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死者の手 ~紅茶とコーヒーと不死人~  作者: 直さらだ
第二章 シャワーを浴びたなら
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七節 じゃあちゃんとシャワってくる!

 風呂……風呂……ここか。

 壁に掛けられた小さな案内板を発見し、立ち止まった。辺りを見回す。人の気配がしない。

 誰もいないの? ねえ、俺一人で風呂入んないといけないの? さっき縫ってもらったばっかりなんですけど?


「おーい、誰かいねぇかー? 怪我人が困ってるぞー!」


 少しだけ大声を出してみる。……が誰も来ない。俺の声が人気のない廊下に虚しく響いた。なんかちょっと恥ずかしい。独りで馬鹿みたいじゃないか。


「はぁ……めんど」


 呟きながらシャワールームの戸を開け、足を庇いながら歩いて入り、閉める。自分でどうにかできるだろう。要は傷口に触れないように気をつければいいだけだ。

 更衣室に置かれたベンチに座り、とりあえず着ていた服を脱ぎ捨てる。うーむ、改めて見るとばっちいな。泥や灰で汚れているし、縫製もボロボロ。制服もずっと放置してあったせいでなんだかカビのようなものが生えている気がする。


「あ、やべ……、新しいのどこだ」


 確かララがここにあるとか言ってたような記憶が……。

 素っ裸でブラブラさせながら辺りをキョロキョロするとか情けなさ過ぎる。泣きたくなってくるわ。……あった、あれか。

 籠の中にタオルと寝間着っぽい地味目の服が入っていた。比べるまでもないが、恐ろしい程綺麗である。肌触りも良い。ちょっと感動する。

 籠を持ち上げわかりやすいところに移動させると、杖を籠の側に置いて、片足で跳ねながら移動してシャワールームの中へと入った。更衣室もそうだったが、しばらく誰も使っていないらしく、カラッと乾燥していた。奥まったところにある仕切りを押し開け、狭っ苦しい個室に入る。


 蛇口を捻ると水が出た。少しの時間を置いて、湯気が立ち上っていく。お湯になった。水が! お湯になった!

 やべぇマジで感動する。これだよ。俺が求めていたのはこれなんだよ。ああ、素晴らしきかな。

 手で触れてみると、湯は人肌よりもちょっと熱いくらいの温度だった。本当はもっと熱い方が好みなんだが、まあ仕方あるまい。

 傷口にかけないよう注意を払いながら、頭からお湯を被る。もうこれだけでも気持ちいい。身体を洗うために石鹸に手を伸ばす。

 手からツルッと滑り落ち、石鹸が床に落下した。排水口に向かって滑っていき、止まる。やっちまった。

 拾おうと少し屈んで石鹸に手を伸ばしたが、俺の視界から白い石鹸が消えた。排水口に引っかかっていたはずなのに、ない。


「アタシ、やり方知ってんだ」


 背後からどこぞで聞き覚えのある口調の声が響き、同時に背中に石鹸とタオルが押し当てられた。上下にタオルを動かし、石鹸を泡立てる。


「おい……ここ男用だ。お前は女だろ、アシュリー。っていうか何でいるんだよ……」


 背中や腰に腕を回してくるアシュリーを押しのけようとしたが、腕に触れる感触が明らかに柔らかく、俺は慌てて中断し腕を引いた。

 ……なんで裸なんだよ。十歳? もうちょっと上かわからんが、そのくらいの年齢の子ってのはなんやかんやで女らしさが出てきている。一般的な話として、このぐらいの年代の女は恥じらいとかそういうもんを覚えているはずなのだ。

