視界の広がるあの場所で - 18
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「……お前、最近変わったな」
「そう?」
机に座っていると、珍しく学から話しかけられた。
どきっとする心を隠して、冷静に答える。
ちらりと見れば、いつもの無感情な雰囲気と、少し違って見える。
「変わったって、どういうところよ」
いつもみたいに声を返せば、戸惑ったような顔で応えてくる。
「なんていうか……落ち着いた、って言うか」
そう言われて、そうかな、って最近の自分を想いかえす。
意識はしていなかったけれど、前と比べて変わった部分は、確かにあるかも。
教室で立ち回ったり、友達を強引に誘ったり、無理に声を張ることは、以前より減ったかもしれない。
前は、少し聞いて自分の意見をすぐ言っちゃったりしたけれど、それも改めた。
友達やクラスメイトの会話も、ちゃんと聞いて、答えるように意識している。
……ちょっと怒りっぽいのは、やっぱり、治りきってはいないけれど。
(むしろ、前のわたしって、元気いっぱいすぎたのかなぁ)
ちょっと、そんなふうに反省しちゃうところもあったりする。
「なにか、変わったことでもしてるのか。ヨガとか、座禅とか」
「変わったことで、そういう単語が出てくるのはすごいよね」
リラクゼーションの方法がそれって、ぜんぜんオジサンくさいのに感心する。
……前ならバカにするだけだったのに、学らしいかも、と想える自分にも驚く。
心に余裕が出来た理由を、わたしは伝える。
「最近、ちょっと色々な本とか読んでたから。もしかすると、その影響かな」
「いや。本当に、どうしたんだ」
――学も眼って、あんなに大きく開くんだなぁ。
驚いたような二つの眼が、怖いものを見るようにこっちを見てくる。
意外なのはわかるけれど、ちょっとショック。
「いいじゃない。いろいろ……考えたく、なったのよ」
口をとがらせて、ちょっとすねたように言う。
ただ、驚くのも無理はないかも。
……こう言われたのは、初めてじゃない。
毎日話す友達にも、未だに、不思議そうに見られるから。
「本って、不思議よね。なかなか体験できないことや、知らないことを、教えてくれる気がするから」
そうした違う世界を、たくさん触れるようになった。
それに、見えるだけじゃない世界を、たくさん教えてくれる人。
お姉さんも、それらの本の世界に住んでいる、特別な人なんじゃないか。
わたしはたまに、そう想うようにもなっていた。
「お前が、本との出会いについて、話すなんてなぁ」
「出会いは不思議ね。こうなるなんて、わたしも想わなかったから」
……あの本屋に通っていることを、わたしは、今も学に言っていない。
とはいえ、別に隠そうと想っているわけでもなかった。
どちらかといえば、見つかってもいいかな、って考え初めてもいた。
実際、クラスの子達には「えっ、咲希!? 珍しいね」って感じで、本屋で見つかってもいる。
(でも、自分から話題にしようと想えないのは、どうしてなんだろう)
魚の骨がのどに引っかかったような、もどかしい感じ。
お互いに、悪いことをしているわけではないはずなのに。
話題にしようか、迷っていると。
「そっか。まぁ、いいことなんじゃないか」
戸惑った様子が少し減った学は、いつもらしい口調で、そんなことを言う。
「そう想う?」
ささやかに、少し不安そうに、問い返すわたし。
学は、窓の方へ眼を移す。
正確には、次の言葉で、その先のグラウンドを見たんだなってわかったのだけれど。
「部活の方も、順調みたいだしな」
――少しはぐらかした、気遣い。
幼なじみのわたしには、わかってしまうくらいの。
ちょっとだけ安心したような、彼の声から。
その言葉に、わたしも、少しだけ笑みを浮かべる。
「よく知ってるね。うん、記録が伸びて、調子もすっごくいい」
「そうか。それも、いろいろ読んでいる影響なのかな」
「どうだろうね。それも、あるかもしれないけれど……」
頭に浮かぶ、部活での光景。
呼び声や、笑顔。
「みんなのおかげも、大きいかな」
答えながら、自分からそんな言葉が出たことに、やっぱり笑みがわいてくる。
後輩の子と話したあの日から、少しずつ。
意見がぶつかった先輩達や、困ったような後輩達と、話すようになっていって。
――今はもう、部活のみんなとは普通に話すようになっている。
一緒にメニューを作ったり、大会までの日程を話しながら、練習に集中する日々を過ごしている。
「みんな、って、部活の人達か。……なにか、話しかけたりしたのか」
「どうかな。ささいなことだよ。うん、いつもと同じような、ちょっとしたこと」
それこそ、ユニフォームやゼッケンの置き場所を話したくらいの、当たり障りのない会話から。
でも、そこから、言いにくそうに名前を呼ばれてから。
『咲希の言うことさ、わかってたけれど。今だから、言えるけれどさ』
先輩の言葉に、わたしも、今の自分の気持ちを言葉にする。
『はい。わたしも、みんなの言うこと、わかっていたんですけれど……』
あの日のぶつかり合いを想いだしながらの、ぎこちない会話。
でも、途絶えていた、会話の時間。
その時は、それで終わり。
続く言葉はないまま、ロッカーを締め、帰り道に向かっていた。
……ただ、お互いにわかっている部分も、あったんだと想う。
一度話した後は、少しずつまた同じように言葉を交わして、会話の時間が増えていった。
――そして今は、一緒に走って、同じ目標にまた向かってる。
お互いの意見を重ねながら、充実した時間を、作るようになっている。
「でも、わかったの。一緒に進めるって、ステキなことなんだって」
謝ったり、仲良くしましょう、なんて言葉を言ってはいない。
わたしも、先輩達も、他のみんなも。
だけど先輩は、後輩である私達のことを考えて。
後輩は、自分達の先を考えて。
前よりもっと、活動的になってくれているように想える。
――甘えているのかもしれない。
みんなの優しさに。
そうは想いながらも、一緒に走れる時間の大切さを、今のわたしはとても大切だと感じていた。




