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死者の手 ~紅茶とコーヒーと不死人~  作者: 直さらだ
第十一章 一緒に歩むなら
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四十七節 ほら行くよシスコン!

 アシュリーが誘拐された。

 正確には、アシュリーとそれに巻き込まれてリムとミズハの二人も誘拐された。十中八九バリーの差し金だろう。狙い通り動いてくれたらしい。

 アシュリーの行方に関しては探るアテがあるので一旦忘れる。


 しかしちょっとばかし想定外だ。何がと問われれば、リムとミズハの二人も巻き込まれて誘拐されたことだ。

 あの二人は既に実習生として動いている。つまり、《死への誘いリーサルタッチ》の施術を完了し不死を捨てたということだ。

 当初のプランでは、ガキどもが巻き込まれるのは考えていなかった。言ってみれば守るべき対象がアシュリーの一人だけだった。

 早めに動かないと、ちょっとマズイかも。行き当たりばったりだな、ホント。


「アリスター、オベール。悪いがまた手を借りるぞ」


 待機していた二人に声をかける。


「うっす。アシュリーさんの救出っすよね?」アリスターが武器を確認しながら言った。


「ああ。ただ相手さんは銃を持ってる。慎重にな。俺もすぐ行くから、先行して周囲の掃除を頼む」


「了解です。……で、どこに行けば?」


 オベールが尋ねた。


「ちょっと待て。すぐに来るはずだ」《意思感知アニムスディテクション》の網に目当ての人間が引っかかるのを待つ。「――来た」


 やって来たもう一人の隊員に向け手を振る。それを確認し、目当ての人物……ララが走って俺の元へ。


「お待たせしました、先輩」


「おう、場所はどこだ?」


「北区の工場です。シャフトから車なら三十分もかかりません」


 ララが紙を手渡した。住所が書いてある。

 メモ用紙をポケットに突っ込み、アリスターとオベールに話しかける。


「よし。お前らはララに案内してもらって先に行け」


「隊長は?」


「俺はガキどもを連れてくる。アシュリーと一緒に学生が巻き込まれちまった。プラン変更だ。わかったらさっさと行け」


 アリスターとオベールは短く敬礼をし、ララと一緒に走っていった。俺は逆戻りし、上層へ上がりアルバサイド学院へ移動した。

 学生寮に入り、リムの班員のレオナルドとかいうデカイ男の部屋へ向かう。扉をノック。


「はい……って、パーシヴァル先生か。何か用ッスか?」


 レオナルドが俺を見下ろしながら、少しだけ眠そうな顔で言った。ホントデケェなこいつ。百九十センチ以上ある気がする。


「班員集めて、オスニエル学長のとこに行け。緊急だ」立ち去ろうと思ったが言い忘れたことがあったので振り返る。「武器を忘れんなよ。ほれ動け」


 何かあったのかと察したらしく、レオナルドはすぐに顔をシャンとさせ部屋の中へ戻っていった。

 おし、次はアイツのとこだな。

 学生寮を出て共同ラウンジに入り、《意思感知アニムスディテクション》を発動させる。建物全体にマナの網を伸ばし、探る。

 ラウンジの中をささっと移動し、次の目当てである女教師に会いに行った。


「――エレン」


「んえ? あぁっパーシヴァルさん~!」


 名前を呼ばれ、茶髪の女教師が振り向いた。俺を見て嬉しそうに顔をほころばせる。

 コイツはちょっと特殊で、人や物が持っているマナを目で視覚できる体質を持っている。さらに見知った人物の居場所を把握できるこれまた特殊な魔法《千里眼セカンドサイト》の使い手だ。

 ちょいと縁があって、それなりに親しくしている。


「急で悪いが、俺と一緒にオスニエル学長のとこまで来てくれ」


「何かあったんですか~?」


「ああ。リムとミズハが誘拐された」


「え、ええ!? 大変じゃないですか!」


 エレンは眉を下げ、露骨に慌てた様子を見せた。

 コイツはリムの班の担当教師でもある。他人事じゃないのだろう。


「そ、大変なの。んで、よく聞け。リムとミズハの居場所を俺は知ってるが、それを見つけ出したのはお前ということにしたい。《千里眼セカンドサイト》でお前が見つけたってことにしろ」


