七夕伝承
皆様、初めまして。私、坂田 薫と申します。
さて、突然ではありますが、皆様は桃太郎をご存知でしょうか? などとお尋ねするまでもない事と存じます。そうです。桃から産まれ鬼退治を果たしたあの桃太郎です。
では、鬼退治を果たした後の物語はご存知でしょうか?
恐らくは朧気にこうじゃないか? という程度の方が多い事と存じます。
ですが実は、桃太郎の後日譚と言うべき物語が私の一族に受け継がれているのです。
この度お会いできましたのも何かのご縁。拙い語り手ではありますが、お付き合い頂けましたら幸いです。
それでは、知られざる桃太郎の後日譚。
はじまり。はじまり~
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京の都にある屋敷でも、とりわけ大きな屋敷のとある一室で一人の男が何をするでもなく、寝転びながら庭を眺めている。
何を隠そう彼こそが、大江山の鬼退治で名を馳せた源頼光その人である。
今でこそ、頼光という名前が広く知れ渡るようになったが、父親の政敵から守る為に幼少期は祖父母の元へと預けられており、身辺について知られるわけにもいかず、桃から産まれたという珍妙な出自とされていた事から、桃から産まれた男児。という事で桃太郎などと呼ばれていたのであった。
そして悪逆の限りを尽くし、人々に恐怖を振り撒いた天災とでも言うべき悪鬼・酒呑童子に対し、お供を連れて退治した武勲が朝廷に認められ、晴れて自らの屋敷を持つに至ったのである。
しかし、命懸けの鬼退治を果たした反動からか、近頃の彼は何をするでもなく日々を無為に過ごしているのだった。
「ふぁ~ぁ。天下泰平。今日も世は並べて事も無し。善哉々々」
いつもの様に縁側に腰掛け、庭の木を眺め小鳥の囀りに耳を傾けながら、頼光が誰に告げるでもない独り言を呟いた所で、珍しい事に来客があった。
「邪魔するぜ、大将! って、まだそんな風に怠けてるんですかい?
惚けてないで、いい加減そろそろ新しい事でも始めたらどうよ?」
担いでいた大斧を地に突き立て支えにした状態で、来訪早々に無遠慮な物言いをする男だが、頼光は気にも止めた様子もなく、来訪者に言葉を返すのだった。
「突然やって来たと思ったら、突然どうした金太ろ――」
「幼名はよしてくれって、いつも言ってるでしょうに!」
「あぁ、すまない。律儀に反応するお主が面白くてつい、な。許せ。金時」
そう言って笑う頼光に対し、ふくれっ面を見せていた金時だったが、いつもの事と諦めたのかやがて肩を落とす。
「そういえば、晴明や道満は息災か?」
「いやぁ、陰陽寮に篭もりっきりで家に帰ってすらいないらしいっすよ。
まぁあの二人に関しちゃ、ウチらが心配するだけ無駄な気がしますがね。
ついでに玉藻とか言う妖狐なんすが……」
「ん? なにかやらかしたのか?」
「やらかしたっちゃぁ、やらかしたんですが……」
「なんだ。お前にしては歯切れが悪いな。
どうせ幼子にでも化けて菓子をせびってるのだろう?」
「っ!? どうしてわかったんですか?」
「お前には教えてやらん」
金時の驚いた様子に対して、頼光はまるで悪戯が成功した幼子の様に悪戯っぽく口角を吊り上げ、そう言い放つのだった。
別に頼光が神通力を使えるなどという事ではなく、単につい先日件の玉藻が頼光の元を訪れており、その際にたかられたというだけの事なのである。
「しかし、なんだ。お前を含め『四天王』だなどと言われはしているが、鬼退治の功もあの狐の力があればこそだと言うのに、政ばかりやっている頭の固い連中には呆れさせられるな。
お偉方が芸人に言って民へ広めたさせた話。お前も耳にした事があるだろ?」
「そりゃもちろん。
犬猿の仲だという事から、晴明が犬で道満が猿。そんで、なんでか俺が雉にされてるアレですよね?」
「そう、それだ。私達の命懸けの戦いを面白おかしく喧伝するのは構わん。
だが、玉藻の助力を無かった事にして広めているというのは、どうにもこうにも許せんのだ」
「それは仕方ねぇってもんですよ。
朝敵認定した相手に縋ったってんじゃ、朝廷のお偉方も面目丸つぶれってもんですから」
「まぁ、な。それは私もわかっている。だが、かつてはそうであったかもしれぬが、命を預けた仲間を蔑ろにされるというのは、やはり気分の良い物ではないな……。
幸い彼女自身は、その事をあまり気にしていない様だが、であればこそ尚更どうにかしてやりたいと思ってしまうのが人情という物ではないか?」
「っすね~。正直、俺も悔しくないと言ったら嘘になっちまいやす……。
って、なんか話逸らしてってません?」
「チッ。騙されんか」
「舌打ちしました!? 今舌打ちしましたよね!!
