視界の広がるあの場所で - 07
(部活のことも、知ってるんだよね)
朝の会話を想い出して、苦い気分が戻ってくる。
直接、そう言われたわけじゃない。
だけど、おそらくそうなんだと想い、ため息をする。
――学の言っていた、ぶつかるって話は、あいつとのことじゃない。
(ううん、学とも……ぶつかっちゃったのか)
二つの問題の内の、もう一つ。
――わたしは今、ちょっと部活で孤立している。
うちの学校は、特に部活に対して熱心な学校というわけじゃない。
もちろん、いい加減ってこともないけれど、特別扱いもない。
陽が暮れるまで練習に明け暮れ、大会で上位入賞を目標にする、なんて空気じゃなかった。
(でも、みんな、身体を動かすのは好きなんだ)
わたしも同じだったから、部活の時間はすごく楽しかった。
それに、がんばった分だけ記録が伸びて、とても嬉しくなった。
だから、よりがんばりたいと想って、テレビや雑誌で読んだことを「やりましょう!」と言ってみたんだ。
そして、それと似たメニューを実行してみたんだけれど……。
――結果として、周りの子達と、ぶつかってしまった。
(これがいい、って書いてあったし、そう想ったんだけれど)
目標を大きく持ちたくて、メニューや課題を、独自に提案した。
ただ、それまでは楽しげだった先輩達も、その話題になると難しい顔になったりした。
それでも、ついてこようとしてくれた子達もいた。
でも、反発した人達とのやりとりを、わたしはうまくとれなかった。
それどころか……。
どっちつかずの意見や、極端な意見をばらまいて、逆に距離をとられてしまった。
どんどん、なにを言っても、うまくいかなくなっていって。
最後には、ついてきてくれた人達にも、怒り出してしまって。
……そして今、わたしは、独りでグラウンドを走っている。
(確かに、人それぞれ、なんだけれど)
頭を冷やすと、自分の悪いところも、相手の言いたいこともわかってくる。
でも、謝ることはできなくて。
言いたい言葉が、見つからない。
言いたい想いは、たくさんあるはずなのに。
(でも、やっぱり……)
それからは、わたしからも周りから距離をとって、独りで練習している。
先輩からも、同級生からも、後輩からも。
タイムを計ってくれたり、練習道具を片づけたり、表面上は大きく避けられてはいないんだけれど。
以前みたいに、楽しくは話せないまま。
……もう、二週間くらいたってしまった。
(謝れば、いいのかもしれないけど)
でもそれは、『自分の考えが間違っていた』って認めるみたいで、できなかった。
全部正しい、なんて言う気も、ないんだけれど。
……ちょうど良いところが、わからない。
伝えたい言葉が、見つからない。
(いつ、あいつは知ったんだろう。……誰かから、聞いたのかな)
そんなわたしのことも、学はちゃんと見ていたみたい。
いったい、誰が話したんだろう。
それとも、わたしの様子や部活の空気を、どこかで見ていたりしたんだろうか。
ぽつりと、複雑な気持ちで呟く
「……そう、見てはいるのよね。見て、いるんだけれど」
あいつが、あんまり本音を出さないタイプなのは知っていた。
自分からはあまり人と関わらないし、口数が少ないのは、子供の頃から変わらない。
ただ、話さないわけじゃないし、笑わないわけでもない。
わたしは、それを知っていると想っていた。
本音を出してくれる一人のなかに、自分も入っているんだと、勝手に信じていた。
でも、今日の言葉は……そうじゃなかったように、わたしには聞こえた。
(あれが本音なら、わたしは、学の隣にはいないんだ)
嘘がないからこその、ショックなのかもしれない。
そんな自分の性格が、今日の自分勝手な怒りと、部活の今になっているのも、よくわかっているのだけれど。
「わたし、は、周りの一人」
呟きながら、そのとおりかも、と感じてもしまう。
言われたとおりに、学の言葉と、ぶつかってしまったのだから。
……変な言い回しをする、あいつも悪い、と想っちゃいはするけれど。
(めんどくさい、自分……)
ベッドの枕に顔を埋めながら、気分は沈む。
疲れた身体は、どんよりと重い。
なのに、考える頭は止まらない。
すっと、うつぶせのまま顔を上げて、ぼんやりと呟く。
「――隣にいてほしいのは、やっぱり、あの人なのかな」
学が、隣にいてほしいと想っている人。
もし、あいつが、そういう人を望んでいるなら。
……想いあたる人物を、わたしは知っていた。
ずっと前に、しかも、あいつの口から直接聞いたこともある。
でも、その人にわたしは、会ったことがない。
(どんな人、なんだろう)
考え込んでいた頭を上げて、ぐっと上半身をベッドから起こす。
身体をそらし、伸びをして、少しだけ気分を晴らす。
――うん。
やっぱり考えるより、動いた方が気持ちいい。
だから、わたしはその直感のままに身体を動かして、クローゼットと小物入れへ足を動かす。
「そうだ。決めた」
学の想い人。知りながらも、避けていた相手。
行くのなら、今度の日曜日。
でも、あいつに見つからないようにしなきゃ。
どうやって行こうかと考えながら、準備を始める。
友達と出かける時とは違う、わたしと気づかれないための服装。
少しばかりの小物もつけて、誰にもばれない姿にならなきゃ。
(そして、見に行こう)
学がその人の前で、どんな顔をして、なんの話をしているのかを。
そして、それを見て……。
(わたしは、どうしたいんだろう)
そうは想いながらも、わたしは、準備を続けた。
ただ、知りたい。
――そんな、単純な想いを、否定できなくて。
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