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後日談その1 わざわざ訊き直さないでよ。返事は決まってるんだから

本編終了からおよそ六年後のお話。同シリーズ『死者の手』の終了時から三年後になります。若干そちらのネタバレ要素ありです。

「――マジでいいんですか?」


 俺は書類の中に埋もれて作業をするオスニエルのジジイに向かって言った。


「ええ。隊員が大量に減ったので、いたずらに死なせる余裕は無いんですよ」


「ああ、そりゃまあ……ねぇ」足を組み替え呟く。「早いもんですね。もう三年前ですか」


 三年前、ちょっとした革命が起きた。ちょっとしたどころじゃないな。我らがロズメリアの長にして不死の王、エドワード=ロズメリアが死んだのだ。

 もちろん王様も不死だった。不死を殺せるのは俺達『死者の手』だけ。革命を起こしたのは『死者の手』……正確にはその養成学校アルバサイド学院だ。首謀者は目の前にいる学長ジジイ。

 俺の知らないとこで色々動いていたらしく、気づけば王は消え、国のシステムが変わっていくこととなった。

 その辺はぶっちゃけどうでもいい。だがちょっとしたアレで、『死者の手』の一般隊員が大量に死んだ。革命を終えた段階で生きていた『死者の手』は本当に極少数だった。それは三年経った今も変わっていない。

 不死のせいで増えていく人口やらの問題も解決できていないのに、不死を減らせる『死者の手』がボロボロのままなのだ。手が足りない、圧倒的に。


「ええ、三年です。今の状況で、優秀な隊員に辞められるのは困るんですよ。あの時学生だった子も《死への誘いリーサルタッチ》は外してますし、君もそうしていいんじゃないですかね」


「それで仕事まで貰えるってんならありがたいんでいいですけどね」


 今日ここに来たのは、除隊願いを出すためだった。革命を終え国のトップに上り詰めたオスニエルのジジイは、『死者の手』の実質的代表のままでもある。知らない仲じゃないし、直接話しに来たという訳です。

 除隊……すなわち腕から《死への誘いリーサルタッチ》を外すためには色々と条件がある。

 いや、あったが正しい。

 例の革命のせいで人が減り、その条件のほとんどが撤廃されてしまったのだ。リムの班員達は丁度二十歳くらいで《死への誘いリーサルタッチ》を外している。教師をやっていた奴らも同様だ。不死に戻り、次世代を育てることに専念し始めた訳だ。


 まあとにかくその流れに俺も乗ろうということである。

 そう思ってこうやって話しに来たのだが、オスニエルのジジイは不死に戻っていいけど仕事はそのまま続けろと言い出しやがった。教師ではなく、暗殺部隊の方だ。

 頂いていた紅茶をぐいっと飲み、オスニエルのジジイに話しかける。


「で? 俺は何ですか? まだ部隊長やんなくちゃいけないんですか?」


「ええ。だって君の部下もそれを望んでいるでしょう?」


 オスニエルのジジイが肩をすくめた。


「そうかもしれないけど……。つーか、他の奴らもどうするんです?」


「どうとは?」


「いや、状況が状況だし、辞めたいって言い出すんじゃないかなって」


 革命からまだ三年だ。国内の情勢は安定してないし、外国との面倒くさい付き合いもある。低下していた犯罪の件数も増えてしまっている。

 オスニエルのジジイに反発している奴だって少なくない。ってことは、暗殺部隊には自ずと仕事が増える。


「ああ、それなんですけどね」オスニエル学長はそこで区切り、カップに口を付けた。「――君の部隊、全員不死に戻ってもらおうかと思ってまして」


「あー……そうなんですか?」


「ちなみに私も戻ります。一時的に、ですがね。しばらくの間は、抹殺対象を誘拐してもらおうかと思ってまして」


「誘拐して、安全を確保してから殺すってことですか?」


「そういうことです。それとまだ実験段階なのですが、《魔素装填プラグイン》を応用して武器に《死への誘いリーサルタッチ》を刻めるようにする計画もあります。その辺りは、新入りの方々と、ついでに『神様』に相談ですね」


