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視界の広がるあの場所で - 35

 ※※※




 ――くすみを増した玄関は、どこか、疲れているようにも見えた。

 サングラスを、かけてもいないのに。


 でもその苦さは、自動ドアをくぐると、眼の前の景色に吹き飛ばされてしまう。

 大きくなった私の背を、相も変わらず越える、背表紙に迎えられて。

「……変わらない」

 呟くと、耳に響くからか、実感も大きくなる。

 あの当時のままの景色に、嬉しくなって、微笑んでしまう。

 カウンターの位置も、本棚の配置も、そこに並べられた書籍の色も。

 ……身体と心が若くなったように、錯覚してしまいそう。

 記憶と重なる、想い出の場所。

 まるで、二十年近く前に、戻ってしまったかのよう。

(あの場所から、見ていたのよね)

 少し歩いて、雑誌コーナーへ。

 (まなぶ)をつけていた時に隠れた本棚も、そのまま残されている。

 置かれている本は、見覚えのないものばかりだったけれど、表紙から最新のだって読み取れる。

 もちろん、あの時手にした大人向けの本なんて、きれいな列には入っていない。

 ……ちゃんと、今も、入替されているんだ。

「嬉しいな」

 本屋さんとしては、当たり前のことなんだろうけれど、そうしたことがなにか嬉しかった。

 変わりながらも、昔を大切に残してもいる雰囲気が、ありがたかった。

 ……私のような客が、また、安心できるって想えたから。

(閉店するとは、想えない)

 今日ここに来た理由が、心のどこかに、ずっと残ってはいる。

 なのに、むしろ、閉店をするからだろうか。

 平日の昼間なのに、お客さんはとても多い。

 おそらく、私と同じように、ニュースを聞いて訪れた人が多いのかもしれない。

 懐かしそうに店内を回る人や、悲しそうに誰かと話す人。

 割引セールを探す人に、変わらず一冊の本をじっと読み続ける人。

 年齢もばらばらで、若い子もけっこう多くて、その動きも様々だ。

 年若い店員さんと話しあう姿に、当時の自分を重ねて、微笑ましくもなる。

(私は情報誌で読んだけれど、今は、ネットやツイッターのようなものもあるからね)

 昔とは違う、客と店とのつながりが、新しくできているのかもしれない。

 そうした、自分が知らなかった変化を感じることができて、嬉しくもあり。


 ……それでも、今まで避けていた自分を、どこか責めたくもなる。

 どうして今日、この店に来たのかを、想い出してしまうたびに。


 雑誌コーナーから離れて、別のコーナーへと足を向ける。

 昔と同じように、棚にはいろいろな本が並んでいる。

 変わらないように見えるその列に、微笑むけれど。

 ……途中で、苦みが増していく。

 立ち止まって、本と本の隙間へ、手を入れる。


 ――昔は、本のてっぺんから、人差し指でとっていたのに。

 今は本の表紙を、二本の指で挟みこめる。


 遠くから見た時は、変わらない本の眺めだって、想えたのに。

 こんなに、空いてしまっているのかって、実感させられる。

「減ったのね……こんなに」

 改めて、周囲の本棚をよく見つめる。

 どの本棚も、やっぱり、同じだ。

 わたしが見ていた頃に比べて、棚の空きが目立っている。

 昔よりもカラフルに見えるのは、背表紙じゃなくて、雑誌みたいに置かれているから。

 表紙が見えるということは、それだけ、眼を引くということでもあるんだろうけれど。

 ……あの頃のわたしは、熱心に、自分で探すタイプではなかった。

 なのに、そんな人間でも気づくくらいに、本の量が減っているんだろうと想える。

「そう、ね。なんで来たのか、ってことよね」


 想い返すことは、たくさんある。

 でも、この場所にはもう、新しく作られる記憶はなくなってしまう。

 それを、わかっていて、来ているはずなのに。


 そんなことを想いながら、店内を進むと。


 ――ふっと、店の棚を整理する女性の姿が、眼に入った。


 見知らぬ、でも、間違いない。

 ……憧れだった、あの人の姿。


 白くなり始めた髪に、シワの刻まれた手。

 でも、本を見つめる、そのまっすぐな眼。

(変わって、いない)

 愛しげに見つめながら、本を扱う姿。

 記憶と重なるその姿に、あの頃の気持ちがよみがえる。

 心が、不思議と弾んだような気がして。

 その勢いで、女性へと近づいて、声をかける。


「……こんにちは」

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