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死者の手 ~紅茶とコーヒーと不死人~  作者: 直さらだ
第十一章 一緒に歩むなら
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四十八節 初めて会った時みたいになるのは、もう嫌。置いてかれるのも、待つのも嫌

 誘拐現場兼戦闘現場の工場から戻り二日が経った。

 上層に戻ると、計画通りオスニエル学長はアシュリーとヘイデンに、恩赦を与えるから代わりに働いてねという提案を出した。アシュリーはすぐに飲んだが、ヘイデンはまだ家のゴタゴタが片付いていないのか、保留の返事をした。

 そして翌日、ヘイデンは妹弟子であるミズハを連れ実家に戻っていった。監視としてアシュリーもついていき、なぜかリムも巻き込まれたらしい。俺? 仕事だよ馬鹿野郎。

 工場から戻った日は余っていた部屋で寝泊まりし、俺とアシュリーは話すタイミングが取れなかった。翌日……ヘイデンの家に行ったアシュリーはそのまま帰ってこなかった。

 リムは戻ってきていたので事情を聞いたが、盛り上がって家に泊まっていきなさい的な流れになったらしい。あまりに無関係なリムは逃げてきたが、アシュリーはそうできなかったようである。


 そして夜が明け、アシュリーとヘイデン、それにミズハが戻ってきた。

 ミズハとヘイデンの雰囲気はなんというか、和やか? そんな感じ。少なくともギスギスしてるような印象は受けない。まあ元から和解したがってた訳だし、そんなもんだろう。

 アシュリーが部屋に入りながら、壁に寄りかかって突っ立ってた俺をチラッと見た。

 周りには明るい感じで振る舞っているが、目元にいつもの快活さが見られなかった。他の奴らは気づいていないらしい。


 オスニエル学長が二人を席に誘導し、恩赦のことやらを話し始めた。とっととくだらない事務的な話が終わらないもんかね。

 つーか俺もあんまり長居できない。話の行方が気になるが、仕事に行かなくては。……クソッタレめ。

 オスニエル学長に「変な条件つけたりするんじゃねぇぞ」という目線を送り脅してから、俺は部屋を出ていった。

 部屋を出る間際、アシュリーはやはり元気のない目で俺を見ていた。


 その夜俺は家に帰らず、アシュリーが寝泊まりしている北区のエントランスロビーへ移動した。

 ジジイが作った二階の趣味スペースには、ゲストルームみたいなものがなぜか備わっていて、アシュリー達は暫定的にそこに住むことになっていた。

 二階へ上がる。アンティーク調の家具に囲まれたバーめいた場所は、明かりが落とされ月明かりに照らされていた。なんだか青っぽく見える気がする。

 カウンターに入り、酒とグラスを拝借する。

 先に席に座っていた赤毛の女性……アシュリーに尋ねる。


「飲むか?」


「……ちょっとだけ」


「あいよ」


 グラスをもう一つ取り出し、酒を注ぐ。自分の分も用意すると、俺はアシュリーの隣に腰掛けた。


「ヘイデンは?」


「寝てる。ジイさんも」


「そうか。二人共早寝だな」


 まあジイさんは年だから早寝早起きなだけかもだけど。つーかあのジイさんここに住んでんのかよ。怖っ。

 アシュリーがチビっとグラスに口を付けた。気づけば酒も普通に飲める年齢か。早いねぇ。俺も年をとったねぇ。嫌だねぇ。……ホントに。


「色々あったが、まあ……なんだ」アシュリーの頭を優しく撫でる。「悪かった。お前に怖い思いをさせた。もっと早く、助けにいくつもりだったんだ」


 ガキが巻き込まれたのと、思った以上に敵が多かった。言い訳にしたくないが、それで遅くなったのも事実だ。

 運が悪ければ、バリーの気が変わっていたら、アシュリーは死んでいた。

 こんな無謀な作戦、やっぱり立てるんじゃなかった。ジジイのプランにも、反対すればよかった。


「ホントに、すまないと思ってる。バリーと”鼠”のリーダーを一網打尽にしようとして、お前を利用した。許されないことだ」


「いいよ、許すよ」アシュリーはもう一口グラスを傾けた。身体を傾け、俺に預ける。「でもね……怖かった。痛かったし、泣いちゃった」


 アシュリーの肩を抱き、強張った筋肉を揉みほぐしていく。頭を撫でる手も忘れない。


「俺にできることはあるか? 何でもする。本当だ」


「……パーシヴァルは、これからも忙しいの?」


「あ? ああ……しばらくはな。お前もだけど」オスニエル学長の手足となって働かにゃいかん。「とりあえずは、いつも通り教師兼部隊長だ。ああ、そうだ。忙しなくて悪いが、後で関わった犯罪組織の名前とか教えてくれ。今度部隊の奴らで潰しに行くから」


