表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
23/48

視界の広がるあの場所で - 13

 ※※※




 ――今日も、この間のようにいい天気。


 入口の自動ドアが開ききる前に、店の中へ。

 こんなにも、ゆっくり開くのがもどかしいのは、始めてかも。

(そうだ。始めて、ちゃんとお店に入った気がする)

 サングラスがないと、こんなにも、キレイなお店なんだって気づく。

 黒や白に、緑や赤や青と、数えきれないくらいの彩り。

 たくさんの色がわたしの眼に、ばっとたくさん入ってくる。


 ――ここには、こんなに知らない色が、もっといっぱいあるんだ。


 よく見渡せる店内へ、顔と眼を動かす。

 いるかどうかわからなかったけれど、あの人を、探してしまう。

 焦るわたしの耳に、その声は、届いてきた。


「いらっしゃいませ」


 夏の風鈴が鳴るみたいに、わたしの心へ、その声は気持ちよく響きわたる。

 丁寧で穏やかなのに、しっかりと相手へ伝わっていく、包まれるような声。

(どこだろう……)

 首を回すと、近くにはいないから、少し離れたコーナーなのかも。

 わたしへ向けられた言葉、というわけじゃなくて、誰か別の人へかけた声みたい。

(いてくれた……!)

 声を聞けたことが、嬉しい。


 ――だって今日は、あいつが来る時間より、ずっと前に来ているから。


 聞こえた方向へ、足を向ける。

 気持ちばかりが焦るけれど、店内で走るわけにも行かず、早歩きみたいに進んでいくと。

(いた……!)

 想わず声が出そうになるのを、ぐっとこらえる。

 今は、本の整理をしたり、いろいろな人の対応をしていたみたい。

 それが仕事なんだから、当たり前なんだけれど。

「……?」

 その人は手を止めて、眼だけで、こちらを見てくる。

「いらっしゃい、ませ……?」

 挨拶をしながら、少し意外そうな顔をするお姉さん。

 ……後になって想えば、あんまりにも必死そうな気持ちが、顔に出ていたのかもしれない。

 そのままぎゅっと顔を見ながら、手で触れられるくらいまで近づいていく。

 眼の前で足を止めたわたしは、一息してから。

「あ、あの!」

 ちょっと声を張りながら、声をかけた。

「は、はい。なにかご用……」

 お姉さんが言い終わる前に、持ってきたカバンの中から二冊の本を取りだして、言っていた。


「この漫画の続き、教えてください」


 ――そう。

 わたしは、お姉さんのすすめてくれた漫画に、すっかり惹かれていた。


「続きを、知りたいんです。この後、どうなるのかを」

 言いながら、手元の表紙を見返す。

 そして、想いだす。

 買ってから今まで、ずっと惹かれている、その本の中身を。

「ずっと、考えちゃって。だから、教えてください!」

 書かれていたのは、わたしと同じように、コンマ一秒を縮めようとがんばる登場人物達の姿。

 ひどく地味で、練習ばかりで、つらさや苦しさもあって。

 ……でも、同じくらい、楽しさも描かれていた。

 そこでがんばる登場人物達は、もちろん、現実にはいない。

 今までわたしが好きで読んでいた、選手のインタビューとは違って、彼らの言葉は本当じゃない。

(でも。……すごく、共感できる。本当みたいに、想えてくる)

 描かれている気持ちや笑顔は、本当にあるものより、本物みたいに感じられた。

 誇張された動きやできすぎな場面は、もちろんあったけれど……嫌な風景かといえば、そうじゃなかった。

 それも含めて、わたしは、漫画の世界にすっかり惹かれてしまった。

 だから、読み進めて、共感もしてしまった。

 何度も何度も、同じページを広げて、読んでしまった場面もある。

 主人公が、なんのための練習なのか分からず、逃げ出して……。

(でも、その意味が分かるところなんかは……あぁ、そうだったかもって、想いだしちゃった)

 わたしがかつて味わった、つらさや苦しみ、喜び。

 彼らも、その言葉にしづらい想いを、知っていた。

 まるで、一緒に走った友達のように、登場人物達の言葉に惹かれた。

(……わたしにも、あった、んだよね)


