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死者の手 ~紅茶とコーヒーと不死人~  作者: 直さらだ
第二章 シャワーを浴びたなら
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九節 う、うまっ……ウマイ……

「――先輩何してるんですか!?」


 アシュリーと一緒のベッドに入っていたのを目撃したらしく、ララは部屋に入るなり開口一番そう叫んだ。つんのめる程の勢いで俺達が寝ていたベッドに駆け寄り、アシュリーを引っ張り出す。アシュリーは「あぅっ」と声を漏らしながら細い脚を暴れさせ、俺のみぞおちを蹴り上げた。地味にいてぇ。

 蹴りの衝撃でバッチリ目が覚めたので、俺もベッドから抜け出した。首を揉みつつ暴れていたアシュリーを眺める。ブカブカのトレーナーがララの腕で捲れ上がり、股間が見えそうになっていた。そういえば下着は履いているのだろうか?


「ララ、離してやれよ。ガキとはいえ起き抜けに服を引っ張り取るのは流石にどうかと思うぞ」


「す、すみませんっ!」


 ララがアシュリーの脇から手を抜いた。自由になったアシュリーがララを不満げに睨みながら、俺の後ろに隠れる。


「先輩、どうしてアシュリーちゃんと一緒にベッドに……」


「別に大したことじゃねぇだろ……」なんでそんな気にするんだ。「下層で生活してた時は場所がなかったから一緒に寝てたんだ。んだから急に一人になったもんで落ち着かなくて、俺が頼んだんだよ」


 アシュリーから勝手に潜り込んだと正直に話してもよかったが、どうも面倒くせぇことになりそうな気がするので止めておいた。

 ララは少しだけ窺うような目線で俺とアシュリーを見たが、俺の言い分を信じたのか息を吐いて肩を下ろした。


「――朝食の用意ができていますので、食堂に案内します。格好はそのままで大丈夫です。食事の後に、先輩には予備の制服を。アシュリーちゃんは……ちょっと服がないのでそのままで」


「昨日着てたやつは?」


 破けてはいたけど、Tシャツとハーフパンツだったはず。とりあえずそれを着てもらって、どっかのタイミングで買いに行けばいい。


「え、捨てましたよ? あんなの、服じゃありません」


 ララがさらっと言ってのける。ひでぇ言い草だなおい。服じゃないって、それを着てたアシュリーと俺はなんなんだ。下層に住んでる奴らのほとんどが似たような格好だったぞ。いい格好をしてるのは、それこそ大きな犯罪者連中くらいだろう。大多数の一般人はボロボロの服だった。

 俺はアシュリーの頭を撫で付けつつ、話しかけた。


「アシュリー、しばらくそのままで我慢できるか?」


「うん、へいき。くつはあるし、この服さらさらできもちいいから」


「よし。んじゃメシ食ったらちょっくら服を買って……金がねぇな」


 馬鹿か俺は。任務の時は金なんかほとんど持たないし、下層で稼いだ金は全部置いてきている。銀行に行くか家に帰らないとダメだ。経費じゃ落とせないし。だがアシュリーをここに残すのもどうも不安。今は俺がいるからいいものの、目を離したら心無いことを言われる可能性だってあるだろう。多分、アシュリーが下層からやって来たってのは昨晩の時点で知れ渡っているはず。

 下層の人間ははっきり言えば迫害の対象だ。同じ国に住んではいるが、対等じゃない。土地を占拠する邪魔者というような認識の方が近いだろう。少なくとも、多くの一般人にとってはそういうもんだ。中層よりも大きな土地を荒らして、スラム街にした、糞野郎ってイメージ。まあ全部が全部間違ってるとは言わねぇが、あまりにも短絡的だ。

 その短絡的思考は『死者の手』の奴らにだって定着している。昨日のあの若造もそうだし、ララだって多少なりそういう意識はあるようだ。俺にだって、下層でコイツに助けられる前まではあっただろう。

 とにかくアシュリーを一人にしてはダメだ。最低限、格好だけでも整えて見た目は中層の奴らと同じにするまでは。


「私が出しましょうか?」


 ララが小さく手を挙げた。意外な提案……でもないか。多少当たりが強くとも、ララは優しそうなタイプだ。下層出身とはいえ、子供がこの状態なのは見かねるだろう。


「いいのか?」


「ええ、ずっとトレーナー……しかも下が無い状態はかわいそうですし」ララがアシュリーを見て苦笑いを浮かべた。


「助かる。そうしたら、朝メシ食ったらさっと出て買いに行こう。アシュリーは……どうすっかな」


 俺は首を揉みながら天井を見上げた。視線を動かしながら、この格好でどうやって外に連れ出すかを考える。ベルトかなんかで無理やりズボンをはかせる? 余った裾をどうしたらいいのかわからん。そもそもアシュリーの腰に止められるベルトがあるかもわかんねぇ。

