視界の広がるあの場所で - 21
※※※
「えっ!?」
「そ、そんなに驚かれます?」
戸惑うようなお姉さんの声で、冷静になる。
――今日は久しぶりの、お姉さんとの会話。
部活の練習などが忙しくて、本屋に来ることができなかった。
他校との合同練習や、先輩からの引き継ぎなど、バタバタもようやく落ち着いて。
……やっと新しい本の話ができるって、楽しみにここへ来たのだ。
(久しぶりだけれど、大丈夫かな)
そんな心配をしていたけれど、お姉さんはいつもと変わらない、優しい笑顔で迎えてくれた。
何度も会ううちに、お互いの話し方もわかってきたのか、友達のような心地よさも感じている。
だから、なのかな。
それとも、慌ただしい日々に、疲れていたからなのか。
なんとなく、今までと違った本が読みたいなって、想ったのだ。
「あの。今日は今までと違う本を、教えてもらえたら嬉しいです」
……そう言ったのは、確かに、わたしなんだけれど。
でも、差し出された本に驚いたのは、仕方ないと想ってしまう。
(これって、今話題の……)
見せられた表紙を知っていたから、逆に、戸惑いを隠すことが出来ない。
「れ、恋愛小説……ですか?」
差し出された本は、テレビや教室などでも見かける、話題の本。
高校生の恋を書いた、恋愛小説だった。
「はい。今、話題になっている本なんですよ」
「そ、そうですよね。……クラスでも読んでる子、いますから」
「ご存じでしたか。てっきり、こういう本は、読まれていないのかと想っていましたが」
――鋭い。
その言葉に、恋愛小説っぽいお話をいつ読んだか、頭をふりしぼって考えてみる。
そしてすぐに、口を閉じたまま、息を吐いた。
(あー。やっぱり、出てこないよね)
あれだけ本を勧められても、やっぱり、料理と一緒で。
どうしても合わないというか、好きになれないものは、あってしまう。
そして、眼の前にある、恋愛小説の雰囲気も。
……わたしにとっては、今一つ手にとりづらい、そんな本の一冊だった。
別に、小説だからってわけじゃない。
テレビの恋愛ドラマや、宣伝されてる映画もそう。
うまくは言えないけれど、恋愛に入れこんじゃう雰囲気が苦手で、最後まで見れたことがない。
なので、みんなから話を振られたりはしながらも、自分から触れようとは想わなかった。
もちろん、ぜんぜん知らないわけじゃない。
みんなの話を聞いたり、ちらりとテレビで見たことはあったから、なんとなく雰囲気は知っている。
少女漫画も、昔は読んでいたし。
(でも、なんとなく……苦手なんだよね)
悪いと想って、お姉さんの手から本を受けとる。
ただ、自分が困った顔を浮かべながら、本を受け取っているのがわかってしまう。
(う、うぅん……。せっかく、オススメされてるのに)
演技ができないわたしは、せっかくのオススメなのに、と二つの気持ちで苦い顔。
それでもお姉さんは、いつもと同じ優しい笑顔で、本の説明をしてくれる。
「人気があって、これから、もっと好きな人が増えると想いますよ」
どうでしょうか、と、すすめてくれるお姉さん。
「特に、お客様と同じ年代の方が、よく読まれているみたいですね」
そういう意味では、わたしの願いに対して、すごく当たっている本だ。
普段読まなくて、でも、世代的に人気がある本。
なのに……。
わたしは、ちょっと声を重くしながら、お姉さんに答える。
「いや、でも……。わたしには、似合わないですよ」
ゆっくりと、自分の性格を想いながら、そう伝える。
「あら、どうしてですか?」
お姉さんに、あっさりとそう聞き返されて。
「どうして、って……」
読めない理由を、もっとよく考えてみる。
自分の趣味じゃないとか。
雰囲気が苦手だとか。
面白いと想えたことがないとか。
現実そんなにうまくいかないと想うとか。
……いろいろな理由が、浮かんだけれど。
(でもそれって、今まで楽しかった本、みんなにも言えることだよね)
知らない本との出会いは、最初、不安と戸惑いでいっぱいだった。
そして、表紙をめくって読みこめば……新しい世界を、どの本も教えてくれた。