 だがアシュリーは違う。コイツにはそういうことを教育する奴がいなかった。何年独りで暮らしてんのか知らねぇけど、こいつは女としての常識が半端だ。


「アシュリー。身体を洗ってくれんのは非常にありがたいんだがな?」


「うん、何?」アシュリーが脇腹の傷を避けて、労るように優しく肌を撫でる。


「まずお前よ、自分のシャワーはどうした?」


 ララが風呂に入れているはずなのだが。


「とちゅーで抜け出した。セッケンがなくなったとかで、取りに行っちゃったから」


「いやいや、そこがおかしいだろ。待ってろよ。なんでこっちに来てんだよ」


「声が聞こえたから」


「は?」


 声ってなんのことだ。


「おっさんが泣いてる声。『困ってるよ―』って。さっき、ケガで身体あらえないって言ってたから、それかなって」


 泣いてねぇよ。泣いてねぇよ。


「アシュリー。その気持ちは嬉しい、嬉しいよ」


 そう言ってやると、アシュリーが「でしょ?」と返し、俺の尻を洗い始めた。これはよくない。むず痒いし、このままだと息子に接触する。っていうか、見られちゃう。俺は恥じらいを持った乙女なのだ。


「だがな、そこはアウトだ」股間のアレを見せないよう気をつけながら、アシュリーからタオルをひったくる。「大人しく戻れ。ってかお前服どうしたんだ。入ってる途中だったんだろ?」


「え? そのまま来たけど」


 アホか。コイツはアホなのか。アホじゃなかったら馬鹿だな。なんで裸で廊下動き回ってんだよ。


「まあいいや。ほれ出てけ。多分ララが探してんぞ」ため息をつきつつ言う。


「えぇー、いいじゃん。気持ちいいでしょ?」アシュリーが再び俺の手からタオルを奪い、今度は太ももを擦り始めた。


「そりゃまあなぁ。久々だし」タオルを奪う。「気持ちいいことはお前も味わえ。ララが綺麗にしてくれる」


 アシュリーはもう一度タオルに手を伸ばそうとしたが、その手を途中で止め、少しだけ俯いてしまった。


「べつに、パーシヴァルといっしょに入ったっていいじゃん……」


 なんか、アシュリーの態度がおかしい。いつからだ? わからん。だが、こんなに……俺にべったりみたいなタイプじゃなかっただろ。いやに大人しいし。ああ、もう。こういう時どうしたらいいんだ? ガキと大人の中間が一番面倒だ。心の具合がよくわからん。コイツは何を求めている? 一緒にシャワー浴びれば満足なのか?


「アシュリー」奪ったタオルで股間を隠しつつ振り向く。視線はなるべく上にして、首から下は見ないよう気をつける。「どうした? 何かあったか?」


 アシュリーは黙っていた。出しっぱなしになっていたシャワーが、俺の背中に当たっている。……俺はどうしてこんなことをしてるんだろうか。いつからガキの世話にかまける奴になった? どうしてコイツのことが気になる?

 首を揉み、息を吐く。俺は反転して少し屈んだ。


「……背中、ちゃんと洗ってくれ。終わったら戻れよ?」


 タオルを後ろにやると、引っ張られるような感触があったので手を離す。すぐに俺の背中にタオルが押し当てられた。泡が潤滑剤になって、背中を上下に滑っていく。


「……気持ちいい?」アシュリーが尋ねた。


「おう。お前は洗うのが上手いな」


「じゃあ、次入る時もやったげる」アシュリーは少しだけ笑い、背中を擦るタオルに力を入れた。


「それは魅力的だな。んじゃお願いしようかね」


 なんでこんなこと言ってんだ、俺は? 違うだろ。だが、正解がわからん。甘やかすだけじゃダメだよな? 俺がガキの時はよく怒られてた気がする。うん、そういう感じで。…………ダメだ、怒れねぇ。怒り方がわかんねぇよ。親ってすげぇんだな。

 アシュリーにされるがままに、身体を洗ってもらう。楽だし気持ちいいのだが、なんかやっぱりいけない気がする。気がするってか、いけないことなんだろうけど。だがなんとなく、拒絶しちゃダメって気分になる。


