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視界の広がるあの場所で - 18

 ※※※




「……お前、最近変わったな」

「そう?」

 机に座っていると、珍しく(まなぶ)から話しかけられた。

 どきっとする心を隠して、冷静に答える。

 ちらりと見れば、いつもの無感情な雰囲気と、少し違って見える。

「変わったって、どういうところよ」

 いつもみたいに声を返せば、戸惑ったような顔で応えてくる。

「なんていうか……落ち着いた、って言うか」

 そう言われて、そうかな、って最近の自分を想いかえす。

 意識はしていなかったけれど、前と比べて変わった部分は、確かにあるかも。

 教室で立ち回ったり、友達を強引に誘ったり、無理に声を張ることは、以前より減ったかもしれない。

 前は、少し聞いて自分の意見をすぐ言っちゃったりしたけれど、それも改めた。

 友達やクラスメイトの会話も、ちゃんと聞いて、答えるように意識している。

 ……ちょっと怒りっぽいのは、やっぱり、治りきってはいないけれど。

(むしろ、前のわたしって、元気いっぱいすぎたのかなぁ)

 ちょっと、そんなふうに反省しちゃうところもあったりする。

「なにか、変わったことでもしてるのか。ヨガとか、座禅とか」

「変わったことで、そういう単語が出てくるのはすごいよね」

 リラクゼーションの方法がそれって、ぜんぜんオジサンくさいのに感心する。

 ……前ならバカにするだけだったのに、(まなぶ)らしいかも、と想える自分にも驚く。

 心に余裕が出来た理由を、わたしは伝える。

「最近、ちょっと色々な本とか読んでたから。もしかすると、その影響かな」

「いや。本当に、どうしたんだ」

 ――(まなぶ)も眼って、あんなに大きく開くんだなぁ。

 驚いたような二つの眼が、怖いものを見るようにこっちを見てくる。

 意外なのはわかるけれど、ちょっとショック。

「いいじゃない。いろいろ……考えたく、なったのよ」

 口をとがらせて、ちょっとすねたように言う。

 ただ、驚くのも無理はないかも。

 ……こう言われたのは、初めてじゃない。

 毎日話す友達にも、未だに、不思議そうに見られるから。

「本って、不思議よね。なかなか体験できないことや、知らないことを、教えてくれる気がするから」

 そうした違う世界を、たくさん触れるようになった。

 それに、見えるだけじゃない世界を、たくさん教えてくれる人。

 お姉さんも、それらの本の世界に住んでいる、特別な人なんじゃないか。

 わたしはたまに、そう想うようにもなっていた。


「お前が、本との出会いについて、話すなんてなぁ」

「出会いは不思議ね。こうなるなんて、わたしも想わなかったから」


 ……あの本屋に通っていることを、わたしは、今も(まなぶ)に言っていない。


 とはいえ、別に隠そうと想っているわけでもなかった。

 どちらかといえば、見つかってもいいかな、って考え初めてもいた。

 実際、クラスの子達には「えっ、咲希!? 珍しいね」って感じで、本屋で見つかってもいる。

(でも、自分から話題にしようと想えないのは、どうしてなんだろう)

 魚の骨がのどに引っかかったような、もどかしい感じ。

 お互いに、悪いことをしているわけではないはずなのに。

 話題にしようか、迷っていると。

「そっか。まぁ、いいことなんじゃないか」

 戸惑った様子が少し減った(まなぶ)は、いつもらしい口調で、そんなことを言う。

「そう想う?」

 ささやかに、少し不安そうに、問い返すわたし。

 (まなぶ)は、窓の方へ眼を移す。

 正確には、次の言葉で、その先のグラウンドを見たんだなってわかったのだけれど。

「部活の方も、順調みたいだしな」


 ――少しはぐらかした、気遣い。

 幼なじみのわたしには、わかってしまうくらいの。

 ちょっとだけ安心したような、彼の声から。


 その言葉に、わたしも、少しだけ笑みを浮かべる。

「よく知ってるね。うん、記録が伸びて、調子もすっごくいい」

「そうか。それも、いろいろ読んでいる影響なのかな」

「どうだろうね。それも、あるかもしれないけれど……」


 頭に浮かぶ、部活での光景。

 呼び声や、笑顔。


「みんなのおかげも、大きいかな」

 答えながら、自分からそんな言葉が出たことに、やっぱり笑みがわいてくる。

 後輩の子と話したあの日から、少しずつ。

 意見がぶつかった先輩達や、困ったような後輩達と、話すようになっていって。


 ――今はもう、部活のみんなとは普通に話すようになっている。


 一緒にメニューを作ったり、大会までの日程を話しながら、練習に集中する日々を過ごしている。


「みんな、って、部活の人達か。……なにか、話しかけたりしたのか」

「どうかな。ささいなことだよ。うん、いつもと同じような、ちょっとしたこと」

 それこそ、ユニフォームやゼッケンの置き場所を話したくらいの、当たり障りのない会話から。

 でも、そこから、言いにくそうに名前を呼ばれてから。


『咲希の言うことさ、わかってたけれど。今だから、言えるけれどさ』


 先輩の言葉に、わたしも、今の自分の気持ちを言葉にする。


『はい。わたしも、みんなの言うこと、わかっていたんですけれど……』


 あの日のぶつかり合いを想いだしながらの、ぎこちない会話。

 でも、途絶えていた、会話の時間。

 その時は、それで終わり。

 続く言葉はないまま、ロッカーを締め、帰り道に向かっていた。


 ……ただ、お互いにわかっている部分も、あったんだと想う。


 一度話した後は、少しずつまた同じように言葉を交わして、会話の時間が増えていった。


 ――そして今は、一緒に走って、同じ目標にまた向かってる。

 お互いの意見を重ねながら、充実した時間を、作るようになっている。


「でも、わかったの。一緒に進めるって、ステキなことなんだって」

 謝ったり、仲良くしましょう、なんて言葉を言ってはいない。

 わたしも、先輩達も、他のみんなも。

 だけど先輩は、後輩である私達のことを考えて。

 後輩は、自分達の先を考えて。

 前よりもっと、活動的になってくれているように想える。


 ――甘えているのかもしれない。

 みんなの優しさに。


 そうは想いながらも、一緒に走れる時間の大切さを、今のわたしはとても大切だと感じていた。

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