五節 うんこ、壺にしなくていいの!?
「おいおいおいおい……」
目の前の光景を見て、思わず独り呟く。家と家の隙間に建てられていた小さなオンボロ小屋が、見るも無残に粉々になっていた。辺りに木片が飛び散り、調理器具や服が散乱している。
何がどうなってる? 仕事に行く前は普通だった。当然だ、ここで寝泊まりしてたんだから。アシュリーはどこだ? 出かけた? でもそんなこと言ってなかった。俺がここを出た時は、まだ寝てたはずだ。
物漁りに来たらしい浮浪者が集まってきた。俺の横を通り過ぎようとした馬鹿の襟首を掴み睨んでやる。
「消えろ……!」
脅しながら、《身体強化》を発動させ浮浪者をぶん投げる。三メートル程ぶっ飛び、壁に叩きつけられた。痛みにのたうち回るそいつを見て、他の浮浪者も蜘蛛の子みたいに散って逃げていった。
斧を手放し、崩れた小屋にフラフラと近づく。辺りを見ても、アシュリーの姿はやっぱりなかった。瓦礫に埋まっている様子もない。
「アシュリー! いるのか!? いるなら返事しろ!」
大声を出して呼びかけるも、反応なし。どういう状況だよマジで。半日で様変わりするにも程がある。こういうサプライズはいらない。
屈み込み、破壊された家を確認する。木材の壊れ方からして、大きなハンマーか何かで潰されたような感じだ。解体業者でも呼んだか? ……んな訳ねぇよな。考えるまでもねぇ。あのクズめ。忠告してやったのに。
『死者の手』の制服が目に入った。真っ黒な、『死』を象徴するための服だ。あえて暗い色にしてるとか、学生時代に授業で習ったような記憶がある。
制服を破片の中から抜き取る。コートを羽織り、ボタンを止める。一緒に保管していたショートソードは盗まれてしまったか、どこかへいってしまったようだ。仕方ない、その辺の奴から拝借しよう。ナイフの一本くらい、誰でも持ってるはずだ。
小さな木片を握り締め、俺は通りを逆戻りし始めた。俺の服装を見た住民達が怯えたような表情になり、家の中へ引っ込んでいく。気にせず進み続けると、ガラの悪そうな男を見つけた。俺には気づいていない。腰のベルトには大振りのナイフ――というよりかはダガーと言うべきかもしれない――が引っ掛けてあった。自殺用兼脅し用ってところか。
「よお、元気か」斜め横から男の首を掴み、木片を相手からは見えないように腰に押し当てる。「格好見ればわかるな? 死にたくなかったらお前が持ってるナイフを寄越せ。抵抗したら殺す」
「……わ、渡す。渡すよ。だから……落ち着いてくれ、まだ死にたくないんだ。…………なんで『死者の手』が下層なんかに……」
男が震え呟きながら、ベルトごとナイフを外し掲げた。
「頭がいい、尊敬するよ。皆お前みたいだったらいいのにな。……俺は今、とんでもない馬鹿を探してんだ」木片を捨て、ベルトとナイフをひったくる。「この辺をシメてるボスとやら、知ってるか?」
「し、知ってる」
男が両手を挙げ、抵抗する意思はないことをアピールする。
「どこにいる?」
「西に、しばらく行った所。なんて書いてあんのかわかんねぇけど、ジョッキみたいな絵が書いてある看板が掛かってる場所だ。それ以外は知らねぇ、ホントだ」
まあ上出来だろう。これだけわかればどうとでもなる。
男から手を離した。男がホッと息を吐き、走り出して逃げていく。俺はベルトを腰に巻きつけると、屋根の上に登り方角を確認した。
西は……あっちか。ジョッキの看板は見えねぇ。とりあえず進むかね。
屋根の上を軽く走り始める。傷は不思議と痛まなかった。こういうことはよくあるから気にしない。人間ってのは不思議だ。いざって時になれば、傷の痛みなんざ忘れられるんだから。
《身体強化》を施した身体が、ぐんぐん下層の街並みを進んでいく。低い屋根を疾走する俺の姿は、巨大なゴキブリか何かのように見える気がする。姿勢は低く。地面――屋根か――を這うように進む。蹴りの力が強くて、瓦が多少剥がれようが気にしない。住んでる奴には悪いが、そんなことに構ってやる余裕はない。