今日という今日は俺も諦めやせんよ!」
「わかった! わかったから!
まったく。お前には敵わんな」
徐々に話題を逸らされていった事に気付いた金時が、掴みかからんばかりの勢いで頼光に詰め寄る。
それに対し頼光は、企みが失敗に終わったため、苦い顔をしながら、しかし嬉しさを声に滲ませ金時を宥めるのだった。
「とは言ってもだな、この様な屋敷を与えられているとは言え、私は一介の武士に過ぎんのだ。戦でもない限りは鍛錬の他する事も多くはなかろう。
それともなにか? なんぞ面白い話でもあるのか?」
「あるに決まってるじゃないですか!
最近都に来たっていう姫の話、大将はご存知ですか?」
「知らん。都の人間がどうこうなど、危険が無ければ然程興味もなし。
故にそういった噂話も進んで知ろうとも思わん」
「でしょうね。って事で、ちょっと聞いてくださいよ。
そのお姫さん。えらい別嬪さんらしいんすよ!」
声に熱を帯び始めた金時とは対照的に、頼光は冷めた眼差しで見つめ返すのだが、自身の話に熱中している金時はそれに気付く事なく話を続ける。
「で、ですよ? その美しさといったら、夜でも輝かんばかり。
そのお姫さんの前では月も星も霞んじまうってんで、いつの間にやら広まったのが輝夜姫って名前なんでさ!!
で、そんなお姫さんなんだから、当然ながら貴族連中がこぞって求婚してるんですが、全員袖にされてるって話なんすよ。
って事でどうです? その噂のお姫様に会いに行ってみやせんか?」
「行かん」
金時は熱のままに頼光を誘うも、彼には端っからその気がなく、問答無用とばかりに一言で切り捨ててしまう。
しかし、そこで諦める金時ではなかった。断られる事など織り込み済みといった様子で尚も食い下がるのだった。
「そんな事言わんで、ちょっと行ってみましょうよ。
あわよくば、その別嬪さんが大将の嫁さんに来てくれるかもしれないんすよ?
ほら、大将だってもういい歳なんですし、そろそろ嫁さん貰って後継を作らないと」
「ん、む……。
まぁ、それはそうなんだが……」
「ちょっと見に行くだけ行って、気に入らなきゃ帰って来ちゃえばいいんですよ!
