視界の広がるあの場所で - 02
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「はっ……はっ……」
一定のリズムをとりながら、あまり呼吸を乱さないようにする。
テレビで見た、好きな選手のフォーム。
まだうまくはできないけれど、ちょっとは馴染んできたかも。
「……!」
息を整えながら、足を止める。
息が、つらい。
けれど、目標の人は、雑誌で読んだらもっとすごい練習をしていた。
わたしより、ずっとずっと早いのに。
同じような早い人達に囲まれて、いつもコンマ一秒を争って、それでも諦めなくて。
そんな、想像も出来ないような体験を、しているだろう人達。
少しでも近づけるように、わたしも、がんばりたい。
「……ふぅ……」
息も落ち着いてきて、気持ちいい身体のだるさがやってくる。
全力で身体を動かした後の時間に、ひたっていると。
――がちゃり、と。
なにかを重ねたり、取り外したりするような音が聞こえてくる。
(あっ……)
その音がなんなのか、考えたくはなかったけど。
聞こえてきた方へ、眼を向ける。
(片づけ、か)
見れば、スターティングブロックやハードルを片づける姿。
先輩達や後輩達は、もう、グラウンドから離れて、部室の近く。
それだけじゃない。
みんな、汗も引いて、呼吸も元通りに見える。
先生も首を回しながら、のんびりした顔で時計を見ている。
そこからわかるのは、もう、今日は終わりだという空気。
(まだ、走れるのに。走った方が、いいのに)
ぎゅっと、手と唇だけに力を入れて、想う。
紅くなっているけれど、まだ陽はあるのに。
「……っ」
言いたいけれど……言えなかった。
頭のなかに、ある言葉が浮かんでしまうから。
(……やりすぎも、よくないよね)
呼吸はもう、元通り。
独りで走る、というわけにもいかない。
だから、そう納得させて、気持ちを落ちつける。
でも……みんなの中に入っていく気にもなれず、どうしようか、迷っていると。
「あ、あの……」
すると、右の方向から声がかかる。
「先輩、あの……今日は、もう終わりです」
ぎこちなく、後輩に終了の連絡をかけられる。
「……うん。ありがとう」
うなずいて、わたしもみんなの元へ一緒に行く。
今日の反省と明日の予定を確認して、解散。
部員はみんな、ぱっといなくなった。
わたしも、運動場を後にする。
……まだがんばる部活の声が、背中に聞こえてきて、うらやましくもなる。
とりあえず制服に着替え、帰宅する準備。
下駄箱で靴をはきかえ、学校を出て少ししてから。
……また、想い出す。
胸のなかに、どんよりとした、曇り空のような気分。
(もう、何日か、たつのに)
忘れられない言葉が、頭のなかで再生される。
鮮明に、今さっき言われたような、響きを持って。
『――テレビや雑誌に影響されて、あなたが本当だって言って、考えていること。……それが、正しいと想ってるの?』
「……っ!」
足が止まって、眼をつむる。
ぎゅっと、両手も握って、感情を抑える。
「……わたしは、間違ってない」
そうして、言えなかった言葉を、言っては駄目なんだろうなという言葉を、独りで呟く。
頭のなかの声は、それで、少し治まったけれど。
わたしが、まだ、あの日の気持ちに整理をつけられないでいるのは、間違いなかった。
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