この本を嫌う理由は、なんだろう。
考えれば考えるほど、実は、否定する理由がないのかもしれない。
わたしはそう、感じ始めていた。
(それって、全部、触れずに嫌がってただけなのかな)
友達と、恋愛話をしないわけじゃなくて。
悩みを聞いたり、逆に、心配をされたりすることもある。
……想いこみをしなければ、また、違う世界が見れるのかな。
(ドラマチックな、恋、か)
本の帯には、『淡い青春時代を駆ける、ドラマチックストーリー』という見出し。
カラフルな文字の横には、作家さんの推薦文が書かれている。
わたしは名前を知らないけど、たぶん、有名な人なんだろう。
「きれいな表紙、ですね」
茜色に染まったその表紙は、夕焼けの街並みをよく描いていて、見れば見るほど発見があった。
(パッと見は、同じ色が雲みたいだって、想ったのに)
一人一人、猫や犬も、雲の形でも。
一緒にいる風景なのに、みんな、自分の考えを持ってるってすごくよくわかる。
(でも、同じ一枚の世界に、ちゃんといる)
――ふと、わたしの中に、ある景色が浮かんだ。
この茜色の世界とよく似た、大好きな、あの場所のことを。
「もし、嫌だったら……断ってくれても大丈夫ですよ」
お姉さんの声に、現実の景色が戻ってくる。
見れば、眉を下げたその不安そうな顔は、らしくないなって感じた。
だから、空いた手をふって、笑いかける。
「嫌じゃありません。あの、今まで教えてもらった本、とっても楽しいですし」
安心させるためにそう言ったけれど、それは本当のことでもあった。
「そうであれば、いいのですが」
小さく微笑むお姉さんだけれど、ちょっと眼は、まだ気にしているように見えた。
(……忙しいって、嘘じゃ、ないんだけれど)
――お姉さんの本を断るのは、今までも、あったけれど。
最近は、嫌じゃないのに、断ることも多くなった。
……だんだん、読む本が減っているのも、自分のこととしてわかっていた。
部活のやりとりが上手くいって、だから、練習が忙しくなってしまったこともあったし。
(なにより、勉強する時間が、ずっと増えたかも)
わたしからのお願いで始めた、学との勉強。
ちょっとした休憩時間や、自習時間。
周囲のひやかしもあったけれど、素直に勉強しあえるのが、楽しかった。
静かな図書室で一時間勉強できた時は、周りの友達が驚いていたくらいだ。
それくらいの集中力を、彼の声と教え方は、わたしに与えてくれた。
(それくらい、また、学と一緒にいる)
……ただ、一緒にいる時間は増えたけれど。
学との関係に、変化はない。
もちろん、前とは少し違っていることもある。
一日の話が挨拶だけだったり、ケンカをするような空気になったりすることは、もうないのだけれど。
(逆に、勉強を教えてもらいながら、軽口をたたきあうぐらいにはなってるよね)
でもそれは、変化というよりも……。
(昔の、なんとも言えない頃に、戻っちゃったのよね)
性別なんか気にならないくらい、ずっと前。
毎日のように遊んでいた、幼い頃のこと。
楽しくて、気を使わないから、意識してもそういう空気になりづらい。
……今のわたし達は、そんな頃の雰囲気に、戻りすぎてしまった。
踏み込めない理由は、それだけでもない。
部活の練習が忙しくなったのも、変わらない理由の一つかもしれない。
やっぱり、自分の身体で目標を目指すのも、わたしにとっては大切な時間だった。
だから、学とばかり、ずっと一緒にいるわけにもいかない。
(……中途半端だな、わたし)
踏み出したいのに、踏み出せない。
この、走り出せない自分の気持ちが、もどかしいけれど。
でも逆に、それを越えるのが、不安なのかもしれない。
そう、考えたりすることもある。
(なにか、変わるのかな)
本を読んだだけで、現実が変わるなら苦労しない。
そう、想いながらも。
――こうして、学や自分の目標に向き合えているのも、本とお姉さんのおかげ。
わたしは、ちゃんと知っている。
少しずつでも、見えている世界が、変わっていくことを。




