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死者の手 ~紅茶とコーヒーと不死人~  作者: 直さらだ
第十一章 一緒に歩むなら
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四十九節 帰ろう、アタシ達のお家へ

 アシュリーに恩赦が与えられてから半年程が経過した。アシュリーはジジイの趣味部屋での生活にも慣れてきたようで、独り――ジイさん達もいるからある意味三人――暮らしを楽しんでいる。

 恩赦も貰えたしまた一緒に暮らしたいというのが俺の率直な意見なのだが、オスニエルのジジイはアシュリーを解放してくれない。要するに脅しだ。全部終わるまで、本当にアシュリーを渡さないつもりなのだ。クソジジイめ。

 そのクソジジイの言いつけで、アシュリーは遂に文字の勉強を始めた。必要になるから覚えさせるらしい。日夜紙の前で唸り、机の上に突っ伏している姿にももう見慣れてしまった。

 学院の方は夏休み……どころか新年祭の休みも終わり、夏明けからの新入生達もいい感じに気が抜けてきていた。俺もなんちゃって教師業に戻り、残りの半年ちょっとをどうしようかと普通なら思う時期だ。


 だが俺とアシュリー……ついでにヘイデンの仕事は通常通りとはいかない。色々と追加の仕事が出来てしまった。

 それぞれの決められたことをこなし情報を集めると、オスニエル学長の指示の元いくつかの犯罪組織を潰していった。全てアシュリーとヘイデンが下層にいた頃に関わった奴らだ。

 ひとまず綺麗さっぱり”裏”との繋がりを断ち、ついでに手を出すと殺されるという印象を与えるべく活動をすることになったのだ。大変な仕事だが、必要なことだ。それにきっちり『死者の手』の仕事のフォローをすることで、”表”での評価も上がる。

 そんなこんなで下層に遠征を行っていた訳だが、それは今まさに、現在進行形で行われていることでもある。


「――シッ!」


 息を吐く音と声とが混ざった音を漏らしながら、ヘイデンが刀――という名前の、東の島国の剣らしい――を真一文字に振った。直撃を受けた男の身体が両断され、上半身がボトリと地面に落下した。

 影の中から出て、俺は男の上半身に左腕をあてがった。《死への誘いリーサルタッチ》を発動させ男の身体を枯らしてやる。マナを奪ったのを確認し、再び影の中に戻る。


 今俺達が襲撃をかけているのは、アシュリーとヘイデンが関わった犯罪組織、その最後の一つだ。名前は……頭の中で考えるのも恥ずかしいから省略。『凄いパーシヴァル団』みたいな名前とだけ。ああ恥ずかしい。

 この『凄い団』をぶっ潰せれば、とりあえずアシュリーは普通の生活に戻れる。ジジイのコマとして動く契約は続行されるが、少なくとも日常生活で困ることはなくなるはずだ。

 組織の目を恐れてビクビクする必要もないし、犯罪からもオサラバだ。普通の大人と同じく――仕事はちょっと特殊だけど――日中働いて、休日には買い物に出たり。そういう生活ができるようになる。


 ヘイデンの後を追うように物陰から前進していく。背後から銃声。ヘイデンの前にいた男の一人が眉間を貫かれ後ろに倒れた。

 即座に物陰からオベールが現れ、撃たれた男を影の中に引きずり込んだ。

 ヘイデンは止まらない。ぐんぐん前へ進んでいき、射程に入った敵を切り刻んでいった。それに合わせ、俺やアリスター……暗殺部隊の仲間達が影の中から手を伸ばしトドメを刺していく。

 まさしく『死者の手』だろう。『凄い団』の連中から見れば、ヘイデンの周りから黒い手が現れ、殺された仲間が影の中に消えていくのだ。残るのは赤茶けた灰だけ。


 この任務において、通常の『死者の手』とは違う動きを俺達はしていた。簡単に言えば、不死との連携だ。

 憲兵の仕事を奪うからとか色々それっぽい理由付けはされてるが、ぶっちゃけ早めに死ぬように、俺達は不死の奴らと連携することなく任務に当たる。不死殺しを増やさないための施策だ。

 だが今回は違う。本隊の方にはジジイが色々理由を付けて、暗殺部隊による単独任務という風に言い聞かせている。

 そこにジジイのコマとなったアシュリーとヘイデン、二人のイレギュラーをこっそり紛れ込ませたような形だ。

 おかげでこれまでの半年、誰も死んでいない。ヘイデンに主な攻撃を任せ、俺達はこそこそ隠れてトドメだけ刺してるのだ、死ぬ要素がない。


 敗走を始めた連中を殺しながら下層の中を進んでいき、遂に『凄い団』のリーダーを行き止まりに追い詰めた。

 『凄い団』のリーダーは尻もちをつき、壁に背を付けて泣きながら笑っていた。怖過ぎて笑っちゃう、みたいな現象だろう。

 ヘイデンは長い刀身の刀を目にも留まらぬスピードで抜き、『凄い団』のリーダーの首を落とした。一瞬の間を置いて、血が切断面から溢れ出し赤い噴水となった。

 髪の毛や服が血で染まるのを感じつつ、俺は『凄い団』のリーダーに《死への誘いリーサルタッチ》でトドメを刺した。

 ほぼ同時に、屋根の上からアリスターとララ、それに他の隊員達も降りてきた。


「残党は?」


「いないっすよ。全員消したはずです」アリスターが手をはたきながら言った。


「ご苦労。――任務終了だ。帰るぞお前ら」


 全員に呼びかけると、「うーっす」と抑揚のない声が上がった。真面目に「了解しました!」とか言ってるララや他の隊員の声が、どうしてだか掻き消されてしまう。不思議である。