ね? 段取りとかは俺に任してくれりゃ、どうとでもしやすから!」
「まったく。お前は相変わらず言いだしたら聞かん奴だな。
わかった。委細任せるから、いい様にやってくれ」
「さっすが大将! そう来なくっちゃ!!」
「やれやれ。あれでは熊と相撲を取ってた頃と何も変わらんではないか」
頼光が折れる事により、遂に話に決着が着いた所で妙に張り切った金時がそう告げて、一目散に走り出してしまう。
その様に口元を緩ませ、子供の成長を見守る様な心地で頼光はそっと呟くのであった。
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「大将ー!!」
さて、頼光と金時がそんな話をした数日後の事である。
あいも変わらず、のほほんとしている頼光の元に金時が再び駆け込んできたのだった。
「やりやしたぜ! 噂のお姫さんとこと話がつきやした!」
駆け込んだ勢いそのままに、自分の事のように嬉しげな様子で金時がそう告げる。
その様はまるで、大型犬が主人に褒めて欲しがっている様で、彼に尻尾がついていたとすれば、それはもう盛大に振られている事であろう。
「なんだ。あれは本気だったのか?」
「ったり前じゃないですか。
ほら、外に牛車を待たせてるんで、早く支度してくださいよ」
「はぁ……。正直、気が進まんが仕方ない。
これで断ってしまっては、お前の面子にも関わってしまうからな……」
などとぼやきながら、ようやっと重い腰を上げる頼光を見て、金時は一人満足げに頷くのだった。
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ところ変わって、噂の輝夜姫と呼ばれている女の屋敷に着いた二人は、驚いた事に使用人ではなく、養父自らが姫の待つ部屋へと案内されているのであった。
「輝夜、頼光様がお見えになったよ」
屋敷の中でも奥まった所にある部屋の前で養父が立ち止まり、中へ声をかけながら襖を開けると、部屋の中から何かが飛んできた。
「ぶべら!?」
予め知っていたかの様に養父はそれを避け、その後ろにいた頼光の元まで来るが、彼がそれを弾いた結果、金時に直撃したのである。
予想だにしなかった手荒い歓迎を受けた金時は、飛んできたなにか――茶碗――がぶつかった部分を抑え蹲ってしまうのだった。
「あら、後ろの方はともかく、貴方は少し面白そうね」
「これ輝夜。失礼であろう。
申し訳ございません。頼光様。
遅くに迎えた子だった物で、少々甘やかしが過ぎてしまい、ご覧の有様でございます」
「なに。私も堅苦しいのは好かん。
それぐらいの方がむしろ面白くて良いではないか」
「ふふふ。私も堅苦しいのは嫌いよ。
私達、気が合いそうね」
頼光の言葉を受け、輝夜と呼ばれた女がコロコロと鈴を転がす様な声で笑うのであった。
「ねぇお義父様。私、頼光様と二人っきりでお話したいわ。
いいでしょう?」
「そりゃ、わしは構わんが……」
突然の提案に対し、お伺いを立てる様に視線を向けてくる養父に、頼光は笑みを浮かべながら頷くのだった。
この一見奇妙な出会いにより、二人は仲を深め、なんと祝言を挙げるまでに至るのである。
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時は過ぎ去り、頼光と輝夜の二人は都でも有名になる程に仲の良い夫婦となっていたある日の事。
原因不明の奇病に輝夜が侵されてしまう。当然ながら頼光は手を尽くし、どうにかしようとするが、一向に良くなる気配がない。
最後の望みと、晴明を始め道満や玉藻に助けを請うが、彼等が言うには、『火鼠の裘』に火を付け『仏の御石の鉢』を器とし、『龍の首の珠』と『燕の産んだ子安貝』を煮込んだ薬湯を飲ませればとの事なのだが、どれも話にしか聞かない物ばかりで、方々を探させても何一つ見つける事ができずにいた。
「頼光様。その様なお顔をされないでくださいませ。
せっかくの男前が台無しになってしまいますよ」
「その様な瑣末事、お前が気にする事ではない。
それに私の顔が台無しになっても、好いてくれるのだろう?」
「言うまでもない事ですよ。
貴方様のお顔も良いですが、私は人柄にこそ惹かれたのですから」
「ならば何も問題ないではないか」
「大ありですよ。私の身はもう長くはもちません。
であれば、次の妻を迎えるにあたって、お顔立ちが良い方がなにかと都合が良いではありませんか」
「何を言うかと思えば。お前以外の誰に好かれようとも思わん。なれば、私の美醜などやはりどうでも良いことではないか。
それにな。金時達が材料を見つけてお前を治してくれる。だから、お前は安心してその身を休ませて、元気になったら何をするか考えていれば良い」
「ふふふ。不思議な物ですね。
貴方様がそう言うと、本当にそうなる様に思えてしまいます」
「なるさ!」
「そうですね。
では、良くなったら、貴方様の武勇を広めるきっかけとなった大江山に行ってみたいと思うのですが、連れて行ってくださいますか?」
「もちろんだとも!