 ――時にはぶつかりながらも、お互いにわかりあう、漫画の世界の彼ら。

 ――わたしもあの頃は、ちゃんとそんなふうに話せて、横も見れていたのかもしれない。


 フィクションを読みながら、今の自分を、ふりかえる。

 日々繰り返す練習や、突然のトラブル。

 想いがけない人間関係や、授業や友達との兼ね合い。

 たくさんの出来事にあいながら、自分の身体がつらくなっても、信じて続けていく日々。


 ……すごく似ているけれど、もちろん、全部に共感できたわけじゃなかった。

 読み返しても、違うかも……と想う部分は、やっぱりある。


 特に、主人公。

 すごくガンコなところは、まっすぐでいいところって、わかるんだけど。

(周りの人の優しさに、もう少し、気づけばいいのに)

 自分の考えを曲げないままなのに、周囲もあわせて、変わっていってくれる。

 もちろん、主人公の努力あってこそだって、想えるんだけど。

(……わたしは、この子じゃ、ないもんね)

 一緒に、成長するなんて。

 ……夢みたいな話だと、今のわたしには、想えてしまう。

(それでも、気になる)

 でも、だからといって、終わりにしたくは想わなかった。

 むしろ、この後で彼らがどうなるのか、頭の中はそれでいっぱい。


 ――こんなに、走ること以外で気になったのは、あいつのこと以来かも。


(お互いがぶつかっても、わかりあっていくのが……どうして、なのか)

 読んだなかで、主人公に与えられた課題。

 わたしの与えられたものより、ずっと重かったものもあった。

 自分だったら、主人公のように、ただ受け入れることができたのかな。

 ……ううん。

 心のなかで、左右に首をふってしまう。

(言い返して、自分のペースでって……言っちゃう、かも)

 それは、自分勝手な話なのかもしれない。

 でも、主人公は協力しながら、その課題を乗り越えていく。


(わたし……本当に、ちゃんと伝えようと、していたのかな)


 だから、この子達がどうなるのか知りたかった。

 自分に重なる部分が、どうなってしまうのか、知らずにはいられなかった。


 寝る間も惜しんで、ページをめくっていた。

 何度も、何度も。

 でも、その答えがでる前に。

 ……物語は、途中で終わっていた。

 続きがあることを、最後のページに、残しながら。


 ――先を、教えてほしい。

 なにか、あるような気がする。

 わかるような、気がするから。


 だからわたしは、今、ここにいる。


「あの、お姉さんの言ったこと……本当でした」

「私の、言ったことですか?」

 はい、とうなずいて、わたしは必死で想いを伝える。

「ある意味で、本当の世界だって言うことです」

「確かに、そうお話しましたね。……私も、そう想っています」

「読んでいると、わたし、自分のことみたいにのめりこんでました」

 そこまで言って、ぐっと、こらえようとしたけど。

「それに……自分のことにも、ちょっと想ったりしてました」

 この間は、言えなかった想い。

 それも、口から出てきた。

(今までも、つい読んじゃうものは、あったけど)

 雑誌の選手インタビューや、特集記事。

 効果的な練習メニューや食事の方法なんかを読んで、そうした感情になることはあった。

(憧れたから、まねすれば、同じになれるって想ってた)

 自分に、活かせる部分はないだろうか。

 そんなことを想いながら、読んで、そうなる姿を想像したりもした。


 ……実在の人は、でも。

 わたしよりずっと、先にいて。

 焦って、想いこみだって、わからされて。


「だから、もっと知りたいなって。今のわたしが、すごく共感できる、この子達のことを」

 空想のキャラクター達は、今のわたしよりも伸び伸びと、走ることを楽しんでいた。

 その姿や言葉は、実在の言葉とは違う、不思議な気持ちをわたしに与えてくれた。

「続き、ありますか」


 ――この子達と一緒に走って、想い出したかった。

 自分にも、こうして楽しみながら走った時間が、必ずあったはずだから。


 わたしの願いに、お姉さんは、二冊の本を買った時と同じ笑みを浮かべてくれた。

「はい。もちろんです」


 ……この笑みは、やっぱりずるい。

 この人のすすめる本を、話を、読みたくなってしまう。


 わたしの心は、お姉さんのふわりとした微笑みで、同じように軽くなる。

(うん。やっぱり、本屋さんには本を探しに来ないとね)

 ……この間までの不審者行為が、まだちょっと、胸の片隅に残っていたりもする。

 だから、ちゃんと本のことを話せるのが、後ろめたくなくてよかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