「ねね、パーシヴァル」アシュリーが近づいてきて話しかけた。


「何だ?」


「終わったね」歯を見せて、アシュリーが笑った。


「ああ、終わった。お前ら二人共、もう怯える必要はない」


 まだまだやることはあるが、そっちもじきに片付く。

 二人で話していたことに気づいたのか、ヘイデンがこちらに寄ってきた。


「アシュリー。パーシヴァル……さんとは仲悪いみたいなこと言ってなかったか? 因縁がどうとかなんとか」


 アシュリーお前律儀だな。ヘイデンにも仇敵っぽい感じだと言いくるめてあったのか。しかも全部終わる今日の今日まで隠し通すとか。


「ああ、アレね」アシュリーが俺の手に抱きついた。「ただの嘘よ」


 ニヒヒっとアシュリーが笑った。それを見るヘイデンの表情は……ちょっと筆舌に尽くしがたいものだった。嘘だろ!? というような感情が顔から漏れ出ていた。

 もしかしなくても、アシュリーのことが好きだったんかなぁ。……だとしても譲る気はない訳だが。

 アシュリーの腰を抱き、ヘイデンに見せつけてやる。ちょっと大人げないがいいだろ。

 仮面の下でヘイデンに勝者の笑みを見せ、俺はアシュリーから離れた。


「さ、帰るぞ。いつまでもしみったれた空気の場所にいないで、お日様を拝める上に行こうや」


 中層を形成する巨壁が、俺達を見下ろしている。太陽は上層の影になってて見えないし、煙やらで薄暗くなっている。暗い場所だ、下層ここは。

 俺達は這い上がってきた。日の当たる世界へ。新しい仲間を手に入れ、自由を手にした。

 これからもジジイのよくわからん企みに付き合わなくちゃいけないが、それくらいだ。俺達を縛るものはなくなった。


「うん、帰ろう」アシュリーが壁を見上げて言った。「帰ろう、アタシ達のお家へ」


---


 ヘイデン達と別れ、俺とアシュリーは久方ぶりの我が家へ戻ってきた。

 シャワーを浴びて血を落とし、パリッとした新しい服に着替える。


「さ、せっかく戻ってきたんだ。例のオススメの店、連れてってくれよ」


「うん! 早く行こっ!」


 アシュリーは俺の腕を引いて急かすように家を飛び出した。二人で腕を組んで歩き、トラムに乗って南区へ。

 少しの間お店を物色して服を買ったりしつつ、中心街からやや外れたところにある店へと入った。ドアベルがガラガラ鳴り、カウンターにいた店主が顔を上げる。

 アシュリーが俺から離れ、カウンターへ先に近づいていった。


「マスターこんちはっ!」


「いらっしゃいませ、お久しぶりです。――お二人ですか?」


「うん、二人だけ!」


 マスターと呼ばれた男が微笑み、俺とアシュリーを席に案内した。

 席につきつつ、辺りを眺める。中々に古そうな店だ。机や床に、小さなキズがいくつもついている。

 辺鄙な場所にあるせいなのか、客は俺達しかいなかった。飯時って訳でもないし、仕方のないことかもしれない。


「ご注文はお決まりですか?」マスターが尋ねた。


「うん! とりあえず紅茶とコーヒー! アタシがコーヒーで、このおっさんは紅茶ね!」


「かしこまりました」


 ニコッと笑いマスターはカウンターの奥へ入った。ガスコンロにマッチで火をつけ、水の入ったヤカンを乗せる。そのまま茶葉とコーヒーの準備を並行して進めていっていた。

 注文がやってくるまでの間暇なので、テキトーに話題を振ることにする。


「『おっさん』って久しぶりに聞いたな」


「一緒になってからは、言わなくなってたからね」


「そうだったか?」


 ここ数年は会う時は家での密会だったし、どうにもはっきりと思い出せない。二人っきりの時はいつもパーシヴァルだったのは最近になってようやく気づいたが。


「歳じゃないのぉ?」アシュリーがケラケラ笑う。


「かもな。もうすぐ四十後半だ」最近身体の衰えを非常によく感じる。二十代の頃に戻りたい。「ま、近いうち……かはわからんが、俺も止まる予定だけどな」


「ん? 何のこと?」


「なんでもねぇから気にすんな」


 いつになるかもわからんことは話してもしょうがない。

 そうこうしている内に、芳しい匂いをこれでもかと振り撒く紅茶とコーヒーが運ばれてきた。注文通り、コーヒーがアシュリーの前に置かれ、紅茶は俺の前だ。

 カップを手に取り、匂いを堪能する。……いい匂いだ。美味いって、これだけでわかる。

 アシュリーと視線を合わせ、カップを優しく持ち上げた。一口飲み、揃って声を上げる。


「ウマイ」


 俺とアシュリーは笑い合うと、持っていたカップを交換した。タイミングを合わせ口をつける。

 美味そうに紅茶を飲んだアシュリーと裏腹に、俺の顔は渋かった。笑って舌を出す。


「やっぱコーヒーは苦手だわ」


 カップをアシュリーに返し、紅茶で口直し。

 様子を見ていたアシュリーが微笑み、俺はアシュリーの手を取りながら笑った。


 暖かい日差しが窓から差し込み、俺とアシュリーを照らしていた。


という訳で完結です。

完結ですが、1~2個番外編というか後日談的なものを書く予定ですので、お待ち頂ければ幸いです。

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