「なるほど。それなら……アイツらも部隊に留まるかもですね」カップを置き、立ち上がる。「――じゃ、とりあえずお先にコレ外してもらってきます」


 左腕を叩き、俺はオスニエルのジジイに手を振って別れを告げた。オスニエルのジジイは立ち上がらず、「いってらっしゃい」とだけ俺の背中に投げかけてきた。

 革命を終え僅かに移住が進んだおかげで、ほんの少し人気を感じられるようになった上層を眺めつつ、アルバサイド学院の医療部へ移動した。

 《死への誘いリーサルタッチ》の施術をしている奴を捕まえ、事情を説明する。「またか」みたいな顔をしてくれたが、これから取り外しをしてくれると快諾した。うん、快諾したよ。


 服を脱ぎ手術台に寝そべり、ジッと待つ。腕に針のようなものが埋め込まれていき、熱を発し始めた。

 痛みと熱さに意識が朦朧としてきたが、事切れる直前という絶妙に嫌なタイミングで作業が完了し、腕に刺さった針を医療班が抜いていった。

 除去作業は終わったらしい。


 服を着替え直し、鏡を覗く。いつもの見慣れたおっさん顔だった。疲れた顔してる。

 これで本当に不死に戻ったのか正直疑問しかないのだが。見た目が若返ったりしてくれたらわかりやすいんだけどなー? 高望みし過ぎか。

 ……どうしよう。一回自殺してみる? いや、でも怖過ぎじゃない? 戻ってなかったら本当に死んじゃうんだぜ?


 慎重な俺は試しに自殺するのは保留にし、東区へ降りた。

 制服のままだが、仮面はつけない。革命のちょっと前に『死者の手』は不死じゃないという秘密が遂にバレたので、それ以来仮面の着用義務は消えた。

 好き好んで付けてる変態もいるが、大半の隊員は外している。窮屈だし当然だろう。

 林の中の秘密支部に入り、待機していた当番の隊員に声をかける。


「おす。調子どうだ?」


「隊長、お疲れ様です。特に変わりはないです。気にして頂いて、ありがとうございます」比較的若手の隊員がやや緊張した面持ちで答えた。「えっと、どうかされましたか?」


「どうせ通り道なんで連絡だけしとこうと思ってな。――オスニエルのジジイの方針で、お前達全員不死を取り戻せることになったぞ」


「ほ、ほんとですか!?」


 同じく当番だった中年の隊員が驚いた表情で訊き返した。


「ホントだ。しばらくは暗殺対象を誘拐してこいだとよ」くるっと振り返り出口へ向かう。「ほいじゃ、他の奴らに伝達よろしく。俺は家に帰る」


 背後から「お疲れ様です」と聞こえてきたので適当に手を振っておく。地上に戻り、帰路についた。

 今日は大事な日だ。アシュリー、喜んでくれればいいんだが。


---


 ひょこひょこ歩いて家の前に到着した。若干の緊張を胸に、ポケットに突っ込んだそれを指で触る。

 だ、大丈夫よ。約束は何年も前にしたんだ。忘れてないだろうし、きっと待っててくれていたはずだ。

 ドアに手をかけ、ゆっくりと開く。


「ただいま」


 家の中に足を踏み入れ呼びかけると、パタパタと足音が響き愛しの人が奥から現れた。


「おかえりっ、パーシヴァル!」


 料理をしていたらしく、タンクトップにエプロン姿のアシュリーが俺を迎え入れた。正面からだと上下共に服が見えなくてなんかエロい。この姿で客の応対はしないよう今度注意しておこう。

 一緒に並んで歩きリビングへ。アシュリーはささっと鍋の元まで戻り、中身を掻き回して満足げな表情を浮かべた。


「もうすぐできるよー、アシュリーちゃん特製シチュー!」


「ほー? そりゃ楽しみだ」


 なんてことないという風な声色を意識しつつ、アシュリーの後ろから鍋を覗き込む。肉や野菜がよく煮込まれ、食欲を刺激するように輝いていた。シチューやスープの具材ってのはどうしてこう美味そうに見えるのだか。