十分程で、目的の場所に到着した。さっきの奴が言っていた通り、ジョッキの看板が出ている。バーの看板っぽい。多分、廃棄処分で下層に投げ込まれたやつをパクってきたのだろう。
地上に降り、バーめいた場所に向かって歩みを進める。コートに付いていたフードを持ち上げ、深く被ると、ボロっちいスイングドアを乱暴に押し開いた。俺の侵入に気づいた奴らがこちらに視線を向けた。
立ち止まり、辺りを眺める。
バーめいた、というより完全にバーか酒場だ。カウンターに、酒瓶。ラウンドテーブルでカードに興じる糞共がたむろしている。カウンターの奥に居た男が俺に声をかけてきた。
「……『死者の手』が何の用だ?」
「…………」俺は質問を無視し、とあるテーブルを見つめた。「おい、お前。この前いた奴だな」
アシュリーにイチャモンを付けた男の一人が、俺から隠れるように他の客の後ろに立っていた。ビクつきながらなおも隠れようとしたが、隠れ蓑にされた男がそいつを引っ張り出し、俺の前に蹴り寄越した。
「どーも」客に礼を言いつつ、蹴り出された男の胸元を引っ張り持ち上げる。「あの子はどこだ?」
「ひぃッ!?」
男が目を固く瞑り、歯を重ね合わせて震えた。ぶっ殺されたいらしい。
ナイフを引き抜くのと同時に、「止めろ!」と酒場の中に声が響いた。男から手を離し、声のした方を向く。男は両手足を必死に動かして、這ってその場から離れた。
スキンヘッドの男が、タバコを吸いながら立っていた。奥から出て来たらしい。中々いい体格をしている。タッパもある。百八十強はありそうだ。俺よりちょっと大きいくらい。
「この前は部下が世話になったらしいな」
ハゲが腰に手を当てて言った。部下という言い回し的に、こいつがボスなのだろう。
「おう、世話してやったぜ。二度と関わるなと言ってあったはずなんだが、相当馬鹿らしい。部下があれじゃあ、お前の程度も知れてるな」
「違いねぇ」ハゲが笑う。「……お前は俺のシマで派手にやっちまった。これは当然の報いさ」
ハゲが両手を広げ、酒場の客全員に聞こえるよう大声を出す。
「おいお前ら! コイツを捕まえろ! 捕まえた奴には三アード出してやる!」
やっす。安過ぎだろ。いや、まあ、俺の金銭感覚だけどさ。三アードぽっちじゃ、中層じゃシャツも買えるかどうか怪しいぞ。
ハゲの誘惑に乗ったのか、辺りにいた客が立ち上がり、俺を包囲をした。ナイフを取り出し、誰からやるか相談を始める。
「おいハゲ」相談風景を横目に見ながらハゲに声をかける。
「ハゲじゃねぇ剃ってんだよ」ハゲが喚いた。
「うるせぇハゲ。あの子はどこだ?」
アシュリーがいないならこんなとこに留まる理由はねぇ。逆にいるなら、この馬鹿騒ぎを終わらせてしまわなくては。
「こいつら全員倒せたら教えてやるよ」
ハゲがカウンター近くの椅子にドカッと座り、タバコの煙を吐いた。どこからともなく女が現れ、灰皿とグラスを用意する。ハゲは酒を注いでグラスを傾けながら、女の肩に腕を回し胸を揉み始めた。観客気分らしい。つーかなんだよそのサービス。羨まし過ぎだろ。
相談が終わったのか、俺の前に強面の男が立ち塞がった。体格に不釣り合いな程小さいナイフを手にし、切っ先を俺に向けた。準備万端という様子だ。
つま先で、俺は床を何度か叩いた。首を揉み、息を吐く。……久しぶりに見たからかな、禁断症状が。そういや一ヶ月も我慢していた。
コツコツと床を何度か叩きながら、《意思感知》を発動させる。…………ふむ、地下に部屋があるな。三人居る。先にそっちを見るか。叩いた感じからして、多分、床は全部木製だ。コンクリとかで地下室の天井を固めてる感じもねぇ。なら余裕でぶち抜ける。
魔法を解除しつつ、俺はハゲに話しかけた。
「なあハゲ。俺にもタバコ一本くれないか? こっちに来てから一ヶ月、ずっと吸ってないんだ。出来れば『ラキスピ』って銘柄だと嬉しい」
「……趣味が合うな。『ラキスピ』好きは久しぶりに見たぜ」
ハゲがタバコとライターを取り出し、女に渡した。よくわからんがくれるらしい。同じ趣味のよしみか、もしくは冥土の土産的なつもりなのだろう。
