視界の広がるあの場所で - 20
つい最近も、普通に話していたわたし達。
でも、あの時のことをちゃんと謝られたのは、初めてのことだった。
「ううん。わたしも、ごめんね」
同じように、彼に対してあの時のことを謝る。
怒らせたのは、無神経なわたしのせいだとも想うから。
「……」
「……どうしたの?」
ぼんやりと、わたしに顔を向けてくる学。
呼びかけてようやく、なにかに気づいたようになって、顔をふる。
どうしたんだろう、と尋ねる前に。
「な、なんでもない。それで、どの教科を教えればいいんだ」
慌てるような感じで、教科の名前をあげて尋ねてくる。
その質問に答えるのは、すごく簡単。
「おおよそ考えられる限り、全部よね!」
――本を読むのと学力は、一致しないのも勉強になった。
「……どういう脳の構造なのか、見てみたいよ」
いや、わたしだって不思議だし。
本読んでも成績が変わらないのは、デザートと主食が別ってことと一緒なのかな?
一つ息を吐いて、学は仕方ないって感じの顔になる。
「まぁ、いいか。もしかすると、授業の流れがわからないだけってこともあるだろうしな」
ちょっと待て、と言って、学はわたしに背を向ける。
どこへ行くんだろう、と見ていると、自分の席に戻ってなにかを探しているみたい。
両手に持って戻ってきたのは、ノートや教科書。
わたしの机でそれを広げる学へ、慌てて手を振る。
「や、別に今からってわけじゃ……」
「どの辺りが駄目なのか、見当がつかないから。少し、話した方がいいだろ」
ちらり、と学は時計を見ながら言う。
「それとも、休み時間に用事があるのか? 部活とか、友達とか」
「それは、今のところ大丈夫だけれど……」
目線をずらして、友達のグループへ眼をやる。
……あっ、なんだか暖かい眼をされている気がするよ?
なんだろう、あの親戚の子供を見るような。
えっと……うん。
後で、ちゃんと理由を聞こうかな?
顔を戻して、学へと向き直る。
友達以外で、今日は部活の集まりなんかもない。
「……じゃあ、少しだけ、お願い」
どうしてか緊張して、その短い言葉を言う。
確かに、わたしと学が学校で話せる時間は、あまりない。
――プライベートで、会えばいいじゃない。
(い、いやいやいや……!)
頭の中に、わたしのなかの誰かが、ささやいた声。
浮かんだ考えを振り払って、わたしは、眼の前の教科書を開いて言う。
「あ、国語の教科書って日本語だったんだね」
「最初からだ」
そうツッコんでくる学の様子に、顔以上に笑ってしまっている、自分の心。
不思議なわたし。
自分のことなのに。
教科書とノートへ顔を向けながら、わたしに質問を投げかけてくる学。
少し、胸は騒いでいるけれど、余裕を持った心で見れる。
前みたいに、言いたい気持ちと言える言葉が、それほどズレていないのもわかってしまう。
(それも……お姉さんの、おかげかな)
落ち着いていて、的確で、心惹かれる、大人の女性。
その影響が、もし、少しでも現れているなら……。
ぼんやりとした気持ちでいたら、学に注意されてしまった。
「本当、変わったなぁ」
「……イヤ、かな」
謝りながら、また、勉強へ意識を戻そうとする。
嫌われたくないって想って、文字へ集中すると。
「……嫌、じゃないから」
学もそう答えながら、文字を見て、話しかけてくる。
「だから今度は、お前の集中できることを、教えてくれ」
「集中できることって……一緒に、走ってくれるってことで、いいのかな」
「……そう、だな」
わたしは、文字を見る眼とシャープペンシルを持つ指先に、力をこめて。
嬉しさを隠しながら、声を抑えて、友達を誘うみたいに口を開く。
「じゃあ、こうして勉強するみたいに、今度行こうね。一緒に、同じ景色へ」
「あぁ……今度、な」
――応えてくれたことが、本当に、嬉しくて。
「……ありがとう」
「な、なんだ急に」
「いろいろ、教えてくれて」
「……教えるのは、これからだろ。甘くしないぞ」
「少し、辛いくらいが好きかも、ね」
こうして、隣にいることもできるように。
違う場所でも、一緒にいれるのかなって。
淡い期待を、抱いてしまう。
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