 さて、メシを食ってからだと勢いというか、タイミングを見失いそうなので、今のうちに済ませてしまおう。丁度アシュリーも一段落してるっぽいし、今なら「忙しいから後で」とか言われないで済むはず。


「なあアシュリー」


 アシュリーを背中から優しく抱き留める。


「ん? どしたの、パーシヴァル?」


「あー……いや、なんだ、そのな?」


 はい勢い死んだ! 何かあった訳じゃないけど、なんか死んだ! でもここまでやっちまったんだから、多少グダってもやっちまうべきだろう。

 ポケットから丸いそれを取り出しつつ、アシュリーの左腕を取った。薬指に、銀色に輝く輪を通してやる。


「結婚、するか」


「え、え? えええ?」アシュリーが何とも言えない表情のまま笑い始めた。「何でそんな感じでやっちゃうのさ?」


「悪い。最初はもっと男らしくな、ズバッとやろうと思ってたんだよ。でも、なんか、直前で無理だなってなっちまって。――やり直すか?」


 我ながら何言ってんだとしか思えない。『やり直すか?』はないだろ俺……。

 アシュリーは自分の手を見て微笑み、首を横に振った。


「やり直さなくていいよ。アタシはさっきの、結構好き」首を後ろへ回し、俺にキスをする。「でも、どうして急に?」


「まあ、ほら、ジジイからお前も解放されたからさ、そろそろかなとは思ってたんだよ。んで、ちょっと……仕事のアレで変化があってな」


「クビにでもなった?」


「なってねぇよ。いや、まあ辞めようとは思ってたんだけど……その……」首を揉み一呼吸。「あー……不死に戻ったよ。多分」


 俺の煮え切らない態度に不思議に思ったのか、アシュリーは「多分って何よ」と笑いながら言った。鍋の様子をチラッと見てから、体ごと俺に向き直る。


「ね、アタシ、パーシヴァルが不死じゃなくても気にしないって言ったよ?」


「俺は気にしてた。俺はもう五十手前だ。ぶっちゃけいつ死んでもおかしくない年齢だった。見た目も、初めて会った時より大分劣化したし」


「別に劣化してない」


 アシュリーが即座に否定したが、俺は笑ってそれを否定し返した。


「それはアレだよ、恋は盲目的な奴だよ。皺も増えたし、身体も前より動かなくなった。このまま長生きして歩けなくなった時のことを考えたんだよ。お前に世話してもらうのは情けないけど我慢できる。でもな? お前と一緒に出かけたり、手を繋いで歩けないのは、嫌だった。だから……結構前から考えてたんだ、仕事辞めて不死に戻ろうって」


 本当は優良隊員の条件をクリアしてしっかり辞めるつもりだったのだが、革命やらで有耶無耶になっちまった。不満はないが、なんかスッキリしない。

 アシュリーは小首を傾げ、俺に尋ねた。


「あれ? 『死者の手』は辞めてないんだよね?」


「ああ、辞めてない。ジジイがな、不死に戻ってもそのまま部隊長でいてくれって泣いて拝むから、仕方なくな」


「嘘つき」アシュリーが笑う。


「半分は嘘じゃねぇよ。――ま、とにかく、仕事もそのまま不死に戻れた。なら、もう遠慮する必要もないってな。随分待たせちまったが、ようやく約束を果たせる」


 もう一度アシュリーの手を取り、反対側の手で腰を引いた。密着し、アシュリーの顔を見下ろす。


「結婚、してくれるか?」


「わざわざ訊き直さないでよ。返事は決まってるんだから」


「それでも、聞きたい。聞かせてくれ」


 アシュリーの目をじっと見つめる。アシュリーは頬を赤らめ、睫毛を濡らしていた。


「喜んで。――ずっと一緒だよ、パーシヴァル」


「ああ。ずっとな」


 ゆっくりと顔を近づけ、誓いを立てる。長く、長く、繋がったままでいた。

 顔を少しだけ離し、一度笑ってからおでこを擦り合わせる。


 これから先、何があろうと、ずっと一緒に。


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