 ララが首を傾げて意見をした。


「ここで待ってもらえばいいのでは? そもそも、どうしてそこまでこの子を気にするのかもよくわかりませんが……」


「ちょいと事情があってな。なるべく離れたくないんだ」


 誤魔化す。恐らくだが、下層の人間に優しくしているという態度はあまり取らない方がいい気がする。そういう態度が、ララや他の人間の無意識下に影響して、アシュリーに不利益が降りかかるかもしれない。

 当面の間は、仕方なくやってるんですよ的な空気を出しておくのだ。俺の言動は嘘が多いけど気にするなと、アシュリーにもそれとなく伝えておこう。


「……でしたら、車を一台出しましょう。買い物の間は車内に残ってもらって、終わり次第中で着替えればよいかと」


「それ採用」いい案じゃないか。「車、借りていいのか?」


「掛け合ってみます」ララがアシュリーを見て小さく微笑んだ。「――とりあえず、ご飯をまずは食べましょう?」


 見てみると、アシュリーは露骨に腹が減ったという顔をしていた。

 ララの案内で食堂に入ると、辺りにいた隊員達が俺とアシュリーに好奇の目を向けてきた。まあ当然だろう。死んだと思われていた隊員が、下層のガキ連れて帰ってきたら俺だって興味津々よ。

 アシュリーを椅子に座らせると、ララが「先輩達の分、貰ってきますね」と言いその場を離れた。少しして、二つのプレートをよたよたしながら持って戻ってくる。俺がさっと立ち上がりプレートを受け取ると、ララは嬉しそうにはにかんだ。

 プレートに乗った極一般的な朝食のメニューを見て、アシュリーがガタガタ震え出した。その気持ちがある程度わかってしまう辺り、たったひと月とはいえ随分俺も下層に馴染んでしまったのだなと思う。

 俺とアシュリーの目の前には、ちょっと硬そうなバゲットと、野菜のスープ(ベーコン入り)が置かれている。特に野菜、凄いぞこれ。なんせ野菜が野菜だと認識できる程度には形を保っている。大きいのだ。下層で食べていたクズ野菜と違って、煮た瞬間溶けて崩れてしまうなんてことはない、ちゃんとした野菜だ。


 自然と涙が出てしまった。アシュリーも同じらしい。突然泣き出した俺達を見て、辺りがどよめき出した。だがそんなことは一切気にならない。はやる気持ちを抑える。まずはお祈りだ。こういう時ぐらいはちゃんとやろう。

 スプーンに伸びかかっていたアシュリーの手を押さえ、俺は胸の前で手を組んだ。アシュリーもそれを見て、俺と同じように手を組む。


「……あまねく時を司る女神フェノムよ。あなたがもたらした新たな一日に感謝致します。今日もまた我らが進むべき道に、あなたのお導きがあらんことを」


 祈りを捧げ、黙祷。目を開ける。目の前でスープが湯気を立ち昇らせていた。アシュリーと二人で頷き合って、笑う。スプーンを手に取り、一気にかっ込む。

 机を叩いた。涙が物凄い勢いで溢れてくる。遠巻きに見ていた隊員達が明らかに奇妙なものでも見るような目をしていたが、やっぱり一切気にならない。


「うめぇ……なんだこれ……」震える声で絞り出した。


「う、うまっ……ウマイ……」アシュリーも泣きながら言い、パンを口に突っ込んだ。


 それからはもうあっという間だった。今までろくなもんを食ってなかったせいか、突然落ちてきた極上の食べ物で胃が活発になったのか――多分両方だ――俺とアシュリーはプレートに乗っていた料理を一瞬で食べてしまった。それだけに留まらず、他の隊員が自分達の朝食を確保したのを見届けた瞬間に、二人で走って配膳係のところに詰め寄り「余ってる分よこせ!」と怒鳴った。半ば脅すようにしてスープとバゲットを受け取ると、二人で競うように食べ、その日用意されていた朝食は綺麗サッパリなくなってしまった。

 胃に幸せな重みを感じながら、俺とアシュリーは涙を拭った。


「生きてるって幸せだなぁ……」


「幸せだーっ」


 俺が呟くと、アシュリーが後を追うように繰り返した。腹を二人揃って叩き、満腹アピール。班員と一緒に朝メシを食べていたララがこちらを見て苦笑していた。ララどころか、食堂にいた隊員十数名全員が生温かい視線を向けている。

 腹一杯になって流石に冷静になってきた。ちょっとだけ恥ずかしい。こういう注目のされ方は……なんか……嫌だ。理由はよくわからないが、なんていうか、若干不快。

 とっとと制服に着替えて、買い出しと報告に行こう。いつまでも寝間着のままは可哀想だし、早くちゃんとした服を着させてやりたい。せっかく髪や身体を綺麗にしたのにもったいないだろう。あれでもアシュリーは女なのだ。下層じゃそういうことは考えられないだろうが、ちゃんと『女の子』をさせてやるのも保護者の務めだ。