 元々誘拐される可能性を考慮していたなんて、ガキどもに言ったらちょっと不自然過ぎる。それっぽい理由をつけるにはコイツの魔法が役に立つ。


「え、な、何でですか~?」


「こっちの事情だ。いいから話合わせろ。いいな?」


 有無を言わせず、俺はエレンの腕を引っ張って移動を始めた。エレンと仲の良い教師も一緒に付いてきたが、とりあえず放置しておく。

 すぐに北区のエントランスロビーに入り、オスニエル学長の元に到着した。


「学長、例のプランですが、ちょっと変更します。リムとミズハが誘拐されたんで、残った班員を連れて行きます」


「……了解しました。もうこちらに?」


「向かってます。エレンの《千里眼セカンドサイト》で見つけたことにしてるんで、テキトーに話をつけておいてください」


「任せてください。嘘は得意です」


「知ってますよ」


 手を軽く振ってその場を後にし、エレベーターに乗り込んだ。車庫に入り、大型車のエンジンを温める。

 それから十分程して、リムの班員達が現れた。全部で四人。

 窓から顔を出し声をかける。


「乗れ。リム達を助けに行くぞ」


 班員達は車にすぐに乗り込み、準備が出来たことを俺に知らせた。すぐに車を発進させ、シャフトから程近い工場地帯へ向かった。

 スピード勝負だ。じっくりやる必要はない。思いっきり暴れて、アシュリーを助ける。それだけだ。


---


 目的地に到着すると、俺は車を飛び出し剣を抜いた。ガキ共のことは知らない。自分でなんとかしろ。自分で動けねぇならそこらで野垂れ死ぬような奴ってことだ。

 工場の周囲は静かだった。アリスター達が片付けたのだろう。だが内部にはまだ入れていない様子だ。

 慎重なのはいいことだ。アイツらにゃまだまだやってもらいたいことがある。

 工場の脇にあった小さな扉を蹴破り、建物の中に入った。俺に続いてリムの班員達が入ってくる。


 《意思感知アニムスディテクション》と《身体強化アクティヴェーション》を発動させる。

 夜間で稼働していないはずなのに、なぜかポツポツと明かりが灯っている。本来なら電気は来ていないはずなんだが……発電機でも用意しているのかもしれない。

 それとなぜか大量の人間の気配が感じられた。バリーの仲間、強盗組織の奴らだろう。


「敵は多い。お前ら、単独行動は絶対にするなよ」


「はい、ご忠告ありがとうございます」


 リムが心配で堪らないというオーラを噴出させているアリスが言った。


「じゃそういうことで」


 走る。姿勢を低くし、走る。

 こちらに向かってきていた強盗組織のメンバーが銃を構えた。三人か。影に入り、よくわからない機械の上に飛び移る。

 そのまま機械の上を伝い、銃を構えていた奴らの直上へ。飛び降り、体重を乗せて背中を砕いてやる。

 突然のことに固まっていた残り二人が慌てて銃を向けた。先程背中を砕いた男を投げつけ、同時にもう片方へ向けて剣を振るう。

 敵の一人は肩からバッサリ斬られ悲鳴を上げながら倒れた。男を投げつけられた方は弾丸を発射していたが、肉の壁に押し倒され見当違いの方向に撃っていた。

 銃を乱射した男の首を切断し、灰にする。続けて残る二人もトドメを刺す。


 少し離れた位置で戦闘音が聞こえてきた。リムの班員達もおっぱじめたらしい。

 まああんまり気にしなくても大丈夫だろう。多分。ただなるべく銃を持ってる奴らはこっちで担当してやりたいところではある。

 影の中を進み、一人ずつ仕留めていく。基本に忠実に。影から出るのではなく、影に引きずり込む。一撃で絶命させ、ノータイムでトドメ。

 所詮はゴロツキの集まりだ。銃を持った奴が減れば、すぐに限界が来る。


 向こうから聞こえる戦闘音が激しくなってきた。だがその大部分は悲鳴だった。敵側の被害が大きくなってきているようだ。時期に逃亡者も出てくるだろう。

 悲鳴に混じって、怒鳴るような声が聞こえた。怒鳴り声の主を引き止めるような情けない声も聞こえる。

 ……行ってみるか。


 影に沿って音の元へ移動すると、ガタイの良い男が大股で工場の外へ出ていくところが見えた。

 偉そうな雰囲気を隠そうともしていない。恐らく強盗組織のリーダーだ。だがバリーやアシュリーがいない。

 最悪だ。『死者の手』の隊員でもあるバリーさえ先に仕留められれば、アシュリーが死ぬ可能性はない。逆に言えば、バリーの発見が遅れることはアシュリーの死に繋がる。


 良くないイメージをしてしまったせいか心臓が嫌な脈の打ち方をしそうになった時、《意思感知アニムスディテクション》の網が震えた。

 わかる。わかるぞ。……アシュリーだ。

 アイツがどんなに誤魔化そうとしても、俺にはわかる。いつも俺への感情が漏れているのだ。俺の網がそれを逃す訳がない。……ちょっと恥ずかしいけど。

 とにかく生きている。少し疲れた感じも読み取れるが、ちゃんと生きている。


 アシュリーの他に、周囲に三人いるらしい。一緒に移動しているようだ。

 リムとミズハは俺の網に反応するからわかる。だがもう一人がわからん。ヘイデンもバリーも、俺は会ったことがない。会ったことのない人間が俺のマナに触れても、返すのは機械的な反応だ。感情が乗らない。

