探したのはこの場所で - 03
眼の前にあったのは、さっきのどこか堅苦しい世界とは違う、柔らかさが広がる空間だった。
カラフルな色彩や、絵や写真、ひらがななどを多用したそのコーナーは、子供心にも安心感がわいたのを想い出せる。
今でも、その時の興奮を想い出すことができる。
高揚しながら、私は本棚の本に手をかける。
ただ、文字はひらがなくらいしか読めず、意味をくみ取ることはできなかった。
それでも、絵や写真をふんだんに使った、わかりやすい本に心をつかまれた。
両親はそんな私を見て、落ち着きなさいと声をかけてきたような気がする。
私の姿を見て安心したのか、彼女は「失礼します」と言ってその場を後にしようとした。
すると両親は、彼女をひきとめ、なにかを話し始めた。
そしてその話が終わると……彼女は、私の横へ座って、一緒に本を選び始めた。
今にして想えば、あまり本を読まない両親は、私へどんな本を送るべきか悩んでいたのかもしれない。
私も同じだった。
いろいろな本がありすぎて、子供心にもどれが欲しいのか、わからなくなってしまっていたように想う。
そんな私を見ながら、一冊の本を彼女は差し出してきた。
「わたしの、個人的なオススメなんですけれどね」
彼女はゆっくりとそう言いながら、私の瞳を見る。
次いで、微笑みを浮かべてから、言葉を続けた。
「楽しんでもらえれば、嬉しいです。この続きも、とってもステキなんですよ」
正直、その時の私は手の中の本より、楽しそうに本のことを語る彼女の姿にこそ惹きつけられていた。
だから彼女の言葉に、違う期待を、してしまったのかもしれない……と、今なら想える。
「それに……これだけじゃ、ないですから。だからまた違う機会に、この本屋でいろいろな本を見ていってほしいですね」
彼女の声に、私が声をかけようとしたのだが、うまく言葉が出てこなく。
いつの間にか、両親が代わりに彼女へ礼を言って、その姿は消えてしまっていた。
私の手には、彼女が選んでくれた本が一冊、硬い感触をもって残っていた。
そうしてその本屋を後にし、家へ帰って読んだその本は――とても面白く、すぐに続きが読みたくなるものだった。
わがままを言う私に苦笑しながら、両親が再びその本屋を訪れたのは、一週間後のことだった。
そうしてその場所で、私はまた――彼女の姿を見つけ、今度は自分からお願いしたのだ。
「この本のつづき、ありますか」
今でも、その時の緊張を想い出せる。
「はい。もちろんです」
そして、優しい瞳で頷いてくれた、彼女の姿も一緒に。
――それから私の向かう遊び場所に、その本屋の存在が多くなった。
両親は、どちらかといえば喜んでいたように想う。
そして私も、その本屋に通えることがとても嬉しかった。
「いらっしゃいませ。この前の本は、どうでしたか?」
後々わかったことだけれど、彼女はその本屋の店主の娘だったということだった。
それに恥じないよう、彼女は広い店内で精力的に働いていた。
同時に、彼女は色々な本を読んでいた。
いつそんな本を読んでいるのか、疑問に想えるほどだった。
少しだけ成長してから、背伸びをした本にも興味が出てきた頃。
彼女に相談をすると、興味のある本の感想や評価などを、彼女は的確に答えてくれたからだ。
勉強家でもあったのかもしれない。
どうしてそんなに本を読むのが好きなのか、訪ねたことがある。
すると彼女は、小さな細い指先を口元に当て、ウインクをしながら答えた。
「いろいろな人と、本の話をするのが好きだからです。それは、理由になりませんか?」
その答えに私は、それならと想ったものだ。
――もっと、あなたと、そして本達と、会話をしたいと。
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