表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
15/48

視界の広がるあの場所で - 05

 苦いコーヒーを飲んでしまったような、そんな気分。

 胸が重いわたしに、(まなぶ)は言葉を続ける。

「お前の頑張りも、聞いてるけれど……。やり方は、それぞれあると想う」

「……なに、それ。なにを聞いてる、っていうの」

 わたしの胸に広がる、解決できない苦さ。

 その理由を、(まなぶ)には、まだ話していない。

 話してないのに……まるで、わかったような顔で、こいつは心配する。

(その悩みは……知られたく、なかったのに)

 今までみたいに、自分の記録が伸びなかったり、目標が高すぎて悔しい、っていうような悩みじゃなかったから。

 だから、その苦みに、触れて欲しくはなかった。

 なのに。

 こいつから、せっかく、話しかけてくれた話題が。

 ……わたしが、つまずいていることだなんて。

「いきなり走ろうって言われても、さ。ついていけるやつばかりじゃ、ないんだから」

 なにを言われているのか、ちゃんとはわからなかった。

 わたしの頭は、よくないから。

 消費税だって、わからないんだ。

 だから、わかりたく、ない。

 ……でも直感的に、わたしは、不愉快になった。

 そしてそれは、次の一言で、爆発してしまった。

「周りを見て走らないと……ぶつかる、だろ」


 ――こいつのこういうところが、とっても嫌だ。


「余計なお世話よ! この、お節介!」

「おせっか、って……おい!?」

 わたしは怒鳴ってから、背を向けて歩き出す。

 顔が、歪んでいるのがわかる。

 見える周りと同じくらい、ぐらぐらになっていると想う。

「お、おい!?」

 背中越しに(まなぶ)の声が聞こえるけれど、足を止めることはない。


 ――なにを注意するように言われたか、わかっている。

 だから、怒りと悲しさで、ふりかえれない。


 近づこうとする足音も聞こえたけれど、途中で止まる。

 チャイムの音と、先生がドアを開けて入ってくる音が、同時に響いたからだ。

 席へ戻り、黒板を見る。

 先生はなにも知らないように、いつもどおりのホームルームを始めた。

 教室の後ろの方にあるわたしの席。

 少しだけ、黒板から眼を離して周りを見る。

 そこには、ちらりとこちらを見る、クラスメイトの視線がわかった。

 みんな、すぐに黒板に眼を戻したけれど。

 ……わかってる。

 怒っているわたしの方が、おかしいんだってことは。


 『最近の咲希、ちょっとおかしくない?』

 『気が立ってるのかなぁ、どうしたんだろ』

 『ほら、あの話が本当ならさ……』

 『咲希、まじめというか、引かないからね』


 ぐっと、右手で、左手を強くつかむ。

 声が出ない程度に、息を吐いて、眼を閉じる。

(……妄想よ)

 聞こえた気がした声は、ただの自分の想像。

 でも、そう言われてても仕方ないかって想う。

 それくらい、自分の今の態度がよくないってのも、わかる。

 落ち込みもする。

 でも……と、強く自分の手を握ってもしまう。


 ――クラスメイトから向けられる目線は、とてもよく似ていた。

 わたしが今、抱えている、悩みの始まりに。

 この間、部活のみんなへ自分の意見を言って、否定されてしまった時に。


(わかるけれど……)

 今、(まなぶ)へ言ってしまった言葉。

 良くないんだろうなってことくらい、そんな眼をされなくても、わかっている。

 わかるから……重ならない。

 謝りたい自分と、譲れない自分。

 二人の自分が、ぶつかって、うまく走ってくれない。

(ぶつかる、か。横に並んで、欲しいだけなのに)

 さっきの(まなぶ)の言葉を想い出しながら、そんなことを考える。

 ……自分のなかでも、周囲との間でも、今、わたしはぶつかってばかりでちゃんと進めていない。

「え~、それでは授業を始める。集中するように……」

 のんびりした先生の声が、遠くに聞こえた。

 それからは授業が始まり、静かな時間が過ぎていく。

 わたしは、見慣れない単語の並ぶ教科書の文字を、ぼんやりと見つめる。

 それは、集中するためじゃなかった。

 ……クラスメイトから向けられる視線も、あいつが浮かべている顔も、すぐに見たいとは想えなかったから。

 特に、あいつの顔は、意地でも見ないようにした。

 怒っていようが、申し訳なさそうにしていようが、気持ちを抑えきれないから。


 ――隣に並んでほしいのが誰か、気づいてくれない感情を。

 そして、気づいて欲しくない部分までちゃんと見ているのに、その気持ちには気づかない悔しさを。


(なら……さ、って、想っちゃうじゃない)

 自分のわがままで、はっきりしないのが悪いとも気づいているけれど。

 折れたくは、なかった。

 あいつのことも、部活のことも、わたしは自分の目指す目標を叶えたかった。


 ――折れたくなかったから、どうすればいいのか、わからなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