 だが、動き方から推測はできる。

 この四人は何かを警戒するように、ゆっくりと周囲を確認しながら、隊列を組んで移動している。

 謎の人物がバリーなら、こんな風には動かないはずだ。間違いなくコイツはヘイデンだろう。どうにか全員で脱出したのだ。


 心配はない。すぐに終わらせて、帰ろう。

 俺は工場の外に出て、先程外へ逃げていった男を追いかけた。

 見えた。五人いる。リーダーと一緒に逃げたらしい。

 《身体強化アクティヴェーション》を再使用し、一気に距離を詰める。足音に反応し敵が振り返った。銃を構え迎撃しようとする。


 俺は減速も回避もせず、そのまま走り続けた。視線を僅かに上に動かし、確認する。

 月明かりに照らされ、空中に飛び出した三つの影が地面に落ちた。迎撃の構えを見せていた敵も、視界を覆った影に気を取られ頭を動かす。

 三つの刃が同時に喉元に突き刺さった。アリスターとオベール、それにララだ。

 俺も加速し、四人目を仕留める。心臓を貫き、同時に《死への誘いリーサルタッチ》を発動させ灰に還す。

 独り取り残されたリーダーの男が拳銃を発泡したが、狙いは滅茶苦茶で誰にも当たらなかった。オベールが接近し、拳銃を取り上げ蹴り飛ばした。


「隊長、アシュリーさんは?」


 アリスターが尋ねる。その後ろでは、ララとオベールがリーダーの男を拘束していた。


「無事だ。俺の網に反応があった。地下にいたらしいが、じきに出てくるはずだ。さらわれたガキ二人も無事」


「おお、ならよかったっす。――こいつ、オレらが連れてきますか?」


「いや、俺がやるよ。どうせガキどもを上層に送らにゃならん。お前らは東区だろ?」


 このリーダーは『神の子』と繋がってる可能性があるから、尋問なりにかけられるはずだ。つまり本部……上層行きだ。暗殺部隊は拠点が東区なので、方向違いになる。


「じゃあお言葉に甘えて。工場近辺の武器持ってた奴らは片付けといたんで、ご安心をっす。中の手助けもご希望なら行くっすよ」


「いや、そっちもいい。ガキどもにゃいい実戦経験になる――って言ってる間に終わったっぽいな」


 銃声も悲鳴も聞こえなくなっていた。シーンとしている。


「あら残念。暴れ足りなかったのに」


 アリスターは肩をすくめて笑ってみせた。


「有り余った体力は娼館でも行って発散してこい」ララから強盗組織のリーダーを貰う。「じゃあまた後でな。助かったよ、ありがとう」


「いえいえ、最近暇だったんで。んでは先に失礼しますっすよ」


 そう言って、アリスター達は闇夜の中に消えていった。俺も工場に戻ろう。

 手錠をかけられた強盗組織のリーダーを連れ工場に戻る。やはり戦闘は終わっていたらしく、地上に戻ったリム達を交えて会話をしていた。


「おう、みんなお疲れ。魔法使える奴はやっぱ違うな、本隊のクソどもよりよっぽど役に立つ」