そうだ! その時は、金時達を連れて鬼退治の話を聞かせてやろう。
話だけ聞くのと、現地で当人から聞くのとでは、何もかもが違うぞ?」
「あぁ……。それは本当に楽しみですね」
「であろう? ならば、病なんぞに負けてはおれんぞ!
さっさと病魔を倒し、いつもの笑顔を私に見せてくれ」
「ふふふ。そうですね。
仮にも朝家の守護と呼ばれる方の妻なのですから、負け戦では終われませんから」
「その意気よ! どれ、果物でも剥いてやろう。そこで大人しく待っておれ」
「ふふふ。この身ですから何処へも行けはしませんよ。
だからあまり待たせないでくださいね。
お戻りが遅いと、兎の様に寂しさに身を任せて、うっかり逝ってしまうかもしれませんからね」
「おぉ、それは大事だ。
であれば急がねばならんな」
そう笑い合ったのが、二人の最期の会話となった。
輝夜の容態が急変し、医師を呼びに行く間もなく呆気なく逝ってしまったのである。
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その後の頼光の姿はとても見ていられる物ではなく、金時達が報せを聞いて戻った時には、かつて対峙した悪鬼の再来かと思わんばかりであったのだ。
そのあまりの変わり様に言葉を無くした金時達は、玉藻にさえも禁忌と言わしめる外法を行う決意を固める。
「いいですか頼光さん。これは外法も外法。世の理を乱し、全てを滅ぼしかねない程の術です。
それでも黄泉比良坂へ向かわれるという決意はお変わりないですか?」
「くどいぞ晴明。
一年に一度といえど、あいつが……輝夜が私の元に戻るのであれば、例え鬼が相手であろうとも我が身を差し出すさ」
「さすがは天下の頼光。勇ましい物よなぁ。
じゃが、外道に堕とした我が身でさえ躊躇う程の外法である事は、努忘れるでないぞ」
「ふん。貴様なりの激励と捉えておくぞ。道満」
「頼光様。無理は承知でありんすが、わっちでは代わりになりんせんか?」
「済まない玉藻。お前の気持ちは嬉しく思うが、輝夜の代わりは誰にも務まらんのだ」
「で、ありんすか……」
「では、始めるとしますか。道満、玉藻。準備を」
思う所はあれども、胸の内に押し込めた三人がその言葉を合図に儀式の準備を始めた所で、今まで黙っていた金時が口を開く。
「大将。やっぱり、やるんすね……」
「あぁ。お前には苦労をかけるな」
「そんな事言わんでくださいよ。
足柄峠で大将に拾われてから退屈とは縁遠い毎日で、楽しませて貰ってやすよ」
「そうか。ならば、今後も頼むぞ」
「任せてくだせえ! だから大将!
絶対に輝夜様を連れて来てくださいね!」
「応とも!」
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その後、頼光が無事に輝夜と会う事が出来たのかは残念ながら残されておりません。
ですが書として残されてはいませんが、今でも年に一度だけ、夏のとある日に二人は逢瀬を重ねているのだと語り継がれております。
それでは皆様、拙い語りに長々とお付き合い頂き、ありがとうございました。
もし、よろしければ皆様も、頼光と輝夜が今年も会えるよう想って頂けましたら幸いです。