「せなか終わったよ、パーシヴァル。前もやる?」


 アシュリーが背中をペチペチ触りながら言った。くすぐったい。


「いらんいらん。お前だって胸とか見られたら恥ずかしいだろーが。男も恥ずかしいんだよ。ぶっちゃけ尻丸出しの今も恥ずかしい」


「アタシ、べつにはずかしくないけど」


 何を言ってるんだお前は。そんな訳ないだろ。


「川で水浴びする時、見られないようにしてただろ?」


 確か別の場所で浴びてると言っていた。人に見られないとっておきの窪みがあるのだとか。下層に住んでる女は大体そういう感じで隠れて浴びるか、桶に汲んで家で身体を洗うらしい。

 別に覗きたくて訊いた訳ではない。


「あ、そうじゃなくて、えっと――」


「やっぱりここにいた!」


 アシュリーが何かを言おうとした瞬間、シャワールームの入り口から声が響いた。アシュリーがビクッと肩を震わせ、後ろを振り向く。俺は素早くアシュリーからタオルを奪うと、股間を隠して振り向いた。

 滑るようにしてララが現れる。腰に手を当て、悪魔のような形相でアシュリーを睨み始めた。


「待っててねって言ったじゃない! 急にいなくなったら心配するでしょ!?」


「ご、ごめん……」アシュリーが呟く。


「服も着ないで飛び出して! 他の人に見られてたらどうするつもりだったの?」


 ララに怒鳴られ、アシュリーが一歩下がった。俺の足に後頭部をぶつけ、立ち止まる。アシュリーの動きを追っていたララの視線と、俺の視線が交差した。


「よう。悪かったな、アシュリーが迷惑かけて」とりあえず挨拶と謝罪をしておく。デキる男の義務である。


 ララは俺の全身を見たかと思うと、丁度アシュリーの身体で隠れていた俺の股間付近を見て、顔を真っ赤にした。意外な反応。見た目の大人っぽさに反して、結構初心うぶらしい。


「せ、せんぱっ!? あっ! わた、私のばかっ!」


「おう、アシュリー連れて出て行け。今度はちゃんと見張っててくれ」片手でアシュリーの頭を押す。「ほれ、お前もちゃんと風呂入って綺麗にしてこい。俺はキレイな方が好みだぞ」


「ホントに!? じゃあちゃんとシャワってくる!」


 アシュリーがララの横をすり抜け更衣室に戻っていった。シャワってくるってなんだよ。ガキの発想は面白いな。

 俺は笑いを噛み殺しつつ前を見た。ララはまだフリーズしているらしく、顔を赤くしたまま固まっていた。


「お前も出てけよ。早くしないとタオル取るぞ」俺は見せびらかすようにタオルを左右に揺らした。「はいカウント、さーん、にーい、いー……」


「出ます出ます出ます! すみませんでした先輩っ!」


 ララはすぐさま更衣室へ戻り、一度お辞儀をしてから扉を閉めた。「ちょっと、アシュリーちゃん! 裸で出ないで! せめてタオル巻いて!」と漏れ聞こえてきて、俺はもう一度笑い声を漏らした。

 ホント、アイツといると飽きねぇな。…………ああ、だから甘やかしたくなるのか? 楽しいんだな、俺。糞みてぇな毎日だったから、新鮮なんだ。この一ヶ月、本当に楽しかった。

 自分の気持ちになんとなく気づき、俺はもう一度笑った。シャワーを再開しようと、石鹸を取るために手を伸ばす。

 だがそこに石鹸はなかった。…………あの馬鹿石鹸持ったまま出ていったな……。

 俺はため息をつき、蛇口を閉めた。


 隣の部屋から拝借するかね。んでとっと上がって寝よう……。なんか、無駄に疲れた。…………気持ちよかったけど。


どうでもいい話:

ロズメリア統治法では十五歳から一応成人扱いをしていますが、不死の影響か二十歳くらいまではまだまだ子供だろうっていう扱いが強いです。この傾向は年々増えているらしく、子供扱いされる年齢も徐々に引き上がっているようです。二十歳で子供扱いされた大人が、下の世代を見て二十じゃまだまだ子供だなってのを繰り返しているようなイメージです。

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