視界の広がるあの場所で - 14
「こちら側のお勧めを楽しんでもらい、しかもまた来ていただけるなんて。ありがとうございます」
「い、いえ。むしろ、この間はすみませんでした」
この間のことを想い返して、また謝ってしまう。
だって、よく警察とかへ連絡されなかったなぁって、今でも想うから。
……反省するしかない。
今日は、帽子やサングラスみたいな変装はせず、ちゃんと普通の格好をしてきている。
髪も整えたし、あまり派手じゃないシャツとパンツのコーディネイトは、わたしらしいと想っている。
(もちろん、お姉さんのような、大人っぽさはないけれど……)
そこは、わたしはわたし、お姉さんはお姉さんと割り切る。
そんなことを考えていると、気づかぬ内に、お姉さんの手には続きの本が握られていた。
いつの間にか移動して、本棚から目当ての本を、探してきてくれたらしい。
「それで……ですね。今日お求めなのは、この間の続きですね」
「はい! あの……あの本、本当に面白かったです!」
想わず、わたしはまた感想を話し始めていた。
一つ話し始めると、次の話したいことが、するすると出てくるから不思議。
「主人公達の、まだ始めたばかりの頃の気持ちとか、すっごく共感できて。でも、その後の辛い時期もわかるし……。なのに、そこで次巻へ続くとか、なんでっ!? って想えちゃって!」
聞いてもらいたくて、仕方なくなっていたんだと想う。
勢いよく、口からあふれるまま、楽しく話していると。
「あっ……の、ですね。その……」
「……はい?」
お姉さんの小さな声に、一人で勝手にしゃべってばっかりいるのに気づく。
ちらり、と周りへ眼を向けると。
「え、っと……」
他のお客さんの眼が、こっちを見ているのがわかった。
ちらり、という感じでは、あったのだけれど。
(あ、あぁ……)
この間と、また違う恥ずかしさが、顔に上がってくる。
声が出ないでいると、頭を下げるお姉さんの姿が見えた。
その先は、わたしじゃなくて、周りの人達にだ。
慌てて、同じようにわたしも頭を下げる。
(むしろ、この場合に下げなきゃいけないのは、わたしの方だよね……)
無言で周囲の人に謝って、お姉さんの顔へ眼を向ける。
「ご、ごめんなさい……。うるさく、しちゃいましたね」
不安に想いながら、お姉さんへも謝る。
ふと、この間の変装のことが浮かんできて、またやっちゃったって感じてしまう。
注意されるか、怒られるか……。
今度こそは、って、想ったのだけれど。
「――とても、楽しい時間を過ごされたんですね」
お姉さんの声は、やっぱり変わらず、穏やかで心地よいものだった。
そっと胸元へ手を当てながら、小さな声でもわたしの耳に聞こえるよう、優しく語りかけてくれる。
「本を受け入れて、幸せな時間を過ごしてくれる。……私にとって、とても嬉しいことなんです」
心からそう想っているような、声と表情。
(やっぱり、あの微笑みは……そういうことだったんだ)
わたしは、自分の感じたことが間違っていなかったことに、不思議な嬉しさを感じた。
「お話、もう少し聞きたいですね。……ちょっと、声を抑えめにしてもらえれば、助かりますけれど」
ただ、そこはちょっと困るところでもあったようで。
「は、はい。あの、ひどい場合は止めてもらえると助かります」
わたしも、申し訳ない気持ちもあって、そう答えるのが精一杯だった。
「わかりました」
そうして、お姉さんは手元の本を、わたしへと渡してくる。
細い指先で包まれた本は、透明なラップで包装されていて、とてもキレイだった。
「こちらが、この間の本の続きになります」
「あ、ありがとうございます」
本を受け取りながら、ここに描かれている内容に、わくわくしていると。
「……それで、ですね。この間の本は、どんなところが良かったですか?」
小さな声で聞かれた、その問いかけ。
見上げたお姉さんの眼を見て、わたしは、あることに気づいた。
(あっ……)
――今にも一緒に喜んでくれそうな、その、楽しそうな瞳。
わたしの行動や話を、受け入れてくれる。
そんな、優しさと嬉しさがいっぱいの、キラキラした瞳。
お姉さんの微笑みに、わたしの胸の中で、ストンとなにかが納得するのを感じた。
(大人っぽいって、こういう人を、言うのかな)
包み込んでくれる、という感覚の方が、近いのかもしれない。
……頭の中に、学の姿が浮かぶ。
嬉しそうに、お姉さんと話す、彼の姿。
学は、この優しさに惹かれて、今もここに来ているのかもしれない。
(……かなわない……かも)
自分のことを考え、比べて、とてもじゃないけれど……無理。
こんなふうに、落ち着いて話を聞ける、そんな自分じゃないってわかってる。
むしろ、今のわたしは……。
(……そういう、こと、なのかも)
部活のこと。
学のこと。
わたしが、ぶつかってしまった理由。
――中身も読まず、勝手に決めつけたら、本当のことなんてわからないよね。
「……あの、大丈夫ですか?」
心配する声に、わたしは、手を振って答える。
「あ、はい、大丈夫です! ……でも今日は、このあたりで帰りますね」
「そうですか、それは残念です」
今日出会ってから、一番残念そうな顔をするお姉さん。
いろいろな表情に変わるのを見て、つい、口元が微笑んじゃう。
「また、来ますね。今日、この本を買って、読み終わったら」
それは、嘘じゃない。
わたしの、今の心からの言葉だった。
――すぐにこの本を読んで、お姉さんと、話したいくらいなんだから。
(もちろん、そのためには、一緒に気持ちを走らせないとね)
中身をしっかり読んでから、ちゃんと、また話に来よう。
その気持ちが伝わったのか、お姉さんの顔に笑みが戻る。
「はい。続きがご入り用の際は、また、お呼びくださいね」
「……ぜひ、お願いします」
そうして、その日は新しい本を手に、自宅へと戻り。
――それからのわたしは、お姉さんと新しい本に出会うため、その本屋へ通うようになっていった。
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