 ララを連れてそそくさと食堂を退散し、俺は一旦『死者の手』の制服に着替えた。そういえば略章とかどうしたっけと思っていたら、見計らったようにララが俺の胸にバッジを付けていった。どうやら昨日来ていたボロボロのコートから回収していたらしい。

 支部長に挨拶をして、車を借りる。ララの班員にも挨拶をして、ララを借りていくと断ってから、俺達は支部を出て車に乗り込んだ。買い物を終えたら、シャフトに直行、上層に上がって本部へゴーだ。

 車の中ではしゃぐアシュリーをララに押さえてもらい、俺は車を走らせた。最初はララが運転すると言っていたのだが、車内で暴れるアシュリーを見て「私はアシュリーちゃんを押さえておきます」と心変わりをしていた。別に俺が押さえても構わなかったのだが、金を出してもらってるのに車まで運転させるのも気が引けていたので快諾した。


「――あ、そこです。角のお店」ララが後部座席から手を伸ばして言った。


「あいよ」


 車を減速させ、通りの適当な所に停止させた。エンジンを切り、辺りを見回す。制服と一緒に貰っていた仮面を頭に押し当て、ベルトを閉める。


「おっさんそれ何?」アシュリーが仮面を見て尋ねた。


「顔隠すためのマスク。あんま好きじゃねぇんだけど、年取った隊員が制服着てるとおかしいからな」


「なんで?」


「『死者の手』は十五歳で受験って決まってるからだ。つまり、一部の例外を除けば第一世代の隊員はいない。不死じゃないって隠すためには、老けた奴は顔を隠して誤魔化さにゃならん」


「なるほどー?」わかってんのかわからないニュアンスでアシュリーが呟く。


「んじゃ、ちょっくら服買ってくるから、ちょっとここで待ってろ」仮面がしっかり留まっていることを確認しつつアシュリーに言いつけた。「どんなのがいいとか、あるか?」


 尋ねると、アシュリーは少し考える素振りを見せたが、誤魔化し笑いを浮かべながら小首を傾げた。


「わかんないから、おっさんが買ってきたやつならなんでもいいよ」


「あいよ。若い女の子の援護もあるし、まあなんとかなるだろ」


 俺はララを見て肩をすくめてみせた。頼むぞララ。お前が頼りだ。


「が、頑張りますっ!」


 握り拳を作って言い、ララが車から降りた。どうも肩の力が入っている気がするが……まあいいか。俺も続いて降り、ドアを閉める。軍用車だから、これにイタズラをしようなんて馬鹿はいないはずだ。

 ロズメリアは末期だ。ちょっとした犯罪……万引きやイタズラ書きレベルでも死刑になっちまう。まあ不死で寿命が消えちまったからこその対応だろう。犯罪者だけでも間引いとかないと、永遠・・人が増えてパンクしちまう。……もうほとんどパンクしてるけど。じゃなきゃ下層なんて生まれない。

 『死者の手』の軍用車があるってことは、処刑権限を持った奴がそばにいるってことだ。そんな状態で下手な真似をするようなのは、自殺志願者くらいなもんだろう。

 店の前まで行くと、店内のガラス窓から俺とララを見た店員が顔を青くした。辺りを歩いている住民も若干不安げである。これも想定内の反応。俺達はその場で犯罪者を処刑する権限を持っているから、住民にとっては恐怖の対象だ。下手に絡んで隊員の機嫌を損ね、処刑されたなんてケースがなかったとは言えない。

 服屋の戸を開くと、店員がカウンター越しに「い、いらっしゃいませ……」と震える声で言った。その視線は、髑髏どくろをモチーフにした仮面、つまり俺の顔に注がれていた。

 俺はなるべく明るい声を意識して、店員に要求した。


「子供用の服をくれ。女の子っぽいやつ」


 何を言われたのかわからないという店員の呆然とした表情が、俺の脳裏に深く刻まれた。


用語解説


食糧事情:

ロズメリアの農畜産業は、主に下層の更に外、開拓地と呼ばれる場所で収穫したものを中層へ輸送し賄っています。収穫物のほとんどは中層で消費されていたり、外国へ輸出されていますが、一部の、通常売り物にならないような出来損ないのものは下層に卸されています。

開拓地の整備が進む前までは、下層の食料活動は実質的に死んでいました(僅かな収穫は、全て中層で消えていました。開拓し始めの頃は中層でも飢餓が多く発生していました)が、出来損ない品が卸されるようになり、結果として多くの人間が食事をすることができるようになりました。

また、このルート経由で一部の人間はタネなどを手に入れ、小さな農場などを下層に開いたようです(うんこ買い取ってた人とかです)。

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