を向ける。
昔と同じように、棚にはいろいろな本が並んでいる。
変わらないように見えるその列に、微笑むけれど。
……途中で、苦みが増していく。
立ち止まって、本と本の隙間へ、手を入れる。
――昔は、本のてっぺんから、人差し指でとっていたのに。
今は本の表紙を、二本の指で挟みこめる。
遠くから見た時は、変わらない本の眺めだって、想えたのに。
こんなに、空いてしまっているのかって、実感させられる。
「減ったのね……こんなに」
改めて、周囲の本棚をよく見つめる。
どの本棚も、やっぱり、同じだ。
わたしが見ていた頃に比べて、棚の空きが目立っている。
昔よりもカラフルに見えるのは、背表紙じゃなくて、雑誌みたいに置かれているから。
表紙が見えるということは、それだけ、眼を引くということでもあるんだろうけれど。
……あの頃のわたしは、熱心に、自分で探すタイプではなかった。
なのに、そんな人間でも気づくくらいに、本の量が減っているんだろうと想える。
「そう、ね。なんで来たのか、ってことよね」
想い返すことは、たくさんある。
でも、この場所にはもう、新しく作られる記憶はなくなってしまう。
それを、わかっていて、来ているはずなのに。
そんなことを想いながら、店内を進むと。
――ふっと、店の棚を整理する女性の姿が、眼に入った。
見知らぬ、でも、間違いない。
……憧れだった、あの人の姿。
白くなり始めた髪に、シワの刻まれた手。
でも、本を見つめる、そのまっすぐな眼。
(変わって、いない)
愛しげに見つめながら、本を扱う姿。
記憶と重なるその姿に、あの頃の気持ちがよみがえる。
心が、不思議と弾んだような気がして。
その勢いで、女性へと近づいて、声をかける。
「……こんにちは」