女が腰をくねらせながら俺に向かって歩いてくる。辺りを囲んでいた客達は、女の尻と腰が作り出す魅惑のムーヴメントに釘付けになっていた。
女は俺と強面の間に立つと、俺の口にタバコを咥えさせた。ライターに火をつけ、タバコの先端に当てる。火が付いたのを確認し、息を吸う。あー……これよこれ。懐かし過ぎて涙が出そうだ。ウマイ。久々にウマイと感じた。
女が再び腰を振りながらハゲの元へ歩いていった。ハゲの腕の中に戻ると、ハゲの股間をやわやわと撫でながら、再び胸を揉まれ始める。俺はもう一度タバコを吸い、肺に溜まった煙を目の前の強面に吹きかけた。
「ありがとよ。――じゃさようなら」
言いながら《構造破壊》を発動させる。物体を切断するための魔法だ。俺の十八番――その二。一は《意思感知》だ――でもある。鋭く研がれたマナの刃が俺の足と一緒に動き、床板を丸く切り抜いた。身体が落下するのを感じる。地下に入った。
素早くナイフを振るい、呆然としていた男二人を切り裂き《死への誘い》を発動させる。やはり情報は貴重だ。位置を知ってるだけで、色んなことがわかる。二人の男を順に灰にすると、俺は辺りを見渡した。
いた。あの赤毛は見間違えようがない。アシュリーだ。両手足を縛られているが、殴られた跡などはない。一応乱暴はされていないようだ。よかった。
「アシュリー。帰るぞ」
アシュリーがビクッと震えた。だがすぐに目尻に涙を浮かべ、安心した様子を見せる。俺は縄を切り解くと、アシュリーの軽い身体を持ち上げ肩に担いだ。
「パーシヴァル、ケガ、だいじょうぶなのっ!?」アシュリーがバランスを整えながら耳元で声を発する。
「お前の体重くらいどうってことないわ。行くぞ」
施錠されていたらしい地下室の入り口が開けられ、男達が入って来た。俺が落ちてきた穴から通る奴はいないらしい。だがまあ普通に考えて上で待ち伏せしているだろう。
……舐められてるな。銃も持ってねぇウジ虫共にゃ負ける気はしない。
俺はアシュリーを担いだまま天井の穴から地上へ戻った。予想通り、穴を囲むようにしてハゲの手下達が待ち構えていた。
「おかえり、『死者の手』。探し物は見つかったか?」ハゲが相も変わらず女の胸を揉みながら言った。柔らかそうだな。気持ちいいんだろうな。
「おう、おかげさまで。二人殺しちまった。悪いな」言いながら、ナイフを持った手を上げる。「……次俺達にちょっかい出したら、マジで皆殺しにするからな」
手元から強い光が放たれた。《光明》だ。大気中のマナに自身のマナをぶつけて発光させる魔法。俺達みたいな武闘派集団の場合、明かりを灯す魔法というよりかは、ただの目潰し。
突然の強烈な光に、ハゲ達は目を開けることが出来ず、その場に立ちすくんだ。タバコを口から吐き出し、スイングドアを身体で押して店の外に出る。
やべぇ、傷……開いたかも。いつもより痛い。我慢しろ、我慢しろ……。
中層を形成する壁の位置を確認し、そっちに向かって走り始める。
「アタシ、自分で走れるよ!」アシュリーが肩の上で言った。「っていうか、どこむかってるの!?」
アシュリーを下ろして、手を繋いだまま走る。くそっくそっ。いてぇ。ぜってぇ開いた。だが止まれない。距離を離さねぇと。
走りながら、俺は中層を指差した。
「帰る! ホントはもうちょっと落ち着いてからにするつもりだったけど、そんなこと言ってる場合じゃなくなっちまった! お前も一緒だ。アシュリー! やりたくもねぇ仕事なんざやるな! 俺が面倒見てやる!」
「中層に……行けるの!?」
アシュリーが走りながら尋ねた。俺は足の痛みに耐えながら、頷いてみせた。
「こんなとことは別世界だぞ、期待しとけ。毎日明るいし、キレイな服着て、美味いメシも食える。うんこだって、壺じゃなくて水洗だ」
「うんこ、壺にしなくていいの!?」
「おう! 風呂だってな、冷たい川の水じゃなくて、お湯だ。気持ちいいぞ! 熱いシャワーを頭から浴びて、汗を流すんだ」
痛い痛い痛い痛い。気ぃ抜くともつれて倒れちまいそうだ。気張れ。中層まではそんなに遠くない。一時間もあれば着くはずだ。……結構あるなチクショウ!