 辺りを見回す。アシュリー発見。服がちょっと破けている。……何かされたか?

 ついでに変わった形の剣を持った、見知らぬ男を発見。ミズハの側にいるし、こいつがヘイデンだろう。

 死んでる奴もいない。全員元気そうだ。


「誰も死んでないな? んじゃとっとと帰るぞ。こいつ引き渡さにゃいかん」


 とにかく早く帰って、アシュリーとおまけに恩赦を与える話をするんだ。そうすればこのくだらない話も終わりだ。


「あ、リム。もしかしてバリーと会ってないか? 本部にいないって連絡あったんだが」


「あー……殺しました」


 リムは微妙な表情になって言った。そうせざるを得なかったということなのだとは思うが、まあ微妙よな。本当なら尋問でもして話を聞きたい対象だ。

 ささっとアシュリーとヘイデンに学長のところへ来いと通達。アシュリーは事情を知っているからか「ほら行くよシスコン!」と積極的にヘイデンを引っ張っていた。アイツシスコンなのか。

 全員を引き連れて車のとこに移動しようとしたところで一つ忘れていたのを思い出した。


「やべぇ、バリーのこと忘れてた。リム、バリーの死体どこにある?」


 バリーは不死じゃないから、死んだなら普通に肉体が残る。処理しねぇと。死体処理版の手を借りるのはあまりよろしくない。


「え? あ、えっと地下です。案内しますか?」


「頼む」


 リムの案内の元、俺は工場の地下へ入った。魔法で火を起こせる、アリス嬢も一緒だ。

 地下の一室に、それはあった。胸の辺りから血が滲んでいる。鋭利な刃物で刺された感じだ。多分、メンツ的にやったのはヘイデンだろう。

 バリーの死体から《死への誘いリーサルタッチ》が刻まれた、左肩の辺りを切断し取り外す。アリスに指示を出し、切り取った左腕を燃やさせた。

 肉の焼ける臭いが辺りに充満し、リムとアリスは表情を歪ませていた。燃え尽きた頃合いを見計らって、靴底で火を消す。

 俺の関心はバリーの腕ではなく、部屋の中央に置かれた大きな椅子に注がれていた。


「……誰か拷問でもされたのか?」


 椅子には手枷が付いているし、辺りには拷問で使うであろう工具やなんかが入ったカートが置いてあった。

 嫌なイメージしか浮かばない。冷たい汗が背中を滑り落ちている。

 リムは僅かに言い淀んだが、答えた。


「アシュリーが。……僕とミズハを庇ってくれました」


「……そうか」


 やっぱり、か。

 怖かっただろうな。痛かっただろうな。辛かっただろうな。

 守ってやるつもりだったのに。不甲斐ない。俺は無言で車まで戻ると、車を走らせシャフトへ向かった。


 移動中は、ずっとアシュリーの様子が気がかりでしょうがなかった。


※追記(1/28):一部表現の修正。

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