 下層だろうが関係ない。あとちょっとで、この子は裏世界から足を洗えるのだ。

 それにどっちみち、裏社会の連中はジイさんの計画の邪魔になる。潰せるタイミングで潰したいし、アシュリーとおまけがこっち側に付いたのは好都合とも言える。


「うん、後でね。――ねぇ、今日は一緒に寝てもいい?」


「ああ、当たり前だろ。歯ぁ磨いたか?」


「うん。虫歯は気をつけてるし――」


「なったら自殺だろ。ホント羨ましいよ」


 怖いものなしかよチクショウ。不死ズルい。

 グラスを片付け、俺はアシュリーが泊まっている部屋へ入った。アシュリーと寄り添い、一緒にベッドへ入る。

 胸のスペースを空けてやると、アシュリーがそこへ頭を収めた。シーツを掛け直し、アシュリーの髪をすく。


 ムラムラとかはしない。別に俺だって、普段から盛っている訳じゃない。時と場所はわきまえる。おっぱい当たってるけど、気になりませんよ。はい。

 今日は、普通に寝るのだ。アシュリーもそれを望んでいる。

 俺の胸に顔をうずめながら、アシュリーが声を出した。


「……ねぇパーシヴァル」


「何だ?」


「アタシと繋がってた組織を潰すの、アタシも一緒に行くから」


「何でまた」


 せっかく平和な日常……かはまあジジイのせいでどうなるかはわからんが、わざわざ怖い目に自分から遭いに行く意味もあるまい。


「初めて会った時みたいになるのは、もう嫌。置いてかれるのも、待つのも嫌。アタシがいれば、頼りになるよ」


 アシュリーの声色は真剣だった。暗くて顔はよく見えないが、きっとそちらも同様だろう。

 アシュリーの顎と頬を触り、俺は軽く笑った。


「……そうだな、そうするか。でも、それならヘイデンも連れていこう。お前ら二人の問題でもあるからな」


「うん。でもパーシヴァル、嫉妬しちゃうかも。アタシとヘイデン、相性いいのよ」


「うーわ、そういう言い方しちゃう?」


 相性いいとか。


「じょーだん。でも、やっぱりやりやすいよ。なんていうか、落ち着く?」


「ああ、まあそういう奴はいるな。リラックスできる相手というか……恋愛とかとはまた別に、異性とか関係なく落ち着ける相手っつーのか」


 そういう奴は時々いる。

 普段の思考と戦闘中の思考は全くの別もんだ。アシュリーの戦闘脳と、ヘイデンの戦闘脳は上手いことマッチするのだろう。


「恋愛とか、そういうワード出して牽制するの、みっともないよ」


「うるせぇな」


 微妙に痛いところを突かれた。いやでもね? 相性がいいとかちょっと危険過ぎません?


「そういうことにはならないから、だいじょーぶよ」


 アシュリーが言いながら顔を持ち上げ、俺にキスをした。


「キスだって、パーシヴァル専用」


「……でもお前、リムに胸触らせただろ」


 思い出してしまった。

 アレは工場からシャフトへ戻る時だった。狭い車の中でバランスを崩したのか、アシュリーの胸にリムが突っ込んでいたのだ。だがアシュリーは拒まず、なすがままにしていた。


「あれはちょっとからかっただけよ。なんていうか、初心うぶな感じが新鮮で。だってパーシヴァルの時は、そういう感じなくて……なんかヨユーっぽかったじゃん?」


「まあ……初めてじゃなかったしな。それなりに人生経験がある」


「だから、慌てるリムちんが面白くてつい。もうしないから、許して?」


 もう一度キス。今度は長め。


「絶対だぞ」


「パーシヴァルは心配性だにゃー」


「男は嫉妬深いの。女以上にな」アシュリーの頭を撫で、もう片方の手で力強く抱きしめる。「もう離さない。とっととジジイの仕事終わらせようぜ」


「うん、早くね」


 アシュリーが顔を戻し、胸に埋めた。


「そーしたら、ずっと一緒?」


「ああ、一緒だ」


「えへへぇ……」


 アシュリーはとろっとした笑顔を見せた。俺にしか、見せない顔だ。


「おやすみ、アシュリー」頭を優しく撫で、ささやく。


「うん、おやすみ、パーシヴァル」


 甘い声でささやき返し、アシュリーは目を閉じた。俺も目を閉じ、アシュリーの身体を包み込む。


 連日の行動に疲れが出たのか、それともようやくの再会で安堵したのか、俺とアシュリーはすぐに寝息を立てまどろみの世界に溶けていった。


リムがおっぱいの件については、同シリーズ作『死者の手』二章朝霧 番外編「先程のアシュリーの振る舞いは淑女としてどうかと思いますわ」をどうぞ。

こちらは学生であるリムの主観で話が進みますのでご了承ください。

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