路地が狭い。アシュリーはまだしも、慣れてない俺じゃ地上を行くのは無理があるだろう。入り組み過ぎだろ。もうちょっと計画的に家とか造れや。
俺はアシュリーを再び担ぐと、《身体強化》を発動させ屋根の上に跳び移った。普通の人間には出来ない跳躍に、アシュリーが興奮して声を上げる。
「すっご!」
「おう、黙ってないと舌噛むぞ」
背後の様子をチラッと確認する。まだ追いかけているようだ。とっとと撒いて、どっかで休もう。
足に力とマナを込め、俺は屋根を数個飛ばしで駆けていった。ぐんぐん中層の外壁が近づき、それと共に足の痛みが増していく。
だが不思議と力は抜けなかった。やはり人間は糞だが強い生き物だ。大事な時だって、ちゃんと身体がわかってくれているんだから。
日が落ちるのとほぼ同時に、俺とアシュリーは中層に繋がる階段に飛び込んだ。
用語解説
屋根渡り:
ロズメリアの下層区に住む人間の多くが修める移動技術の総称。下層は建物が非常に密集し、無秩序に建築などが行われた結果、地上の通りは狭く入り組んでいる。
そのため目的地に行こうとしても時間がかかるし、知らないうちに道がなくなっていたりしてまともに進むことが難しい。
そこで下層の人間は屋根の上を進むような生活を自然と選ぶようになった。屋根の上には梯子やロープが至る所に掛けられており、大概の所は自由に移動をすることが出来る。
こういった屋根の上を走り、跳んで移動することを住民達は屋根渡りと呼んでいる。
(所謂パルクールです。知らない人はググってみてください)
通貨:
ロズメリアで流通しているのは、エタル、アード、イード、ブリオの四種類。日本円にすると、エタルから順に十万、千円、百円、十円、くらいの感覚。ブリオは硬貨で、他は紙幣。中層ではブリオの生産は結構前に止めていて、ブリオの取引は基本的にしない(銀行にいけば両替はしてもらえる)。下層は未だにブリオを使っている。
三アードじゃシャツも怪しいという台詞は、日本で言うと三千円じゃシャツも買えないんじゃね?的な感じです。
自殺用ナイフ:
ロズメリアで暮らす住民のほとんどが、常に携帯しているもの。ちょっとした怪我でも自殺して治すが常識なので、大抵の住民は自殺用の刃物を一本くらいは持っている。
巻き戻ると疲労も消えるので、二十四時間不眠不休で働けたりします。
《意思感知》:
魔法の一種。自身のマナを薄く伸ばすことで、それに引っかかった他の物体のマナを知覚し、周囲の状況を探る魔法。術者(のマナ)に対する敵意も感じ取ることが出来る。
《構造破壊》:
魔法の一種。自身のマナを刃のように扱うことで、対象のマナを切断する。切断されたマナに引っ張られて、そのマナが宿っていた物体も切断される、というメカニズム。熟練した魔法使いならば、《意思感知》の要領で、ある程度離れた物体にも触れずに切ることが出来るらしい。
《光明》:
魔法の一種。マナとマナを激しくぶつけ合った時に発生する発光現象を利用した魔法。光の強弱はマナをぶつけた衝撃に比例する。発光自体は一瞬だが、連続してぶつけ合い続ければ光も続く。
《死への誘い》:
魔法の一種。『死者の手』が開発した不死殺し専用の魔法。特殊な術式を身体に直接刻み込んでいる。
対象のマナを奪うことによって、魂と肉体のリンクを消し、消滅させる。
副作用として、術式を刻んでいる本人のマナから不死の属性が消えてしまっている。また、死んだ肉体に対してのみ使用が可能なので、一度殺してから、巻き戻る前に魔法を使わないといけない。
門外不出の機密なので、死亡した隊員の死体は秘密裏に処分される。隊員の死亡を目撃した人間も問答無用で殺される。……が、結構裏社会の人には知られてしまっているとかなんとか。
※追記(12/16):誤字・一部表現の修正。用語解説の加筆(貨幣)。